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「最強勇者様」の終わり

大通りの方から悲鳴と建物が壊れる轟音が響き渡る。ヒカルのいる道に人々が押し寄せてくる。

「魔物の捕虜が逃げ出したぞ!」

「暴れまくってる!やばいぞ!」

口々に叫ぶと街の端に逃げていく。どうやら魔物が大通りで暴れているようだ。急いで人の流れを掻き分け、大通りに向かう。

大通りに出ると、そこには建物の破片や店の売り物が散乱している。通りの真ん中では逃げ遅れた人達と、それに襲い掛かろうとする魔族の姿があった。頭の巨大なツノと鋭い爪を持つ魔物だ。足にはちぎれた鎖がついたままで、鎖は不自然なほど綺麗に切れている。

「落ち着け!」

「止まるんだ!」

二人の兵士が立ち向かうが、呆気なく弾き飛ばされる。その様子を見た他の兵士はもはや戦う気など失せ、逃げようと浮き出し立っている者もいる。

「さっさと失せろぉ!俺は逃げるんだ!」

完全に目が血走り、興奮状態の魔族は近くにいる親子に攻撃の狙いを定める。あの母親と女の子だ。女の子は腰が抜けてしまい、立つことができないようだ。母親が庇うように女の子の前に立つ。

そんな様子を見ても、兵士たちは止めようとしない。一人の兵士が後退りしながら叫ぶ。

「おっお前のような雑魚なんかすぐに勇者様が駆けつけてやっつける。だからこれ以上暴れるな!」

この叫びに呼応して、他の兵士たちも、「勇者様!早く来てくれ!」「勇者様は何をしているんだ!」と敵を前にして言い合う。

そんな様子を見ていた勇者、ヒカル。

「何をしてるんだ兵士は!」

と小声で思わず叫んでしまう。

三年間、勇者が先陣を切って敵を全滅させてきたこともあり、兵士の心は戦いから完全に離れてしまっていたのだ。

本来であれば颯爽と駆けつけ一撃にするところだが、今の勇者にかつての力がないという事実は人々を不安にさせるということで秘匿情報となっていた。そのため、人前に出たくはない。

だが、あの二人は助けたい。そんな思いを持っていたヒカルは辺りを見回す。目に入ったのは仕立て屋と武器屋。どちらも魔族が暴れたことで半壊してしまっている。苦渋の思いでそこへ駆け出す。黒い布と落ちている安物の剣を拾い、

「この勇者の名の下に命ずる 我が剣よ 顕現せよ」

と一息に唱える。瞬く間に安物の剣を光が包む。

魔族は兵士の声を気にも留めていない。ついに母親に飛びかかろうとしたその時。

ザシュッ!

肉が切り裂かれる音。血が通りのアスファルトに滴り落ちる。

そこには母親と魔族の間に割って入るように黒いロープのようなものを身に纏った者が魔族の伸ばした腕を上から切り付けていた。その者の手には金色に輝く勇者の剣が握られている。

「勇者様が来たぞ!」

「これであいつも終わりだ!」

兵士は歓声を上げる。逃げようとしていた人々は途端に強気になり、勇者の姿を一目見ようと周囲を取り囲む。

できるだけ地声を出さないように母親に伝える。

「その子を抱いて、すぐに逃げてください」

母親は頷くと女の子を抱いて魔族とヒカルから離れる。周囲に流れる勝ち確ムーブとは裏腹に、ヒカルは内心焦っていた。本来の力ならば今の一撃で簡単に切り落とせていた魔族の腕は、切れ味の良さからか肉こそ切れてはいるものの、骨までは立ち切れていない。

(やっぱり力が足りない!)

自分の想定を上回るほど、ヒカルは力を失っていた。

「なんだぁ?」

ギロリと睨みつけると、魔族は剣をはじいてヒカルめがけて腕を振り下ろす。咄嗟に剣で受け止めるが、勢いを殺し切れずに建物の壁まで吹き飛ばされる。

「あれ?勇者様…?」

人々の間に困惑が広がる。こんなに弱かったか?まず、背がいつもより小さくないか?といった様々な疑問が浮かび上がる。

ヒカルは壁にぶつかったことで背中を強く打ち、立つことができない。もがくヒカルめがけて突進する魔族。しかし、ヒカルは闘志を失っていなかった。今度は振り下ろされる腕に合わせて下に剣を滑りこませる。魔族の力を利用した攻撃に魔族の腕がちぎれ、宙を舞う。切られた傷口を押さえ、悶絶する魔族。

だが、これ以上ヒカルにできることはなかった。

「なんなんだぁお前!邪魔をするなぁ!」

痛みから怒り狂った魔族の足が、座り込んだヒカルの足に迫る。

グシャッ!

膝の骨が砕ける音が大通りに響く。あまりの痛みに叫び声を上げるヒカル。見ていた人の中からは悲鳴が上がる。

踏み潰された足の痛みに耐え、剣を振ろうとするも、腕を掴まれ剣を地面に落としてしまう。剣は持ち主を離れ、元の安物の剣に戻る。魔族は剣を掴むと、とどめを刺そうとヒカルの頭へ剣を向けた。

 終わった…。

朦朧とする中で死を悟るヒカル。

突然大歓声が巻き起こる。ぼとっ、とヒカルの前に落ちる魔族の首。上を見上げると、青いマントが目に入る。そこには王宮から駆けつけたバルトがいた。待っていましたと言わんばかりに一瞬で首を落としたようだ。

バルトは重症の黒いロープを纏った小さな者を抱えると、わざとらしく大声を上げる。

「勇者様!すぐに治療をいたしますので!」

勇者が負けた。勇者の姿が変わっている。人々は唖然とし、互いに今見たものと聞いたことが現実なのか確かめる。頬を叩いても、何度瞬きしても、その事実は変わらない。

消えゆく意識の中、即席のロープの中から周りを見渡す。ぼやけた視界に映ったのは兵士の勇者の敗北への失望する目線、民衆の信じられないものを見るような目線。

最強の勇者は今、この場で終わった。

足に走る鋭い痛みよりも、自分のいままでの勇者としての信頼が崩れていく様を眺める方が何倍も痛みを伴った。

その中、バルトは民衆に背を向けて誰からも分からないようにガッツポーズをとった。

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