聖女と怒りん坊
昼間、少しずつ人々が落ち着いてきていたころ、ヒカルは教会を訪れていた。
「セルフィー、俺だ。」
椅子の掃除をしていた一人のシスターが振り向く。
「あら、ヒカル様…いえ、お嬢様。どのようなご用件ですか?」
透き通るような、しかし何か含みを秘めた声で答えるのは勇者の仲間の一人、セルフィー。彼女は魔王の討伐に向かう途中で国王から推薦されて勇者のパーティーに入った。
「何しに来たのかぐらい分かってるだろ。」
不機嫌な様子で返す。
(相変わらず不気味な奴だ。何考えてるのか分からねえ。)
いつもなら周りを震え上がらせる威圧感を放っているところだが、今回は可愛らしい訪問者に和やかな空気が教会を満たす。
「ふふっ、そうね。こちらにいらっしゃい。」
セルフィーは手招きし、奥の部屋にヒカルを案内する。普段は悩みを相談しに来た信者を案内する部屋だ。内装は机一つと椅子が四つのシンプルなものだ。
「まだ分からないのか?俺の体のこと。」
ヒカルが早速話を切り出す。
「申し訳ございません。おそらく私ではどうすることもできないかと。」
「…じゃあその様子だと呪いの類ではないってことか。」
「ええ、おっしゃる通りです。」
セルフィーは"聖女"という勇者と同じように特殊な称号をもっている。手の甲には勇者とは違った印が浮かび上がっていた。聖女に選ばれた人間は"奇跡"と呼ばれる不思議な力を使えるようになる。その力は魔法による損傷を癒やし、魔法による継続的な悪影響である呪いを消し去ることができた。
「呪いなら私に消せる消せないは関係なく、黒いモヤが見えるので分かります。しかし、あなたからはそういったものが見つからない。最初からその体であったようにしか見えないんです。」
元の世界の言葉で言えば、レントゲンをしたけど異常はなかったといったところだろう。
他にも、セルフィーは他の呪いによる被害を受けた人々の事例を簡単に説明する。そのどれもが今回の件とは当てはまらない。ヒカルの予想以上に調査は難航しているようだった。
もう元に戻れないかもしれない
ヒカルの脳裏にそんな考えが芽生える。
(いや、まだ可能性はある…。)
ヒカルは続けて問う。
「他の魔族が同じような魔法を使える可能性はないのか?捕虜になってる奴らが使うことができればすぐに元に戻れるんじゃないか?」
「それも考えました。しかし…捕虜から問いただしたところ、肉体を変化させるといった類の魔法は聞いたことがないと聞きました。魔王がいなくなった今、嘘をつくメリットもないですし、確かな情報かと」
潰されていく可能性。さらに続けて問う。
「魔王の城に何か手がかりはないのか!?仮にも長い間魔王が住んでいた場所だ。手がかりが残っていても不思議じゃない。」
「それも難しいと思います…。」
可愛らしい声を荒げながら聞くヒカルに対し、冷静にそう返す。
「確かに魔王が何か情報を残しているかもしれません。しかし、まだまだ魔王の城の付近は危険な場所です。また、何者かによって魔王の所有物がほとんど持ち去られてしまったそうなんです。捜索は検討されてはいるみたいですが、そもそも近づくことができる者が少ないので発見できない可能性が高いかと。」
これ以上、問いは用意していない。
もう元には戻れないかもしれない
現実になりつつある考えで頭がいっぱいになる。
(このまま戻れなかったらどうなる?せっかく手に入れた力はもう戻ってこないのか?俺の輝かしい未来は?なんでこんなことに…なんで…。)
ついに教会に来た時から堪えていた不安が爆発した。
「まさかとは思うが、俺のことなんてどうでもいいんじゃないか?」
ポツリと漏らす。
「えっ?」
すぐに失言だと気がついた。だが、勝手に口が動いていく。
「見たんだよ、お前らが道の真ん中歩いて手を振ってるのを。結構長い時間もてはやされていたみたいだな。俺はそこに立てないってのに。」
朝の様子への嫉妬も含まれた言葉も入る。もはやセルフィーと話していた内容は関係がない。
「だいたい、魔王もほとんど俺が倒したようなもんなのになんでおまえらだけがみんなからもてはやされるんだよ!俺をこのままにして甘い蜜を吸おうってか?」
机を蹴り上げ、大声を上げたためか、はあはあと息を切らす。蹴ったとはいっても少し机の位置がずれただけだ。
責め立てるヒカルの言葉に一瞬セルフィーは少し悲しいような、哀れむような表情をした。
「勇者様…それは…。」
「うるさい!」
ヒカルは子どものように(体は子どもなのだが)叫ぶと部屋から飛び出す。驚くシスターたちを無視し、そのまま外へ出ていってしまった。
セルフィーはヒカルのいなくなった部屋にたった一人取り残されていた。はぁ…と滅多にしないため息をつく。
セルフィーが勇者の存在を知った五年前、勇者となったばかりのヒカルは弱き者のために力を尽くし、人間の支配を企む魔王に立ち向かう希望のような存在だった。そんな姿を見て、聖女を目指したのだ。だが、少しずつ自分勝手な行動が増えていき、パーティーに入った時には五年前の姿は見る影もなくなった多少の善意は持っている乱暴者が完成していた。一方の民衆はヒカルの力と戦果しか見ておらず、「勇者様万歳!」とまるで宗教のように祭り上げた。
セルフィーの頭の中では次にヒカルに会ったときにどんな声を掛けてあげるべきかと、ヒカルを責めることはせずに自分と向き合っていた。ヒカルがまた五年前の自分が憧れた勇者に戻れることを信じていたからだ。
次にこの二人が出会うことができるのははるか先となるとも知らずに。




