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影の近づく平穏

「よいしょ!」

鍬が力強く土に突き刺さる。

昔、小さな家庭菜園があったであろう土地をメグは耕していた。作物のに日光を当てるためかこの土地だけ高い木が生えておらず、周りには切り株がたくさん残っている。

日陰になっている切り株の一つにヒカルが座っていた。布を縫い合わせて何かを作っている。メグは何を作っているのかを尋ねたことがあるが、内緒の一点張りだった。

メグの肌を日光が容赦なく照りつける。首に巻いているタオルはすでに汗で湿っていた。

「流石に休憩したら?体力がもたないよ。」

一度手を止めてメグの体を心配する。

「いえ。まだまだ余裕です。今日中に全部耕して見せましょう!」

「いや別に今日中に終わらせる必要はないんだけど…。」

「よいしょぉ!」

ガツンという音が山に反響する。もうヒカルの声は届いていないようだ。思わずため息をついてしまう。


獣人は人間の平均よりも体が大きく、身体能力も高いことが多い。さらにメグは体を動かすことが大好きだ。ヒカルがトレーニングをしている横で同じメニューでトレーニングをすることもあるぐらいだった。

あくまでも趣味の範囲なので実際の戦闘の経験はないが、力だけなら並の兵士の倍はあるだろう。


メグは笑顔で鍬を振り下ろし続けている。体力に余裕があるというのは強がりではなさそうだ。

「種を蒔いたらどれぐらいで実がなるんだろ!ヒカル様は知ってます?」

「多分メグが思ってるよりも時間がかかるよ。だいたい半年後ぐらいじゃないかな?」

「ええ!そんなに?!」

思わず鍬を止めてヒカルを見る。

「だから慌てなくていいんだよ。ゆっくり育ててもいつか食べれるんだし。」

「いえ、一日でも早く食べたいです!ちょっと本気出します。」

「えっ?本気?」

するとメグはまた鍬を振り下ろし始める。それもさっきの倍のスピードで。

鍬は今のヒカルが持ち上げるだけで精一杯なぐらい重いはずだが…。ヒカルは心配するだけ無駄だと自分の手元に眼を戻した。


「私も何か新しいことを始めたいです!」

家庭菜園が始まるきっかけとなったのはメグのこの言葉がきっかけだった。

「もう家事もひと段落しましたし、このままだと体が鈍ってしまいます。」

「…十分体を動かしてると思うけど。」

メグは毎日一人で全ての家事をこなしている。しかし、家中を歩き回っているだけではメグの体を動かしたい欲求を抑えきれないようだ。

「なら、家庭菜園とかはどう?耕すから力を使うし、何より新しく買い揃えなくていい。」

昔この家に住んでいた人は家庭菜園をしていたようで、荒れ果てた畑や農具、野菜の種まで放置されていた。

ヒカルの提案はメグにとって魅力的だったようで、眼を輝かせている。

「いいですね!美味しい野菜も食べたいですし、これで決まりです!」

こうしてあっさりと決まった家庭菜園。しかし、王宮で暮らしていたメグに畑仕事の経験があるもなくヒカル自身もあまり詳しいわけではなかった。一応、前世の知識からしたほうがいいだろうと思ったことをメグに教えておいた。

そして、メグは手探りで家庭菜園を始めた。上手くいくのか、失敗するのかは二人には分からない。


「はぁ〜。流石に疲れた。」

メグはタオルで汗を拭いながら日陰に入る。ヒカルは塩や果汁を入れた特製スポーツドリンクをメグに手渡す。

「水分だけじゃなくて塩分も取らないとダメだよ。しっかり飲んで。」

「そうなんだ。ヒカル様はいろんな知識を持ってますね。戦争中とかに知ったんですか?」

「うーん…。まあそんな感じ。」

本当は前世の知識ですなんて説明が通じるわけがない。適当に誤魔化しておく。

「これから種も蒔かないと。思っていたより忙しいです。」

「でも、きっと手間をかけただけ美味しくなるよ。」

「じゃあヒカル様に美味しいと思っていただけるようにめちゃくちゃ手間をかけます!」

「あはは…。気持ちだけ受け取っておくよ…。」

メグは体を動かせてご機嫌なようで、自然と大きな声が出ている。

ヒカルは笑いながらも羨ましそうにメグの笑顔を見つめる。この生活にも少しずつ適応してきたメグとは対照的にヒカルは体も心もまったく追いついていなかった。特に杖のある生活は前世でも経験したことがないため、慣れるのに時間がかかっていた。

(いつになったら俺は普通に生活できるようになるのだろうか…?でも…。)

虚しさを感じながらもメグの笑顔を覗き込む。

「どうされました?私の顔に何かついてます?」

この笑顔の横に居られる限りはきっと大丈夫だろう。根拠もなにもないが、そう思える。

ヒカルもメグみたいに楽しもうと思えるほどにこの生活を気に入り始めていた。

「そうだ!明日は少し周辺を歩き回ってみないか?俺も体を動かしたいし。」

「えっ?足は大丈夫ですか?」

「歩くぐらいならなんとかなるし、そこまで遠くへ行かないつもりだから平気だよ。朝は涼しいし、その間なら楽なはずだ。」

「うーんそこまで言うんだったら…。でも…。」

「あれ?メグにしては珍しく渋るんだな。こういうの好きだろ?」

「そうなんですけど。なんかちょっと胸騒ぎがして…。ほら、獣人の勘ってよく当たるって言いません?明日じゃなくてもいいんじゃ…。」

「まあ大丈夫だって。戦争中もよくそれ言ってたけど一度も当たったことないじゃん。」

「そうですね…。でも一応いつもよりも警戒しておきますね。」

「そうか、心配してくれてありがとな。」

こうしてまたこの生活でしたいことが定まっていく。不自由ながらも二人は充実な毎日を過ごしていた。



「はぁ…。はぁ…。」

月明かりの下、山の麓に荒い息遣いが響く。木には大きな角の生えた人影が映し出されている。

「もっと…。もっと…遠くへ…。」

ふらふらとおぼつかない足取りで山を登っていく。何も履いていない足はすでに血だらけで、かなりの距離を歩いてきたようだ。

突然、胸を押さえて苦しみ出す。木に爪を血が出るほど食い込ませる。

「ああ…。ああ゙…。いやだ…、だめだ…。」

ひとしきり苦しみ終わると、空に向かって雄叫びを上げだす。発狂した人影は山の上、ヒカル達の住む家の方角に向かって駆け出した。


二人は脅威がすぐそこまで迫ってきていることなど思ってもいない。静かに明日を楽しみにしながら寝息を立てていた。

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