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シータのお願い

「歩くよ。ついて来て。」

メグが二階から魔族を連れて来る。

今日は馬車が荷物を届けに来てくれる日だ。ヒカルはこのタイミングで魔族を王都へ送り届けようと考えていた。


魔族は目覚めてから数日が経っている。縛られているためメグが毎日食事を食べさせようとしたが、ほとんど口に入れることはなかった。

魔族は恐ろしいほど大人しくなり、抵抗するそぶりすら見せない。それどころか二人の指示には素直に従った。

まるで別人に変わったかのような変貌ぶりにヒカルは錯乱していたのは何か理由があるだろうと推測していた。

「なんで俺たちに襲いかかったんだ?何か理由があるなら聞かせてくれ。」

ヒカルは何度か問いかけたが、目を背けるだけで何も答えてはくれない。しかし、以前とは違い言葉は通じているようだ。

結局、馬車が来るまで一度も会話をすることはできなかった。


メグが腕を引っ張って魔族を止まっている馬車に連れて行く。念の為少し離れてヒカルもついて行く。

「うん?」

ヒカルは見慣れた人が馬車の前にいることに気がつく。いやまさかと目を擦る。そして、再びその人を凝視する。

いるはずのない人、シータは目線に気がつくと笑って手を振る。

「ちょっと!何?!」

前を歩いていたメグが突然悲鳴を上げる。

魔族がメグを突き飛ばし、一目散にシータの方へ走り出したのだ。

シータは瞬時に剣を構えようとするが、魔族から発せられた言葉は思いがけないものだった。

「武器を持つ人!今すぐに俺を殺してくれ!」

切羽詰まった様子で叫んでいる。どう見ても演技ではない。腕を縛られているためバランスを崩しその場に倒れ込む。

「頼むぅ!もう誰かを傷つけなくない!自分でもいつ()()かわからないんだ!」

這いずってシータに縋り付くと泣きながら懇願し出す。ひとしきり泣き叫ぶと呻き声をあげてばたりと倒れてしまった。

「ちょっと!大丈夫?!」

メグが体をさするが反応はない。シータが確認を取る。

「心配ない。気を失っているだけだ。おそらく寝不足による疲労のせいだろう。」

シータは真剣な顔つきでヒカルを見すえる。どうやらこの状況について説明が欲しいようだ。

それもそのはず。シータからすれば突然二人が縛り付けていた魔族が走って殺してくれと懇願するという不可解な状況である。

「とりあえず家で説明するよ。ついてきて。」

メグに魔族を担いでもらう。一旦馬車の荷物は後にしてシータを優先することにした。


「お邪魔しまーす。」

恐る恐るシータが家に入って来る。組まれた丸太で作られたログハウス。メグが整理してくれているおかげで衛生状態はとても良いが、王都の建物と比べればあまりにも質素だ。

「ここで暮らしてるのね。バルトったらもう少しいいところ紹介してくれてもよかったのに。」

「第一、なんでシータが今の俺が住んでること知ってるんだよ。一応機密情報だろ。」

怪訝そうな顔でシータを見上げる。

「私ってあんたと関わりが深かったじゃない?それのおかげで何事もなく聞き出せたのよ。」

「情報源は貴族からか…。ここまでザルだと心配になってくるな。」

「一応私から言っておくわよ。期待は薄いけどね。まあ、それはさておき…。」

そうだ。今回の話の論題はそこではない。

シータとヒカルは向かい合って食卓の椅子に腰掛ける。すると、メグがハーブティーを入れてシータの前に置く。

「あら、気がきくじゃない。メグも相変わらず健康そうでよかったわ。ところでヒカルの分は?」

「シータさんから色々と教えてもらいましたから。あとヒカル様は今は…。」

「悪かったな。子供舌に戻ってて。」

少し不貞腐れるヒカルがおかしかったのかシータがお腹を抱えて笑ってしまう。

メグは代わりに野菜ジュースをヒカルの前に置いてあげた。


「さて、さっきの魔族のことだけど…。」

「そうだな。あいつは数日前に山の中腹ぐらいの地点で突然俺たちに襲いかかってきたんだ。」

その時の状況を詳しく話していく。

言葉が通じないほど錯乱状態だったこと。

おそらく知能を失っていたこと。

メグがヒカルを庇って大怪我を負ってしまったこと。


「やっぱり…。なんとなく予想はついてたけど…。」

「その反応から見るにあの状態の魔族が現れてるのは俺たちのところだけじゃなさそうだな。」

一人だけあの状態なのは違和感がある。ヒカルの危惧していた通りだった。

「今、魔族による襲撃事件が相次いでいるの。まだ王国の端の方しか現れてないけど今後どうなるかはわからないわ。」

「今回俺に会いにきたのはそれを伝えるためか?」

「まあ、それと関係はあるけど…。」

シータは少し言い淀む。ハーブティーを一息に飲み干すと、覚悟を決めたようにまっすぐヒカルの顔を見る。

「魔族を鎮圧するための兵士たちの質が下がってるの。戦争してた頃なんて私とヒカル、バルト、セルフィーだけが前線に出て兵士は後ろの方で応援してるぐらいしかすることがなかったし。もう戦いから長い事離れているから誰も戦えないの。」

「まあ、お前が軍曹になってるぐらいだしな。兵力が不足してるのは目に見えてる。」

シータの着ている服は軍曹の正装だが、いつものシータを見慣れている身からすればあまりにも似合わない。

「私は剣術なんて知らないから兵士を育てようにもどうすればいいのかなんてわからないし、兵士の質を上げることもできないの。」

「お前は暗殺専門なところあるしな。」

シータが得意とするのは不意をついた攻撃。表立って戦うようなことはできないはずだ。

「だから…。言いにくいことではあるんだけど…。」

「…まさか。」

「ヒカル。あなたが兵士たちを育てて欲しい。」

音を立てて唾を飲み込む。体から冷や汗が吹き出しているのがわかる。

「それは、俺に戻れと言っているのか?」

「もちろんヒカルが王都で何があったのかは知ってるし、その上で話してる。」

シータは机に手をつけて机にぶつかるスレスレまで頭を下げる。


「もう頼れるのはヒカルしかいないの!お願い!王都に戻ってきて!」

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