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地獄と天国の訓練

「よし、ここがスタートだな。」

兵士やヒカルたちは王都の城壁の外へ来ていた。

ドリベルト王国最大の大きさを誇る城壁は見上げるほど高く、はるか遠くに角が見える。

レンガは斜めから差し込まれる太陽の光でキラキラと輝きを放っていた。

ヒカルが旗を突き立てると、杖で地面にラインを作る。

「あの…何が始まるんで?」

おずおずと兵士の一人が尋ねる。

「簡単な走り込みだよ。まだ体力もついてないだろうし。」

兵士たちは少し肩の力を抜く。

走り込みならいつもの訓練のメニューと同じだからだ。

「それじゃ、今から訓練の概要を説明していきます。」

手を叩き、兵士の視線を注目させる。

「何においても体力は基本。という事であなたたちには城壁を2周してきてもらいます。」

一呼吸おいて、兵士が騒ぎ出す。

いつもの距離は兵舎の周囲を2周。城壁の周囲を2周はその倍どころではない。

10倍…、いや、もっとかもしれない。

流石に兵士も短くしてくれと懇願する。しかし、ヒカルは、

「まあ走ってみないとわかんないでしょ?」

と言って相手にしてくれない。そして、さらに恐ろしいことを言い出した。

「それと、この旗の影がこのラインまで伸び切っちゃったら…。」

「そ…そしたら?」

「昼ご飯は抜きだね!」

満面の笑みで答える。

「ほら、さっさと始めないとご飯、なくなっちゃうよ?」

兵士は考えるよりも先に足が動いていた。

(早く走り切らねえと!俺の昼飯が…!)

(昼に何も食べられないのは嫌だ!)

頭の中はこれらでいっぱいだった。

次々に走り出して行く。誰の顔にも焦りの表情が浮かんでいた。

「行ってらっしゃーい!」

全員の後ろ姿が角を曲がって消えるまでヒカルは手を振る。

「…えげつないわね。」

振り返るとシータが呆れた顔で立っていた。

「流石にやりすぎじゃないの?この距離を時間内に走りきれるかで言えばちょうどギリギリでしょうけど。あいつら真面目に走ったことないわよ。」

「だからこそだ。これで体力をつけさせると同時に、炙り出したいんだ。」

「炙り出す?」

「これからわかる。」

いつのまにか顔から笑みは消え、真剣な表情に変わっている。

シータは無意識に一歩、距離を取っていた。

 

「おっ見えた見えた。」

逆側の角から走っている兵士の姿が見えてきた。

「頑張って!あと1周だよ!」

ヒカルの声を聞いた兵士たちは、汗と舞い上がった砂でぐちゃぐちゃになった顔を拭い、止まることなく旗の横を走り抜けていった。

「いち、に、さん、…。」

シータはヒカルが何かの数を小声で数えていることに気がついた。

「それ、なんの数?」

「知りたいなら、ついて来て。」

ニヤッと口を歪めると、ヒカルはさっき兵士たちが走ってきた角に向かい始めた。


「げえっ!」

城壁の物陰に数人の兵士が隠れていた。

「何してたのかな?」

ヒカルが笑いかける。

「あっええと、これ以上走れなくって…。なあ、お前ら!」

全員が必死に首を縦に振る。シータは冷ややかにそれを見つめる。

「うん、それならしょうがないね。」

意外にも、ヒカルは簡単に引き下がった。

(えっ、なんで?!)

シータは今すぐにでも怒りたいところだったため、その言葉に驚く。

「本当ですか!テラ教官!」

「もちろん、でも…。」

また、不気味な笑みを浮かべる。

「ルール通り、昼ご飯は抜きだよ。もちろん、罰を考慮した上で、それでも体調が悪いからリタイアっていう判断をしたんでしょ。この後戻ってくるしっかり走ってる集団に紛れて楽をしよう、なんて考える兵士なんているわけないしね。」

みるみる兵士たちの顔が青くなる。心を完全に見抜かれたような気持ち悪さが兵士を襲う。

「おっ俺、休憩したらちょっと回復したんで、もうちょっと頑張って来ます。」

「俺!俺もだ!」

立ち上がると走り込みを再開し始めた。

結局、休んでいた全員がその場から走り去った。


「なるほどね。明らかに遅い奴を見つけ出すために兵士の人数を数えてたのね。」

「ああ、こういうサボりに全体は合わせようとしちまうからな。」

笑みを消したヒカルが走る兵士の後ろ姿を眺めながら答える。

走り去る兵士の背中を見ていると、胸の奥にこびりついていた記憶がふいに蘇った。

(俺は、こういう奴をいくらでも知ってるからな…。)



前世の学校生活。

サボりが真面目な奴と同じ報酬を手にしていた時、どうしようもない怒りと無力さを感じた。

「おい、どうした!お前は俺のライバルだろ!お前が頑張んなきゃ張り合いがなくてつまらねえよ!」

前世のバルトの声が頭を反響する。

この世界に生まれて18年目。ずっと忘れることができない。この言葉が勇者ヒカルを最強にさせたのかもしれない。


それなのに。


俺は信じてたのに。


どうしてだよ、バルト。


 

「どうしたのよ。その顔。」

はっと現実に戻される。

「…どんな顔だよ。」

「なんというか、すごく苦しそうな顔?」

「そうか…。」

胸の奥に、鈍い痛みが走っている。呼吸が荒くなっているのに気がつく。

(しっかりしろ!)

杖を力強く握り、再び「テラ教官」に戻す。

ぱっと旗を見ると、もうすぐでラインに影が重なりそうなところまで来ていた。

「これ、間に合うかしら?」

「間に合わないだろう。まだ初日だからな。」

「じゃあ、みんな昼ご飯抜き?」

「まさか。」

ヒカルがわざとらしくよろけると立てておいた旗に体をぶつけた。

旗はパタンと横倒しになる。

「えっ?!ちょっと…。」

直そうとするシータを止めると、ヒカルは「しー。」とイタズラっぽく笑った。


「おかえりー!」

帰ってきた兵士たちは用意しておいたバケツの水を被り、火照った体を冷やしていく。

ヒカルは倒れ込んだ兵士にも優しく水をかけてあげた。

「お疲れ様!よく走り切ったね!」

息が戻った兵士とハイタッチを交わしていく。

心の底から喜んだ様子のヒカルは年相応の女の子にしか見えず、あまりにつらい目に遭った後だとそれの元凶すらも癒しに感じてしまう。

サボっていた兵士たちも、無事に戻って来ていた。

「それで、昼飯は…。」

食い気味に一人の兵士はヒカルに尋ねる。

「ああ…そのことなんだけど…。」

ヒカルはバツが悪そうに顔を背ける。

兵士たちに緊張が走る。

「風で旗が倒れちゃったから、計測不能!みんなでご飯を食べよう!」

歓声が上がる。ヒカルに泣きつく者もいた。

(まったく、初めからこうするつもりだったでしょうに。)

兵士に囲まれるヒカルを眺める。シータは改めてヒカルの心の広さを見たような気がした。

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