温泉探しに迫る危機 上
「今日もいい天気だ。」
外に出たヒカルを朝日が照らす。まだ少し夜露で濡れている草を踏み締めてゆっくりと歩いていく。目線の先にはすでに準備を整えたメグの姿があった。
「水は私が持ってるので喉が渇いたらすぐに声をかけてください!それと足元の小石や枝で転ばないように気をつけてください!それと周りは私も警戒しますがヒカル様もいつも以上に気をつけてください!それと…。」
「あ…ありがとう。もう十分だよ。」
終わりそうになかったので思わず止めてしまう。まだメグからは不安が抜けないのかヒカルを見る目は泳いでいる。
「うう…。ですがどうしても怖いんです。ヒカル様の身に何かあったらと思うと…。」
するとメグはしゃがんでヒカルと目線を合わせる。真剣になった顔つきにヒカルは困惑してしまう。
「私が絶対に危険な目には合わせません!ヒカル様は私が必ずお守りします!」
ヒカルは覚悟の決まったメグの顔を前に思わず眼を逸らしてしまう。
「俺の心配もいいけど、メグも自分の心配をしなよ。」
「もちろんです。当たり前じゃないですか。」
それを聞いたヒカルは安心したように顔の向きを戻す。
「まあ道もそんなに険しいわけじゃないからさっさと行って戻ってこれるよ。あんまり心配しすぎないで今日は楽しも!ほら!道はあっちだよ。」
ヒカルが家の裏まで歩いて行き、指をさす。その先には背の高い茂みが並んでいる中、一箇所だけ地面が固められて背の低い草がまばらに生えている場所がある。どうやら山の麓に向かって伸びているようだ。
「確かに誰かが使っていたみたいですね。でもかなりでこぼこなので慎重に歩いてください。」
「はいはい、わかってるよ。」
小石や枝を踏まないようにゆっくりと進んでいく。杖をついて歩くのもすっかり慣れた足取りだ。
(うん、これなら転んだりすることはないだろう。)
メグもそんなヒカルの様子を見て、警戒してぴんと立っていた耳を元に戻した。
小鳥のさえずりや二人の草を踏む音だけが木々を反響して響いている。降りていくにつれてしだいに道も太くなり、高い草も無くなって森に入っていく。するとさらにさまざまな種類の鳥の鳴き声が聞こえ始める。
どこか神聖な雰囲気さえ感じさせる森に染み入っていると、メグが「うっ!」と声を上げて鼻を抑えた。
「なっなんか変な匂いがしませんか?」
「えっ?匂い?」
「そうです。こう…なんというか…ツンと鼻にくる匂いが。」
感覚を研ぎ澄まして鼻に一気に空気を入れる。微かに刺激臭が香ったような気がする。
「本当だ。よくわかったなこんな微かな匂い。」
「これでも獣人ですから、鼻が効くんですよ。あっちの方から流れてきてるみたいです。行ってみます?」
「そうだね。山火事とかだったら大変だし。」
念の為匂いがする方へ向かってみる。しだいにヒカルにもはっきりとわかるほど匂いが強くなってきた。メグは必死に鼻を手で押さえている。
ヒカルはこの匂いに既視感があった。それも前世の記憶の中で。
(卵が腐ったような刺激臭…。どこで嗅いだんだっけ。確か…。)
「あっあれ!」
不意にメグが叫ぶ。目線の先を見ると遠くに木々のない場所が広がっている。露出した岩肌には黄色いものが付着し、ところどころ煙が上がっている。
ヒカルはこの光景に見覚えがあった。
(そうか…、この匂い修学旅行で行った温泉街で嗅いだ匂いだ!じゃあこれは…。)
「かっ火事です!急いで逃げましょう!」
「メグ!落ち着いて。火事じゃないから大丈夫だ。」
「いやでも煙出てますって!じゃあなんですかあれ!」
「あれは火山の活動でできたんだよ。煙に含まれるガスは危険だけど遠くからなら安全だ。」
「へぇー。そうなんだ…。」
ヒカルの深い知識にメグは感心してしまう。
向かいの山は火山のようだ。だがここ数日の間に地響きや地鳴りはなかったため、活動自体は落ち着いているようだ。
「もしかしたらこの道はあの火山の異変に気づくために作ったのかもしれないな。向かいの山の方に伸びてるし。」
「なるほど…。これからは私たちも念の為ここに来て火山の状態の確認をしたほうがいいですね。」
「うん、いいことを知れた。それともしかしたらこの先に…温泉があるかもしれない。」
「へ?オンセン?!なんですかそれ?!」
メグが興味津々に聞き返す。
(あっしまった!この世界に温泉なんて文化はない!どうやって説明しよう。)
「食べ物ですか?それとも動物ですか?」
「えっと…。俺の生まれた地域にあった文化なんだけど火山なんかの近くにあるあったかい湧水をお風呂にすることだよ。」
(前世で)生まれた地域だから嘘は言っていない。おそらく。
「ええ?!なんかすごい危なそうなんですけど?」
「流石に適温のところでね。入ってみればすごく気持ちがいいよ。」
「本当です?嘘ついてたりしません?」
「本当だって。ならもう少し歩いて探してみる?なかなかいいところは見つからないと思うけど。」
「私はいいですけど…。ヒカル様は…。」
チラリとヒカルの方を向く。降りた分だけ登らないと帰れないため、ヒカルの体力が心配なようだ。
「俺も大丈夫だよ。足の調子もいいし。」
「それならもう少し探してみたいです。そのオンセンっていうやつを。」
「じゃあもう少し歩いてみようか。」
未知なるオンセンを求めて二人はさらに先へと歩き始めた。
煙の出ているところは谷のようになっていて降りることは難しそうだ。そこで他に同じようなところがないか道の周囲を見渡していく。
「うん?」
ヒカルが木に手を当てる。そこには引っ掻き傷のような痕がついていた。
(何だろう?クマにしては小さいし小動物にしては深くまで食い込んでる。)
「どうしました?うわ!何?この痕!」
メグも同じものを別の木で見つけたようだ。
「動物の仕業だろうけどかなり最近だね。念の為、周りに注意して家に帰ろうか。」
「そうですね…うん?あれは…?」
メグが指をさす。森の中に岩肌が露出している場所があり、岩の隙間から湧き出た水が泉のようになっている。湯気も出ているため熱湯のようだ。
「もしかしたら温泉として使えるかも!近くに行ってみよう!」
ヒカルが温度を確かめようと道から少し外れる。
その時、遠くの茂みが不自然に揺れたことをメグは見逃さなかった。
「危ない!」
メグがヒカルに向かって叫ぶ。
次の瞬間。茂みが大きく揺れ、この世のものとは思えない雄叫びが山に響き渡った。




