元最強勇者の誕生
魔王がいなくなってから始まるTS?ファンタジー開幕
魔法と剣がぶつかり合う音が魔王城に響き渡る。
「ダアアァ!」
二つの影が接近する。片方は巨大な角が生えた見るからに邪悪な姿をしている。角が生えている者、魔王の放った魔法は弾かれ、勇者の剣が魔王の体を切り裂いていく。魔王は苦痛に顔を歪ませよろめく。間髪いれず勇者の剣が魔王を襲う。
今まさに、追い詰められた魔族の王、魔王と人間の代表である青年、勇者が最後の戦いを繰り広げていたのだった。
そんな凄まじい攻防を離れた場所から見守っている者たちがいた。ロザリオを手に持ち祈る者。目の前の光景を信じられずに呆然と立ちすくむ者。
そしてもう一人、剣を構えてはいるものの二人の間に割って入ることができずにいる者がいた。勇者への嫉妬と手を出すことのできない屈辱からか、唇に血を滲ませ、ワナワナと震えている。
彼らは勇者の仲間だが、戦いが始まってから一歩も動くことができずにいた。誰もがはるか上の存在を前にただ勇者を信じることしかできない。
そんな中、剣を持った仲間は勇者の安否など頭にもなく、勇者の力を妬み、これから勇者が得るであろう莫大な権力と名声を欲していた。
魔王が魔法を放てば、それ以上の力でねじ伏せる。魔王が勇者の後ろに回り込もうとすれば、それ以上の速さで魔王に追いつく。実力の差は明白だった。疲労からか魔王が膝をつく。
「ハハッ!勝負あったようだな!」
勝ち誇った声で勇者が叫ぶ。追いかけ続けた獲物をついに捕えることができる狩人の興奮が、勇者を満たしていた。剣を構えとどめを指す準備をする勇者を前にして魔王は抵抗することもできない。
「もはや、ここまでの実力とは!」
魔王が声を漏らす。その瞬間、勇者の剣が体を貫いた。吐血する魔王。
(勝った!)
勇者が勝利を確信した刹那、魔王が勇者に手を伸ばし、未知の言葉を唱えた。瞬く間に勇者を光が包む。
「タダでは死なんぞ!勇者!貴様も道連れだ!」
絞り出した声で叫ぶ。
(この光、力が吸い取られている!?一体何が起き…。)
体の異変に気がつく間もなく意識がかき消される。
倒れる勇者と瀕死の魔王。
その光景に呆然としていた勇者の仲間一人がはっと我に帰る。そして、魔王の後ろに回り込み短刀で首を刎ねた。勇者から光が消えていく。他の仲間もその場に駆け寄る。すぐに勇者を起こそうと手を伸ばす。が、その手が触れる前に勇者の異変に気がつく。
勇者が身につけていた装備に完全に埋もれている。装備の下からは見慣れない白髪がのぞかせている。三人の誰もがこの異様な光景に釘付けになり、目的を達成した感傷に浸っている者はいなかった。
不意に後ろからざわめきが聞こえ始めた。城の外で待機していた兵士たちだ。剣を持つ仲間が魔王の首を掴み、その声に応えるように歩き出す。音を立てて城の扉が開く。そこには高々と魔王の首を兵士たちに見せつける勇者の仲間の一人。わあっと歓声が響き渡る。
この日、200年にも及ぶ人間と魔族の因縁が幕を下ろした…と、この場の誰もが思っていた。
しかし、物語は続く。何も終わってはいない。そのことを嘲笑うかのようにかがげられた魔王の首には不敵な笑みが張り付いていた。
歴史的勝利から7日後 ドリベルト王国
宮殿の一角の小さな個室で勇者ヒカルは目を覚ます。
ヒカルは十八年前にこの異世界に転生した元男子高校生だ。生まれ変わった自分の体は頑丈で様々な才能に溢れていた。幼い頃から力は大人並み。家の屋根をジャンプして飛び越えたこともあった。いわゆる神様がチートな体にしてくれたというやつだ。こんなの異世界無双してしまうに決まっていた。
そのまま十二歳の時にドリベルト王国の貴族直属の兵士に、十五歳の時に人間最強の称号である勇者に選ばれた。そしてたったの三年で魔王を討伐してしまうという偉業を成し遂げたのだ。手を右に上げれば民衆が歓声を上げ、左手を上げれば兵士が一斉に礼をする。圧倒的な力と名声はドリベルト王国の国王、ドルダムの名が霞んでしまうほどだった。
