軍曹の苦悩
王都から続く一本道を兵士の一団が歩いている。ある者は下を向いてうつむき、ある者は隣の兵士とぺちゃくちゃと喋っている。先頭を歩くたった一人だけが前を向き、腰の剣から手を離さない。そして、この中ではたった一人の女性だった。
ベルベルト王国軍曹シータ。勇者の仲間の一人だ。
「おい、お前たち。」
シータは兵士たちの方に振り返る。兵士たちは面倒そうにシータの顔を注目する。シータは小柄だが、はっきりと威厳のある声で問いかける。
「暴れている魔族の鎮圧に向かっているというのに随分と余裕そうじゃないか。よほど自信があるんだろうな。」
「いや、自信なんてないっすよ。」
兵士の一人が顔を背けて呟く。
「じゃあその態度はなんだ。今回見つかった魔族は逃走しているそうだ。だから、いつどこで私たちを襲ってくるか分からないんだぞ。」
「そんなこと俺たちに言われても…。なあ。」
周りの兵士も頷く。
「見てきてわかってるでしょ。俺たちは魔族には勝てねぇ。みんなあなたのような強さを持ってるなんて思わないでくださいよ。その証拠に今までに二件の魔族による事件があったけどそのどちらも取り押さえることができてない。」
「そうだ!」「なんで俺たちがやらないといけないんだ!」
口々にシータに不満を漏らす。
「兵士は王国を守るために戦うことが仕事だ。それを放棄する気か?」
「放棄したくないからここまで来てるんですよ。形だけでも参加しないと給料がもらえないし。」
「なるほど、その程度の目的だからあんな態度を取れるのだな。」
「まあ、そうじゃないですか?」
これ以上は言っても無駄なように感じ、前を向く。この頼りない兵士たちを守るために自分がいるのだと思うと、兵士とはいったいなんなのかを考えさせられてしまう。
その後ろで兵士たちは再び緊張感のない空気を作り出していた。
「あれか…。」
しばらく道に沿って進むと、馬車が道の真ん中に横倒しになっていた。
今回の魔族による襲撃の内容は、王都へ荷物を運んでいた馬車に突然魔族が襲い掛かり、馬に飛びかかる隙に御者は脱出して無事だったというものだ。
逃げた御者によると、魔族はそのまま暴れた後どこかへ走っていってしまったという。もうすでにここは危険地帯だ。
「戦闘体制!魔族の襲撃に備えろ!」
シータが兵士に指示を出すが、何人かの兵士は集まらずにふらふらと後ろで歩いていた。
「うぎゃああ!」
悲鳴が響き渡り後ろを振り返ると、集まらなかった兵士の一人に魔族が襲い掛かっている。他の兵士は剣を捨て槍を捨てて、慌てふためいて逃げ出している。
「仲間を助けるぞ!かかれ!」
シータが兵士に檄を飛ばすも、誰も動こうとしない。呆然と魔族が兵士の一人に馬乗りになっている恐ろしい光景を眺めている。
「うわぁ!」
何人かが覚悟を決めて魔族に槍を振りかざす。しかし、簡単に躱されてしまう。魔族は呻き声をあげて兵士を睨みつけた。
すっかり怯えた兵士たちは戦闘体系を崩して一目散に逃げ出してしまう。
「あんな化け物勝てっこない!」「もういやだ!」
仲間に見捨てられた兵士は腰を抜かして逃げることもできない。
「くっ来るな!やめてくれ!」
情けない悲鳴をあげて剣を振り回す。魔族は片手で剣の刃を握ると兵士の手から引き剥がす。
(俺…今から死ぬのか!?いやだ!誰か…誰か…!)
兵士は恐怖のあまり口から泡を吹いて倒れてしまう。動かない兵士めがけて魔族は鋭い牙を突き立てようと前へ屈んだ。
ギャッ!
小さな悲鳴が上がる。シータが魔族の死角から喉元を小型の刃で貫いたのだ。魔族は暴れることもできずに瞬く間に絶命する。シータが慣れた手つきで刃を抜くと、死体は兵士に覆い被さるように倒れた。
「あっ?ひっ、ひぃ!」
目を覚ました兵士の目の前に魔族の顔があり、パニックに陥る。シータが魔族をどかしてあげると、シータを蹴飛ばして起きあがる。
「だからいやなんだ!兵士なんてもうこりごりだ!これでやめさせてもらう!」
シータに向かって大声で怒鳴りつける。鎧も剣も投げ捨てるとそのまま王都の方へ走り去っていった。
はぁ…。
血まみれの刃を持ちながら一人ため息をつく。今回もシータが居なければ一人の兵士の命が失われていた。
だが、いつもシータが前線に出て戦うわけではない。魔族の対処ができる人材がもっと必要だ。
「ヒカル…。」
勇者の名を空に向かって呟く。ヒカルが脅威となるものを全て排除してきた。しかし、ヒカルのいない今、そのしわ寄せが押し寄せてきていた。
肝心の綱である兵士がこの有様だ。このままでは王国の存続にも関わる危機に繋がりかねない。
本日の魔族による襲撃は三件。そのどれもが一匹だけで行われたものだ。
昨日の襲撃は二件。回数は日に日に増えるばかりだった。




