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一日の終わりは仮面を外して

かつん、かつん、と無機質な音が廊下に響く。

一日の行程を終えてもヒカルの顔には「教官テラ」が張り付いたままだ。強張った表情筋は言うことを聞かない。

暗く、静まり返った先にたった一つ、光を灯した部屋が浮かんでいた。

ヒカルは迷わずその部屋、病室の扉を開けた。


「あー!しんど!」

勢いをつけてベッドに顔を埋める。

「お疲れ様です。ヒカル様。」

ベッドに横になっていたのはメグだった。

体を起こすとヒカルの緩み切った頬を見て微笑みを浮かべる。

「上手くいったようで何よりです。」

「上手くいかなかったら俺の命は今日の朝で終わってたよ。」

兵士に切りかけられたことを思い出したヒカルは深いため息をつく。

「覚悟はしてたけどさ。まさか子ども相手に本気になるとは思わないじゃん。今までシータはどんな教え方をしてきたんだよ。」

「あはは……、大変だったみたいですね。」

「大変だった原因の一つにメグも含まれてるけどな。」

うっ、とメグは苦い顔をする。

ヒカルの脳裏に、シータから聞かされていた話が見ていたかのように蘇る。

王都に来た初日のことだ。

 


「メグ、その荷物運べる?」

「はい!力には自信があるので!」

シータとメグが協力して荷物を下ろそうとしていた時のことだった。

「よいしょ、はいこれ。」

シータが荷物を取り出した時、ちょうど風が吹いた。

その風は、荷物が被っていた埃を舞い上がらせる。

「ふわっ!ちょっと、待ってください…。」

埃はメグの鼻に悪さをした。思わずくしゃみをしようと顔を下に向ける。

「はっはくしょん!…痛!」

くしゃみしたと同時に膝から崩れ落ちる。

「ちょっと!?メグ!?」

異変を察知したシータは荷物を投げ戻し、痛がっているメグを介抱しようと近づく。

「…大丈夫です。…大丈夫ですから。」

メグはか細い声で精一杯シータを安心させようとする。

「そんなわけないでしょ!ほら、肩貸して!」

強がるメグを支えると、シータは急いで王宮の病室に運び込んだのだった。



「こっちに来てもいつも通り過ごせると思ってたら、こんなことになるとはな。」

「うう、それについては反省しています。」

メグが倒れた時その場にいなかったヒカルは、シータから話を聞かされてからずっと落ち着かなかった。

「あばらが二本折れてたって……、前から違和感あっただろ。」

「はい、魔物に突進された時からずっと…。」

「そのときに骨にヒビでも入ってたんだろ。まったく、なんで言わなかったんだ。」

「ヒカル様に心配かけたくなくて…。」

しょんぼりとしたメグを見てヒカルは声色を優しくする。

「まあ、あの時の俺は色々と頼れなかったところもあるし、異変に気がつけなかった俺のせいでもある。とにかく今は治すことに専念すること!いいな?」

「はい!」

内心、ヒカルは元気のいい返事を聞いてほっと息をついた。



「あら?ヒカルも来てたのね。」

シータが病室に入る。それを見たヒカルは「静かに。」と小声で注意した。

ヒカルの隣のベッドにはすでにメグが眠っていた。

「しっかり寝て、メグには早く治してもらわないと。」

ヒカルは声を抑えてシータと話す。視線はメグの寝顔に注がれていた。

「それはヒカルもよ。今日は色々あって疲れたでしょうし、早く休みなさい。」

「……ああ。」

上の空で返事をする。

少しだけ、表情が曇ったのをシータは見逃さなかった。

「……休むのがいや?」

「そうなのかもな。ずっと心がざわざわしてて、そういう気分になれないんだ。」

視線は変わらず、メグの子どものようなあどけなさが残る寝顔に向けられる。


(無理をしていないか、ちゃんと聞いていれば。)


ヒカルはメグを傷つけたことは自分のせいだと悔やんでいた。

自分の行動には意味があるのか。これで良いのか。

問いだけが胸の中でうごめき、答えは生まれない。

それでも、確かなことがある。

「メグが危険な目に遭わないって、俺の中で確信できるまで、……俺はこのままなんだと思う。」

迷子の子どものように、不安に押しつぶされそうな顔をシータの方に向ける。

「なあ、俺はこのままでいいのか?間違った方へ進んでないか?」

朝に兵士たちに見せた顔とのギャップにシータは驚く。それと同時に、納得もしてしまう。

(あんたは心が広いもんね。だから、簡単に全部抱え込もうとする。今のあんたじゃキャパオーバーでしょうに。)

シータは一人の人間らしいヒカルの顔を初めて見た気がした。

「ほんと、主人と従者ってここまで似るものなのね。」

「え?」

「メグも一人で強がろうとするし、あんたも同じね。勇者って人間をこんな風にさせちゃうのかしら。」

ヒカルは何も言えない。その通りだからだ。

「でも、変わったわね。前のあんたは私なんかにこんな話はしなかった。」

話しながら、シータは昔を思い出す。

共に魔王を討伐した仲間でありながら、ヒカルは手の届かない所にいるような神聖な存在に見えた。

それは、ヒカルにとってもそうだったのだろう。

「残念だけど、結果が出ないことには私にも分からないわ。でも、」

シータは膝を床に付けて、座っているヒカルとなるべく目線を近づける。

「全部聞くわよ。あんたが不安に思ってること、なんでも。私だってヒカルに助けられてるんだから。第一、私はあんたと対等な仲間でしょ。」

「シータ……。」

「あと、メグに不安に思ってることを気付かれたくないんじゃない?今、こんな状態だし。」

「それは……そうだけど。」

ヒカルは少しだけ頰を赤らめる。

「はー……ほんと!二人とも手がかかる子だこと!」

「子どもって……。」

確かに今の見た目はその通りなので否定はしない。

「私ももう少しだけ起きてるわ。とりあえず気が済むまで起きてていいけど、体調は崩さないようにね。」

「ごめんな。心配かけて。」

ヒカルの顔に明るさが戻ったのを確認すると、シータは「また来るわね。」と言い残し、病室を去った。

ヒカルは暑いのか布団を蹴飛ばしたメグに再び布団を掛け直す。

「今度は俺たちに任せて、ゆっくり休んでくれ。」

明日の訓練の内容を頭の中で確認しながら、ヒカルは夜を明かす。


明日の訓練は少しだけ晴れやかな気持ちで臨めるかもしれない。

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