軍部の反応 ― “怒りと疑念”
王都中心部――軍務省の作戦会議室。
夜の帳が落ちると同時に、再び雨が窓を叩き始めていた。
室内には、焼け焦げた飛行服と、回収された魔導記録装置。
机の上に置かれたそれらは、まだどこか熱を帯びているようで、
空気の奥に鉄と焦げの匂いを残していた。
壁際には軍旗が垂れ、濡れた外套を脱ぐ音だけが響く。
誰もが口を開こうとせず、ただ沈黙の中で、雨音と心臓の鼓動を聞いている。
まるで部屋そのものが、怒りと悲嘆の熱で息をしているようだった。
やがて、中央に座る総参謀レオン・ハーゲンが重々しく口を開く。
「……始めろ。」
その一言で、会議室の照明が落とされる。
暗闇の中、記録装置の魔導光が投影され、
白黒の映像が壁に浮かび上がった――
崩れた空と、落ちていく“王家の翼”を映すために。
軍務省・作戦会議室。
厚い帳が窓を覆い、外の雨音が鈍く壁を打っていた。
焦げた油と鉄の匂いが、まだ部屋の隅に残っている。
長い会議机の上には、回収された映像投影装置と、
黒く焼けた金属部品が並べられていた。
それらはまるで、先ほどまで空を飛んでいた“翼”の亡骸のようだった。
時計の針が、重く、湿った空気の中を進む。
「コッ、コッ」と響く音が、沈黙をさらに深くする。
そして――
「……始めろ。」
総参謀レオン・ハーゲンの低い声が、静寂を切り裂いた。
次の瞬間、部屋の灯が落ち、壁面に淡い光が走る。
魔導投影装置が起動し、白い幕に映し出されたのは、
灰色の滑走路、上昇する飛行艇、そして――崩壊の光。
(地の文)
「焦げた空気の中で、王国の“真実”が再生されようとしていた。」
白黒の映像が、無音のまま壁面に映し出されていた。
滑走路。並ぶ整備兵。
その列の背後に――ひとつ、他と違う影。
薄い霧を透かして見えるその姿は、
フードを深く被り、顔の輪郭さえ曖昧だった。
ユリウス王子が歩み寄り、
軽く笑みを浮かべながら何かを問う。
フードの人物がわずかに頷き、
――その手元で、何かが受け渡されるような動き。
次の瞬間、映像が微かに震え、
白いノイズが画面を覆った。
「……」
映像が止まる。
投影装置の光だけが、会議室の空気を照らしていた。
誰もが息を呑み、
その“影”の存在を、言葉にできずにいた。
そこに映っていたのは、偶然ではなく――意図の影だった。
「見ろ、この影を!」
グレイヴ少将の怒声が、重苦しい会議室を震わせた。
分厚い拳が机を叩き、散らばった書類が宙を舞う。
「奴ら議会派の手の者に違いない! 第二王子を落とし、今度は第三王子まで――!」
「どこまで腐っていやがる!」
怒気に濡れた言葉が壁を反響する。
雨音さえ、その刃のような声に押し負けていた。
モルテ博士は、焦げた部品を手に取ったまま、
その熱を確かめるように指先を動かす。
「……確証はありません。」
彼の声は低く、冷たい水のようだった。
「魔導炉の破壊波形には外部干渉の痕跡がある。だが――」
「それが“魔力装置”なのか“術式”なのか、まだ判別できません。」
「博士!」
グレイヴの顔が赤く染まる。
「貴殿の言葉はいつも悠長だ! 今この国に必要なのは理屈じゃない、報いだ!」
再び拳が鳴り、机上の杯が倒れ、水滴が図面に滲む。
怒声、足音、紙の音。
熱を帯びた空気が、密室の中で暴風のように渦を巻いていた。
理性よりも怒りが先に燃える――それが、戦を知る者たちの反応だった。
「――黙れ。」
その一言が、雷鳴のように会議室を貫いた。
レオン・ハーゲン。
彼が椅子を引く音すら、刃のように鋭く響く。
誰もが息を呑み、荒れ狂っていた空気が、一瞬にして凍りつく。
レオンはゆっくりと立ち上がり、
投影装置の前に歩み寄る。
白黒の停止映像――ユリウスと“影の人物”が交わった瞬間。
その画面を、無言のまま見据えた。
「……憶測で動くな。」
低い声が静寂の底に沈み込む。
「それこそ、奴らの望む“混乱”だ。」
将官たちの視線が揃って彼に向けられる。
レオンは背筋を伸ばしたまま、
冷ややかな瞳で命令を下した。
「全兵に通達を――王都への立ち入りを制限せよ。」
「外部との通信を、すべて遮断だ。」
誰も反論しない。
その言葉には、怒りではなく“秩序の刃”があった。
嵐を鎮めるために、彼はさらに重い闇を落とした。
その夜、王都は静かに――封じられた。
カミラは、何も言わなかった。
映像投影機の光が、彼女の横顔を淡く照らしている。
停止した画面には、ユリウス王子と“影の人物”――
その二つの輪郭が、ざらついた白黒の粒子の中で固まっていた。
将官たちの怒号も、椅子の軋む音も、
彼女の耳にはもう遠くの出来事のようにしか聞こえない。
(……また、同じだ。)
「車軸に仕込まれた楔。今度は魔導炉。」
「――同じ“手”が、動いている。」
唇がわずかに動くだけ。
声にはならない。
だが、その思考の奥底では、
冷たい点と点が静かに線を結び始めていた。
雷鳴が遠くでうなる。
その光が、会議室の壁を一瞬だけ白く染め、
カミラの瞳に閃光を映す。
それはまるで、“真実の輪郭”が
ほんの一瞬だけ、暗闇の中に姿を現したかのようだった。
レオンは無言のまま、机の上の地図を手繰り寄せた。
分厚い紙の端が擦れ、空気を裂くような音を立てる。
王都を中心に描かれた戦略図。
その南東――《アステリア実験基地》の位置に、
彼は赤い印章を押した。
インクが地図の繊維に染み込み、ゆっくりと滲んでいく。
まるで血が静かに流れ出すかのように。
「……ここから全てが始まった。そう記録しておけ。」
低く響くその声に、誰も言葉を返せなかった。
ただ、雨音が窓を叩く。
カメラの視点がゆっくりと上昇する。
机上の地図が次第に遠ざかり、
赤い印だけが闇の中で鈍く光る。
その印が、フェードするように――
アランの工房の机上へと重なる。
夜の蝋燭の灯に照らされた地形模型。
そこに突き立つ一本の金属針が、
地図の赤い印とぴたりと重なり、同じ光を放った。
「事実は、図面に残る。」
誰の声でもない、王国の記録そのもののように。
雨音の余韻に溶け込むように重なる。
「軍は怒り、議会は沈黙した。」
映像の奥、燃える滑走路の残光が消えていく。
しかしその裏で、誰かの手が静かに動き始めていた。
「だが――ただ一人、理性の男は“形”に真実を求め続けた。」
場面がゆっくりと転じる。
夜更けの王宮北棟、ひとつだけ灯る明かり。
机の上に、木片と針、未乾の墨。
その中央に、新たな地形線が描かれていく。
「――アラン・フォルティス。その執念が、再び動き出す。」
窓の外では霧に包まれた王都が眠っている。
ただその工房だけが、まだ夜を拒んでいた。




