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王国爆死録 ヴァルハイト王国 暗殺連鎖〜爆破テロ  作者: 南蛇井


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軍部の内部不安 ― “沈黙の反乱2

 重苦しい夜の空気が、総参謀室を圧していた。

 分厚い雨雲が王都の上に垂れこめ、遠くで雷が低く唸る。

 室内には暖炉の火だけが灯り、赤い光が壁の地図や報告書を淡く照らしている。


 机の上には、濡れた通信符号紙が何枚も散乱していた。

 緊急封鎖、鎮圧命令、部隊再配置――同じ語が乱雑に並ぶ報告書の山。

 しかしその中に、ひとつとして“整合”の取れた命令系統はなかった。


 レオン・ハーゲンは背筋を伸ばし、無言で書類を見つめていた。

 外の雨音が、規則的に窓を叩く。

 その響きが、心臓の鼓動と同調していくように感じられる。

 焦燥のリズム。王国の血脈が、熱を帯びて震えている。


 ――ユリウス王子爆発事件の夜。戒厳令が発令されてから、三時間。

 王都はまだ眠っていなかった。

 否、眠ることを拒んでいた。


 各地で鎮圧の指令が飛び交う一方で、報復を叫ぶ声が兵舎の奥から漏れ始めている。

 命令の届かぬ“怒り”が、組織の血管を逆流しはじめていた。

 その渦の中心で、レオンはただひとり、沈黙を守っていた。


 暖炉の炎が小さく爆ぜ、火花が紙片の端をかすめる。

 レオンは静かに目を伏せ、誰にともなく呟いた。


 「……夜が長くなるな。」



扉が荒々しく開かれた。

 湿った夜気が流れ込み、暖炉の炎がわずかに揺らめく。


 「レオン閣下!」

 息を切らした通信兵が駆け込み、その背後から報告官の若い士官も続いた。

 軍靴の音が石床を打つ。


 「報告します――士官学校で小規模な暴動が発生! 議会派への報復を掲げ、学生が校庭に集結しております!」


 レオンは無言で視線を上げる。

 報告官が震える声で続けた。


 「一部の教官が黙認している模様です。実弾は未使用ですが、魔導兵装の持ち出しが確認されています。」

 「合言葉は……“殿下の仇を討つべし”。」


 報告の終わりに、室内の空気がひどく重くなった。

 雨音が、窓の外で静かに叩き続けている。


 レオンはゆっくりと立ち上がり、窓辺に歩み寄った。

 分厚い雲が王都を覆い、遠くで雷光が閃く。

 その光が、彼の横顔を一瞬だけ鋭く照らした。


 「……そう来たか。」


 低く呟いた声は、誰に向けられたものでもない。

 だが、報告を聞いた者たちは本能的に背筋を伸ばした。


 命令の届かぬ“怒り”が、すでに組織の血管を流れはじめている。

 それを止める術が、いまの軍には――誰にもなかった。

重く響く時計の音が、沈黙を刻んでいた。

 報告を終えた通信兵が退室すると、残ったのはレオンと数名の将校たち。

 雨音が遠くで鳴り続け、暖炉の火がぱちりと爆ぜた。


 「……閣下。」

 最も若い参謀補佐が一歩前へ出る。

 その瞳には迷いよりも、確信の色が宿っていた。


 「殿下を二人も奪われてなお、議会派を野放しにするのは愚策です!」

 「我々軍が動けば、数時間で奴らを一掃できます!」


 声は震えていなかった。

 それは、忠誠と怒りの混じった“信仰”の響きだった。


 レオンはゆっくりと椅子から身を起こし、机の縁に手を置く。

 その眼光が、若い将校を射抜いた。


 「……それは鎮圧ではない。“粛清”だ。」


 その一言に、室内の空気が凍りつく。

 若い将校の拳が、無意識に震えた。


 だが、彼の瞳の奥では、まだ火が消えていない。

 それは正義を信じる者の炎。

 そして、その炎こそが――最も制御の効かない“軍の本能”だった。


 > 怒りは容易に命令へと姿を変える。

 > だがその命令が“正義”を名乗るとき、誰も止められなくなる。


 レオンは誰にも聞こえぬほどの声で呟いた。

 「……だからこそ、我々は人であらねばならんのだ。」


 しかし、若い将校たちの耳には届かない。

 すでに彼らの胸中で、“正義の号令”が鳴り始めていた。

 雷鳴が夜空を裂いた。

 その直後、通信兵が扉を乱暴に押し開け、濡れた報告書を抱えたまま駆け込んでくる。

 「報告します! 外縁の第三駐屯地で、議会派幹部の拘束未遂! 一部中隊が――無断で出動を開始しました!」


 レオンの眉がわずかに動いた。

 机上に散らばる報告書の束の中から、彼は素早く該当箇所を抜き取る。

 「……誰の命令だ。」


 通信兵は顔を上げられず、震える声で答える。

 「……不明です。命令符号が上書きされています。指令元、特定不能……。」


 その瞬間、壁の通信管が低く唸りを上げた。

 次々と報告音が鳴り、各地の符号が重なって響く。

 だがそのどれもが、微妙に異なる命令を告げていた。


 「第六区で鎮圧行動開始――」

 「北門の封鎖を確認――」

 「議会派の車列、発見、交戦――」


 参謀の一人が青ざめた声を上げる。

 「閣下……命令が、現場で勝手に発動しています。誰も、指令を出していません!」


 室内の空気が急激に冷えた。

 レオンは報告書を握る手に力を込め、机を叩いた。


 「……誰の意思だ。誰が、軍を動かしている!」


 応える者はいない。

 ただ、壁の通信管が呻くように鳴り続けていた。

 命令と報告が交錯し、意味を失い、ただ“動き”だけが独り歩きを始めている。


 雷鳴が再び轟き、窓外の稲光が室内を照らす。

 一瞬の閃光が、レオンの横顔を白く切り取った。

 その眼には、怒りよりも――恐れがあった。


 > 軍が、命令なしに動いている。

 > 意志を持たぬ剣が、主を選ばずに振り下ろされようとしていた。


 レオンは小さく息を吐き、低く呟いた。

 「……沈黙の反乱、か。」


 雷の光が遠くの空を裂き、雨に濡れた窓を白く照らした。

 レオンは静かに立ち上がり、窓辺へ歩み寄る。

 夜の帳の向こう、王都の外れに並ぶ兵舎の灯が、点々と霞んで揺れている。


 その灯りは、まるで意思を持つように脈動していた。

 命令もなく、ただ“怒り”だけで燃え上がる炎のように。


 「……王家を守るための剣が、己を斬るか。」

 レオンの声は低く、しかし確かな響きを持っていた。

 「怒りを統べられぬ軍など、獣と変わらん。」


 背後で暖炉の火が小さく爆ぜた。

 火の粉が宙を舞い、机上に広げられた地図の上に落ちる。

 わずかな焦げ跡が、王都の印の上に黒く滲んでいった。


 レオンはその光景を見つめたまま、何も言わなかった。

 燃え広がる前に火を払うこともできた。

 だが彼は、あえて動かなかった。

 ――それが、現実に広がりつつある“炎”の象徴であると、理解していたからだ。


 外では、雨音が激しさを増していく。

 雷鳴が地を震わせ、窓の外の闇を一瞬だけ照らす。

 だがその光も、すぐに闇に呑まれた。


 > 軍部は怒りを糧に動き出した。

 > だが、その怒りは、やがて制御を失う。

 > ――そしてその渦の中で、真実を追う者だけが、静かに沈んでいった。





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