温泉で一休み
夜になり、二人はまた泉に訪れていた。水温がちょうど良く、温泉として十分使えることがわかったからだ。
昼間とは違って、湯気が森中に広がり白くぼやけた幻想的な光景が広がる。
メグが家から持ってきた松明をいくつか立てると足元がわかるほど明るくなった。
「メグは傷にしみて痛いだろうから治ったらまた入ろうな。」
「はーい。楽しんで来てください。」
近くの岩に座ると服を脱いでメグに渡す。そして、メグからもらったヘアゴムで髪を団子にまとめる。この髪の手入れにもだいぶ慣れてきているな、と常々感じる。
ペタペタと岩場を歩き、温泉の岸に立つ。いつぞやに見たあの月の映る水面が目の前いっぱいに広がる。
本当に久しぶりの温泉で心が躍り、目の前に広がる温泉に無性に飛び込みたくなってきた。温泉の真ん中はかなり深くなっているのでそこを狙えば飛び込める。元の世界のルールなら怒られてしまうところだが、この世界にそんなものはない。
(いいのか…。禁断の行為をしても。)
誰も止める者はいない。欲望は膨張し続けるだけだ。少し高い岩に乗り、あとは飛び込むだけ…。
(あっ。)
今の自分の足の状態を思い出す。回復はしてきているもののまだジャンプができるほどではない。結局、大人しく湯に入ることにした。
ちょうどいい水温のところを見つけ、浅瀬に座ってからしばらくが経った。
「ふー、いい湯だ。」
思わず声に出てしまう。多少木の枝や葉っぱなどが浮いているが、贅沢は言えない。ゆったりと月を眺めながら至福の時間を過ごす。
「ヒカル様ー!」
突然背後からメグの声が聞こえる。まさかと思い振り返ると服を脱ぎ捨てたメグが立っていた。湯気のおかげで大事なところは見えないが思わず目を覆う。
「どわー!?なんて格好してるんだ!俺男だぞ!」
「待ちきれなくなって私も入りに来ちゃいました。いやー、なんかすごい景色ですね。言葉に言い表せません!」
「いやだから俺男…。」
「よーし!いっせーのーで!」
ヒカルの話など聞く耳を持たずに高く飛び上がる。凄まじい水柱が立ちヒカルの顔に水が飛び散る。
「あっはっは!楽しー!」
大満足な様子でヒカルのいる浅瀬に泳いで来る。もう止めるは無理だと悟ったヒカルは諦めてメグを隣に座らせた。
「傷はしみたりしてない?」
「はい。昼間に塗ってくださった薬のおかげです。」
「そっか。ならいい。」
チラリとメグの体を見る。
三年前はあんなに小さかったのに今ではモデルのようにスタイルの良い体つきへと成長している。そんな美しい体にはいくつもの痛々しい傷跡がついている。おそらく一生消えることはないだろう。そのぐらい深い傷だった。
(俺がメグをこんな目に合わせたんだ。)
傷を見るたびに申し訳ない気持ちと自分の無力さを痛感する。
(あっやばい。)
朝のようにまた涙が溢れ出す。顔を湯に入れて涙を隠すが、それでもメグは気づいたようだ。
「ヒカル様。私は大丈夫ですよ。そこまで気に病まないでください。」
「ああ、ありがとな。でも…、メグを助けられなかった俺が情けなくて…。」
「ヒカル様は私を助けたじゃないですか。石を投げて注意を引いてくださったから私は今生きてるんです。」
「そうだけど…。」
もっと力があれば。もっと勇気があれば。何かが変わったはずだった。でも今の俺はそのどちらも持っていない。こんな自分にいったい何ができるのだろうか。
「あっそういえば!」
わざとらしくメグが声を上げてヒカルに聞く。
「あの魔族はこれからどうしましょう?まだ目が覚めてないですけど、一旦二階の部屋に縛り付けておきましたが。」
話題を露骨に変えてきた。おそらくメグの傷の話で落ち込んでいたヒカルへの配慮だろう。メグの配慮に感謝しながら答える。
「次の馬車が来るタイミングで王都に連れて行ってもらうよ。人を襲った以上罪に問われるしな。」
「でも、あの魔族ちょっと様子がおかしかったといいますか…。なんか変だと思いませんでした?」
「確かにな、俺もあの状態の魔族は始めて見た。少なくとも、これまでに見てきた魔族はパニックに陥ったとしても言葉が通じてた。もしかしたら何かしらの原因があるかもしれない。」
「じゃあ…。またこんな襲撃があるかもしれないってことですか?」
「かもしれない。あいつだけだと願うばかりだな。」
魔族一匹でも成人男性十人ぐらいを蹴散らしてしまうほどの力を持っている。簡単に暴れられては困る。
「まあ、兵士はたくさんいるし今日の時点ではそこまで気にするほどではないだろう。魔王ももう居ないしな。」
魔王が居なければ魔族はまとまって襲ってこない。一人だけなら対処可能だ。
「ですねー。安心しましたー。」
メグはふぁ〜と小さなあくびをする。長々とヒカルの説明を聞いていたら眠くなってしまったようだ。
「そろそろ出ようか。温泉の中で寝るのは良くない。」
「わかりました…。」
二人が出ようとした時、周りに二個の光の粒が漂い始めた。
「蛍だ…。ここでも見られるなんて。」
「わ―。きれー。」
まどろみながら小さな拍手をする。
現実から切り離されたこの景色をただ眺め続ける。今、現実がどれだけ苦しいものだとしても。この景色の前では些細なことのように思えてしまう。
岸で光がくるくると回る。そして、また森の奥へと帰っていった。