そんな輝かしい肩書きに似つかわしいほど視界に入った自分の手は色白く、かつての自分なら簡単に握りつぶせてしまうほど小さい。起き上がろうとすると腰まで伸びた白髪が体の下敷きになり、引っ張られる。
「いたっ!」
反射的に出た声は甲高く、まるで幼い女児のような…。
眠気が抜けない頭で自分の身に何が起きたのかを思い出しながら、壁に備え付けられた鏡を覗く。信じられない光景に一瞬体がフリーズする。
そこにはかつての筋肉質で黒髪の青年だった自分の姿は見る影もなくなり、色白白髪の少女に変わってしまった自分の体があった。
(そうだ、俺は魔王の魔法によりこの姿に…。)
改めて自分の姿を確認すると、左肩まで服をめくる。そこには五年前につけられた勇者の証が浮かび上がっていた。世界に一つだけの華やかしい証。世界最強を示す勇ましい証。これがつけられていることこそが、自分の体であるということを証明していた。
「おはようございます。お着替えをご用意しました。」
明るい声が聞こえ、振り向くとたくさんの着替えを抱えた従者、メグが笑いかけていた。
「ありがとう。服を探すのも大変だっただろ。」
「いえ、これくらいなんてことありません!昔、私が着ていた服をたくさん引っ張り出してきました。きっと身長に合うものがありますよ。」
どすっと着替えの山をベッドに置く。どれも一目でわかるほど今のヒカルより大きい。結局、三年前の最初に買ってあげたワンピース以外は着ることができなかった。それでも袖から手が出ておらず、肩も半分見えてしまっている。
「うーん…やっぱり新しい服を買わないといけないんじゃないですか?」
「いや、すぐに元の姿に戻ればいいだけだ。」
メグの意見をばっさり切り捨てる。新しい服を買う=しばらくこの姿で生活します、の意思表示になっているようでヒカルはそれを認めたくなかった。
するとメグが「でもこんなに可愛らしいのに…」とヒカルを持ち上げる。
「はぁ?ちょ!今すぐ降ろせ!」
足をジタバタさせ抵抗するも全く効果がない。ふと下を見る。床までが遠い。七日前までの目線の高さと同じぐらいなはずなのにはるか上空にいるかのような感覚に陥り、身体中に恐怖が走る。
「ほ…本当に降ろして…頼むから…。」
ヒカルの怯えきった声にメグははっと気がつき、すぐに床に下ろす。
「もっ申し訳ありません!勇者様!つい昔の勇者様の真似をしてしまって。」
何度も必死に頭を下げる。下げてもヒカルよりも高い位置に頭はあるのだが…。
「はぁ…もういいよ。」
少し残った震えを抑え、メグに声をかける。
メグの行動よりも、今の自分の無力さが一番のショックだった。最強の人間、王国の希望…様々な呼び名でもてはやされ、数えきれない数の魔族を蹂躙した栄光は過去のものであり、今の自分はただのか弱い少女であるという事実を実感するには十分な出来事だった。
すぐに、久しぶりに抱いた不安という感情を頬を叩き、振り払う。ヒカルの心の中には勇者としての絶対的な自信があった。
(そうだ、俺は世界最強の勇者。魔王を討伐したことだし、王国も安定するに決まってる。この体もすぐに治せるに違いない!治った暁には…俺は…。)
両手に美女と盃、ひれ伏す国王、崇めたてる民衆。そんな前世で見た漫画のような妄想を膨らませる。
全て自分の望む結果を得られ、すっかり英雄気分が染み付いていたヒカルは勇者となってから三年のうちに自分にとって都合のいい考えをすることしかできなくなってしまっていた。
だがこの時、本当は心の奥底では気づいていたのかもしれない。
これから待ち受けている悲劇を…。
読んでいただきありがとうございます。
拙い部分も多いですが、この作品と向き合ってまいります。
今後の活動にもご期待ください。