決断の夜
窓の外から漏れ出す月明かりを眺めながらベッドに腰掛ける。
(ああ…。こんな一日が続いてほしいな…。)
今日の情景が鮮明に瞼の裏に浮かんでは消えていく。
しばらく、それを続けた。
「ヒカル様。」
目を開けるといつのまにか目の前にメグが立っていた。
「少し、お話しませんか?」
ヒカルは何も言わずに頷く。
メグは隣に座る。そしてまた、しばらくの間沈黙が続いた。
「正直、この生活には満足してる。」
一言一言噛み締めるようにヒカルが話し始める。
「メグが言ってくれたから。俺のそばに居たいって。
だから、これまでメグに押し付け続けて生きてきた。それでも俺のことを見捨てないって分かってたし、メグはそれを承知で俺についてきてくれてるから。」
一度言葉に詰まり、寝巻きの裾をギュッと握りしめる。
「でも…。全てを押し付けていいわけじゃない。」
ぱっとメグの方に目線を動かす。
メグの袖の下からは小さな傷跡が顔を覗かせていた。
ヒカルの目には魔族が二人を襲った時のメグの姿が重なって見える。
メグは血だらけになりながら魔族を殴りつけてヒカルを守り抜いた。
一体どれだけ痛かったのだろうか。
殴りつける感覚はどれだけ苦痛だったのだろうか。
メグに直接聞いてもはぐらかして答えてくれない。
でも、それだけで少なくとも気を遣われていることは確かだ。
当たり前だ。あんなに優しいメグがだれかを殴りつけて良い感情を持てるはずがない。
「もう二度と、メグに闘わせない。」
キッパリとメグに向かって言い切る。
メグは驚いたような、嬉しいような、複雑な感情がうごめく表情を見せる。
構わず、ヒカルは言葉を続ける。
「だから、行くよ。王都に。シータのやり方でメグを守るために。」
(ああ、やっぱりあなたはそう言うでしょうね。)
妙に心の奥から納得してしまう。
じっと自分を見つめるヒカルの目はくすんでも、震えてもいない。
三年前、自分を助けたときのように、透き通って見える。
「あーあ。」
わざとらしく声を出してヒカルの頭を思いっきり撫で回す。
「メグ?!どうしたんだ急に?」
抵抗しようとするヒカルをよそにメグは話を進める。
「ここに来た時はあんなにおどおどしてたのになー。私がいなかったら何にもできなかったのになー。」
懐かしむように遠くを見ながら思いっきりヒカルを抱き寄せる。
「ふふっ、また守られる側になっちゃいました。」
頬を熱いものが伝っていく。
その様子をなぜかヒカルには見られたくないため抱きしめたまま離さない。
(ほんと、勇者様は…。)
どれだけ私が不安なのか知らないで。もう帰ってこないかもしれないなんて怖さを知らないで。
三年前――
ある時ヒカルが長期間の遠征へ向かった時のこと
ヒカルは一人で暇を潰せるようにとパズル、積み木などの玩具を置いて行った。それらは無造作に床に投げ出されている。
(勇者様、遅いな。)
今日が遠征から帰って来る日だ。
朝からじっとメグは部屋の入り口の前で待ち続けていた。
(もう外が暗くなってからどれぐらい経ったんだろう。もうすぐ一日が終わっちゃうよ。)
目の前にある木材で作られた扉からは不気味な重圧が感じられる。近づきすぎないように距離を取らないと足が震えてしまう。
「あっ!」
キィと軽く音が鳴るとゆっくりと扉が開き始める。
「勇者様!」
急いで駆け寄るが、すぐに座り込んでしまう。
扉を開けたのはヒカルにメグの様子を見てくれと頼まれていた兵士だった。
「メグちゃん?!なんでまだ起きてるんだい?」
「あの…。勇者様は…。いつ帰ってきますか…。」
まだヒカル以外の人が怖かったメグは警戒しながら尋ねる。
「勇者様はもうすぐ帰って来るよ。ほら、だからゆっくり寝て待とう、な!」
今にも泣き出しそうなメグを抱き抱えてベッドに連れていく。
メグは大人しく毛布を被る。
「おやすみ。メグちゃん。」
メグの様子を見て安心したのか兵士は部屋を出て行った。
(勇者様、何かあったのかな…。もし…、もう帰ってこなかったら…。私は…。)
ギュッと瞼を閉じる。
(ううん。勇者様ならきっと大丈夫。だから私も早く寝ないと勇者様を困らせちゃう。)
嫌な想像をしないように必死に自分に言い聞かせる。
瞼の周りの水滴は月明かりのせいで輝きを帯びていた。
「…あれ?」
目を開けると、窓から差し込む日差しが朝だということを知らせてきた。
しばらくそうしているうちにいつの間にか寝てしまっていたようだ。
ふと、自分の頭を誰かが撫でていることに気がつく。
「おはよう。メグ。」
よく聞き慣れた声。
ぱっと振り返るとそこには明け方に帰って来たヒカルの姿があった。
「ゆうじゃしゃま!」
抑えきれなくなった涙と鼻水でくしゃくしゃになった顔を大きなヒカルの胸元に埋める。
「帰って来るのが遅れてごめんな。魔族の援軍が予定よりも多くてな。」
兵士からメグが不安がっていたと聞いていたヒカルは優しくメグの頭を撫で続ける。
しばらく泣いた後メグが顔を上げた。
「私!勇者様の帰りを待つだけなのは嫌です!」
キッとヒカルを睨む。
「別にメグが安全に暮らしてるだけで俺は嬉しいんだけど…。」
「安全?!あれで?!」
指を刺した先には山積みになった衣服の山がある。タンスに入れるのが面倒なヒカルが脱ぎ捨てた衣服だ。その頂上から無造作に投げ捨てられた折れた剣が落ちかけていた。
ヒカルは料理以外の家事は苦手なのだ。
「私は勇者様の隣から離れらません。だから、勇者様も私から離れられないようにします!今日から私は勇者様の従者です!」
ぽかんとするヒカルを置いてメグは衣服の山に向かう。
使われていないタンスにポイポイと服を投げ入れる。
「あっあっ、畳んでから入れないとはいらな…。」
「じゃあどうやって畳むんですか?!」
突然ぐいぐいと来るメグにたじろぎながらヒカルはメグに畳み方を教えていく。
これが、メグが従者となった初めての日だった。
「ずるいですよ。私はまだヒカル様がいないといけないのに、いなくなるかもしれない事をしだすなんて。しかもそれが私を守るためだなんて。」
ヒカルを解放すると、目を合わせてにっと笑う。
「そんなこと言われたら、私は止めることなんてできるわけがないじゃないですか。」
ぐいっと涙を拭う。
「…絶対、成功してくださいね。」
ヒカルも笑い返す。
「ああ。もちろん。」
ヒカルの透き通るように美しい目には新しい輝きが宿り始めていた。




