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新人教官テラの始まり

「おい、聞いたか。」

「何をだよ。」

「新しい俺たちの教官が来るらしいぜ。」

「はあ?戦争は終わったんじゃねえのか?」

「だよな。」

空が明るくなったばかりの早朝、シータ直属の兵士は兵舎の一角に集められていた。

さらに、彼らの周囲を取り囲むようにシータと同じく兵士をまとめる立場であろう人物が立ち並んでいた。

これから起こることを聞かされていないため、じっと直立して待っている。

何しろあの魔王討伐の貢献者の一人から直々に呼ばれているのだ。

緊張と不安で重苦しい空気が漂う。そんな中、毎日のようにシータから説教を受けなれている兵士たちは眠気を覚まそうと内容のない話をひたすら繰り広げていた。



「ヒカ…じゃなかった。テラ。準備はいい?」

「ああ。」

二人は扉の前まで来ていた。

「一応聞いとくけど、自身はあるの?あなたの言葉がみんなに響くのか。」

「あるよ。絶対に失敗しない。」

「そう…。ならいいけど。」

ヒカルはそうは言ったものの、緊張と不安ですでに過呼吸になりかけている。

しかし、ここまで来て引き下がることはできない。

今のヒカルの姿を知っている人が見ても分からないように、色が抜け落ちたように白かった髪を真っ黒に染め上げ、体のサイズに合わせて特注した軍服を身に纏っている。

ヒカルの名を使う気はない。

だから、今使えるものを活用するしかない。

「じゃあ、始めるわよ…!」



場の視線が一気に一点に集中する。

部屋に入ったシータは集団を一瞥すると真っ直ぐ全員の前に立った。

「お集まり頂き感謝する。まず最初に断りを入れておく。」

声のボリュームを上げる。ここはシータの仕事だ。

「これから私が始めることは、宰相の許可を得ていない。だから、できるだけ情報を漏らさないようにしていただきたい。」

空気が震える。あちこちで顔を見合わせている。

今の宰相に言えないことが始まろうとしている。

その事実を知っただけで浮き足立つ者もいたが、シータが睨みつけて制止する。

「簡潔に言う。まず、私の部下たち。あなたたちは私の連れてきたとっておきの教官から指導を受けてもらう。」

「えー!俺たちには必要ねえよ!」

野次を聞き流して続ける。

「そして、私と同じように兵士を抱えている者はその指導法を記録し、各地に広めてもらいたい。」

対象の人は首を傾げる。

それだけなのになぜ宰相の許可を取らないんだと。

なぜ今頃そんなことをする必要があるのかと。

シータはなんとなく皆がそのような疑問を持っていることを勘付いていた。

もちろん想定通りだ。

そして、ここからはヒカルの番だ。

「では、教官に出てきてもらう。」

 (あとはお願い。ヒカル!)

祈るような気持ちでヒカルを呼び出した。


(出番か…。)

強く、痛いほど拳を握りしめる。

(よし!いくぞ!)


しんと静寂に包まれる。

誰もが言葉を失い、自分の目に映るものが現実なのか夢なのかの判別に脳のリソースを割かれた。

小さく、可愛らしい少女。

かつん、と音を立てて杖をつく姿からは兵士に必要な力強さなどは一切感じられない。しかし、身につけている軍服が、冗談ではないことを物語っていた。

こいつが、教官なのだと。

「テラといいます。これから、あなたたちの指導をさせていただきますのでよろしくお願いします。私は…、」

自己紹介を始めると同時に、不満が爆発した。

「俺たちを舐めてるのか!」

「こんなガキに指導されるなんて恥だ。」

「とっとと消え失せろ!ここはガキの遊び場じゃねえんだぞ!」

巨大な罵声がヒカルをあっという間に飲み込む。

もはや、誰が何を言っているのか聞き分けることができない。そのどれもが、ヒカルを罵る言葉なのだろう。

(そりゃ、こうなるわよね!)

シータは当たり前の反応に頭を抱える。

とにかく、皆を落ち着かせようと前に一歩踏み出そうとする。

その時、一瞬隣に立つヒカルと目が合った。

「…っ?!」

思わず唾を飲んでしまう。

可愛らしい顔は消え、目は怒りに満ち、口を一文字に結んでいる。覚悟を決めた戦士のように近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。

シータは思わず引き下がってしまう。

「…一つ、質問をしようか。」

低音が満ち溢れる中、甲高い声が投げ入れられた。

「私のこの足、なんでこうなったんだと思う?」

ちらりと目の前にあぐらをかいて座っていた兵士に視線を注ぐ。

「階段から落っこっちまったんだろ!ガキにゃあまだ早かったかなぁ?」

ゲラゲラと笑いが起こる。

ヒカルは眉ひとつ動かさず、言葉を続ける。

「これ、魔族に折られた。戦闘で。」

笑いが止まる。言葉の奥には怒りが込められているように感じられた。

誰もがただの子どもではないということを理解し始めた。

言い返せない者は皆、首を項垂れてしまう。

「…それで俺たちの同情を誘おうってか?やることが狡いね嬢ちゃん。」

「えっ?ちがうよ。」

重い空気の中、反発した兵士を見ることなく即答する。

そして、予想外の答えが返ってきた。

「ただの自慢。」

ヒカルが動きの止まった皆の前で悠々と歩き始める。

「だって、これで命を守れたんだもん。これで私の方があなたたちよりも上だよね。そんな私があなたたちに指導してあげるって言ってるんだから感謝しないと。」

「ふざけるのも大概にしろ!このガキが!」

ついに兵士の中には腰に刺した剣に手をかける者も現れ出した。それでも、ヒカルは臆することなく話し続ける。

「そのガキ一人怪我なく助けられなくて、どの口で喋れるの?言っとくけど、私がこの怪我をした時、周りに兵士もしっかりいたよ?」

「俺なら助けられる!そいつが悪いだけだろ!」

「私より弱いあなたが?」

その言葉が終わるか終わらないか。

聞き取れない単語を叫び、兵士がヒカルの頭上めがけて剣を振り下ろした。

同時に、ヒカルが一歩前に踏み込む。

「がぁ!」

その刹那、兵士が倒れた。

口からは血が流れ出ている。

剣を杖で受け流す。そして、顎に杖の先を命中させたのだ。

痛みにうずくまる兵士から目線を正面に戻す。

青ざめる者、目を逸らす者、すっかりヒカルへの恐怖を感じているようだった。

「まあ、ごちゃごちゃと言ったけど!」

頃合いだろうとヒカル自身も表情を緩める。

「私なんかを頼る兵士のままでいいのかってこと!いやでしょ。悔しいでしょ。だから、あなたたちが誰かの命を魔族から守れるようになるまで面倒見てあげる。」

やっとヒカルが顔を綻ばせて笑顔を見せる。

だが、兵士から見てその顔は不気味な笑みを浮かべた未知の生物だった。

なんなんだこいつはと目で訴えかけられているのに気づく。第三者の視点でみたらどうなんだろうと思うとなんだか滑稽に感じてしまう。

「じゃあ、早速訓練を始める!返事は!」

「はい!」

一人の少女はすっかり荒くれ者の兵士を束ねあげてしまっていた。

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