王都へ
杖をゆっくり馬車から下ろし、王都の舗装された道に立つ。
「久しぶりだな。」
見慣れるほど見てきた景色。
見上げるほど大きい王宮。道いっぱいに歩いている人々。
変わらない王都の姿を見ると、長かったロズウェードでの生活が一瞬の出来事だったように感じる。
「シータ。悪いけど俺が持って来たあの荷物を取ってくれないか?」
「えっ?これのこと?」
ちょうど馬車を降りようとしていたシータに声をかける。
詰め込まれた荷物の一番上に置かれた風呂敷を下ろしてもらう。
シータから風呂敷を受け取った途端、
「じゃあ、俺は用事あるからちょっと向こうへ行って来る。」
大通りを指さすと、そのまま早足で歩いて行ってしまう。
「はあ?ちょっと?!」
シータが声をかけた頃にはヒカルの小さな体は人混みに隠れてしまった後だった。
大通りのちょうど真ん中にある噴水のそばに、とある女の子とその母親が立っていた。
ヒカルと帽子を譲ってもらう約束を交わした後、女の子は粘り強く約束を交わした場所の近くを毎日見にきていたのだ。
「もう諦めよう。あの子が来れないのにも、きっと仕方がない理由があるんだよ。」
母親は納得がいかないように不貞腐れる女の子の頭を撫でてなだめる。
「やだ!今日はまだ待つ!」
約束してから一月以上が経過しているが、なお諦めようとしない意地の硬さに母親は頭を抱えてしまう。
「ほら、お母さんお金をちょっと貯めたから欲しい服を一つぐらいは買えるわよ。」
正直、ここ最近は物の値段が上がり生活に余裕がないのだが、これで通うのをやめてくれるなら良いだろうと提案する。
しかし、女の子は母親が話している間も近くをキョロキョロと確認して聞く耳を持たない。
結局、いつもと同じかとため息をつくといつものように引っ張って連れて帰ろうと女の子の手を握ろうと前にしゃがんだ。
「あー!」
突然女の子が走り出す。
母親も慌てて追いかけようと前を見る。
「遅いよ!もう!」
「約束してから期間が空いてしまい、申し訳ありません。」
そこでは、女の子に逃げられないように服を掴まれたヒカルが頭を下げていた。
「ええ?!覚えていてくれてたの?!」
流石に諦めていた母親はヒカルが会いにきたことに驚いて尻餅をついてしまう。
そんな母親の様子を気にもせず女の子は「早く!早く!」とヒカルを急かしている。
「はいはい、約束のだよ。」
風呂敷から飛び出して見えていた大きな帽子を取り出すと、ふわっと女の子に被せる。
女の子には大きすぎて目まで隠れてしまっている。
それでも、キャッキャっと飛び跳ねて喜ぶ。
「お母さん!似合ってる?」
「ええ、すごく似合ってるわよ。」
喜ぶ我が子を見て母親も笑みが溢れる。
母親はヒカルの方を向いて改めてお礼を言おうとヒカルを見ると、ヒカルは再び風呂敷から何かを取り出していた。
「遅れてしまったことへのお詫びとして、こちらもどうぞ。」
ピンクの可愛らしいドレスを広げて二人に見せた。
一月かけてヒカルが作り上げた自信作だ。
「えっ!これもくれるの!」
「もちろん。」
女の子はヒカルから受け取ったドレスを大事に抱きしめる。
「こんな値段の高そうなの…。受け取れないですよ…。」
「高い素材は使ってないはずなのでお気になさらず。受け取ってくれると作者としてうれしいです。」
「ええ?!あなたが?!作った?!」
驚きすぎて頭を抱えてしまう。
我が子と大差なさそうな年齢の少女がここまでできるのだろうか。
「では、待たせている人がいるのでそろそろ私はこれで。」
ヒカルは女の子に手を振ると、母親に目を合わせる。
「あの時、怪我がなくてよかったです。」
はっと息を呑む。
最近の危険な出来事といえば一つしかない。
頭の中にこびりついた恐ろしい記憶。魔族が迫って来る情景が鮮明に思い出される。
そして、助けてくれた小さな背中と目の前にいる少女の姿が重なる…。
「あの!」
すでに立ち去ろうと後ろを向いていた少女は首だけ母親の方に向ける。
「あなたの…。お名前はなんですか…。」
どうやって聞けばいいのか分からず、遠回しの質問をしてしまう。
我が子がきょとんと二人を交互に見ている中、少女はすぐには答えず、少しの間沈黙が続いた。
再び、母親の方に体を向けるとイタズラっぽく笑う。
「今の、私の名前はテラです。では、さようなら。」
そして、背を向けると、人混みに紛れて姿を消した。
母親は見えなくなった姿に手を振る。
「ありがとうございます。勇者様…いえ、テラさん。」
小声で放った言葉はにぎやかな大通りにかき消された。
馬車に戻ろうとしていると、追いかけていたシータに見つかった。
「もう!あんたの名前は王都じゃ呼べないから探すの大変だったのよ。」
「ああ、そのことなんだけどいい偽名を思いついてさ。」
「えっ?後で教えなさいよ。ちゃんとした名前なんでしょうね?」
「当たり前だろ。」
自信たっぷりに答える。
テラ
心の中で新しい自分の名前を復唱する。
名前のまま、照らせるように。
拳を王宮に突き出す。覚悟で引きつった顔を無理やり笑顔にしてこれからの慌ただしい生活に備える。
明日は一番の大勝負なのだから。




