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第9話「敵の反撃」

 翌朝、俺の執務室に緊急通知が届いた。


 ギルド公式の赤い封筒。見覚えのある重厚な紙質と、主席査問官の印章。


 嫌な予感がした。


 「レオン・グレイ及び関係者へ


  活動停止命令


 貴殿らの最近の活動について、ギルド規約第15条『風紀秩序の維持』及び第23条『機密情報の保護』に違反する疑いが生じております。


 つきましては、即日より一切の調査活動及び関連行為を停止し、24時間以内に主席査問官室にて弁明の機会を設けます。


 なお、本命令に従わない場合は、ギルド除籍処分を含む厳正な処分を検討いたします。


       王立魔術師ギルド主席査問官 ヴィクトリア・クローディア」


 手が震えた。


 活動停止命令。そして24時間という短い弁明期限。


 『これは法的に巧妙な攻撃ですね』


 アルフィの声が頭に響く。


 「どういうことだ?」


 『ギルド規約を根拠にした正式な処分手続きです。表面上は完全に合法的で、反論の余地が少ない』


 俺は冷や汗を流した。


 昨日の夜、俺たちは「きっとやれる」と自信満々だった。でも現実は、俺たちが思っているほど甘くなかった。


  *   *   *


 急いでマルクス、リリア、エリーゼに連絡を取った。


 一時間後、全員が俺の執務室に集まっていた。


 しかし、エリーゼの様子が明らかにおかしい。


 いつもの知的で冷静な表情が影を潜め、疲労と心配が顔に刻まれている。


 「エリーゼ、大丈夫か?」


 「実は……私も家族から正式な勘当通知を受けました」


 エリーゼが震える手で一通の書類を取り出す。


 ローゼン家の正式な家紋と法務官の署名が入った、法的効力を持つ勘当状。


 「今朝、執事が持参してきました。父の最後通告です」


 俺は書類を読んで愕然とした。


 『エリーゼ・ローゼンの家族関係解消及び相続権剥奪について


 本日をもって、エリーゼ・ローゼンをローゼン家より除籍し、一切の家族関係を解消する。


 相続権、家名使用権、政治的後援、経済的支援の全てを剥奪する。


 なお、本決定は法的に取り消し不可能である。』


 「これは……」


 マルクスが絶句している。


 「エリーゼ、君は本当に家族を失ったのか?」


 「ええ。300年続いたローゼン家の一員ではなくなりました」


 エリーゼの声は震えているが、決意は揺らいでいない。


 「でも、私は後悔していません。家族よりも正義を選んだのです」


 リリアが心配そうに聞く。


 「経済的には大丈夫? 住む場所は?」


 「貯金で数ヶ月は凌げますが……政治的な影響力は完全に失いました」


 俺は胸が痛んだ。


 エリーゼが失ったものの大きさを、今になって実感する。


 家族、地位、財産、政治的ネットワーク。全てを俺たちのために犠牲にしたのだ。


 「エリーゼ、すまない。俺のせいで……」


 「いえ、これは私の選択です」


 エリーゼが強く首を振る。


 「でも、現実問題として、私たちの戦略は大幅な見直しが必要になります」


 『状況は確かに厳しいですね』


 アルフィが分析する。


 『エリーゼの政治的支援を失い、さらにギルドからの法的圧力。二重の困難です』


 俺は焦りを感じていた。


 昨日まで順調だった計画が、一夜にして崩壊の危機に瀕している。


  *   *   *


 「まず、法的対応を考えよう」


 俺は頭を整理して話し始めた。


 「活動停止命令の根拠は何だ? 俺たちは違法なことはしていない」


 『そこが巧妙なところです』


 アルフィが説明する。


 俺の脳裏に、アルフィから送られてくる法的分析が流れ込む。複雑に絡み合った規約の網、解釈の余地を残した曖昧な条文…


 俺の拳が握りしめられた。


 「つまり、相手は法の抜け穴を利用してきたということか」


 胸の奥に、怒りと悔しさが渦巻いている。俺たちが正義を追求しているのに、彼らは法の技巧で俺たちを追い詰めてくる。


 「でも、俺たちの調査は全て合法的だったはずだ」


 マルクスの声に、困惑と憤りが混じっている。


 「商工会の正式な監査として実施したんだから」


 俺の頭に、痛烈な理解が走った。彼らの狡猾さに、改めて愕然とする。


 「監査は合法でも、その結果を彼らへの攻撃材料として使うつもりだった俺たちの意図…それを『風紀を乱す目的』と解釈されるのか」


 なるほど。


 確かに、俺たちは監査結果をヴィクトリア主席査問官への攻撃材料として使うつもりだった。


 「相手の方が一枚上手だったということか」


 リリアが不安そうに呟く。


 「このままだと、24時間後には全員除籍処分になってしまう」


 俺は何か方法がないか必死に考えた。


 『レオン、一つ提案があります』


 「何だ?」


 『弁明の場で、相手の論理的矛盾を突くのです』


 アルフィの戦略を聞いて、俺は戦術を組み立てる。


 なぜか、最適な反論方法が頭に浮かんだ。


 「ギルドの『風紀秩序』について、逆に質問してみよう」


 「どういうこと?」


 エリーゼが聞く。


 「俺たちが暴いた不正こそが『風紀秩序』を乱している。それを正そうとする行為が、なぜ規約違反になるのか」


 『優秀な論理ですね』


 アルフィの声に感心が混じっている。


 「相手の論理的一貫性を問う作戦か」


 マルクスが理解する。


 「それなら勝機があるかもしれない」


 しかし、俺には別の不安があった。


 これまでの戦略は全てアルフィの分析に基づいている。もしアルフィがいなかったら、俺は何もできないのではないか?


  *   *   *


 夕方、さらに悪いニュースが飛び込んできた。


 「レオン、大変だ」


 マルクスが血相を変えて駆け込んできた。


 「商工会が俺たちとの契約を一方的に解除すると言ってきた」


 「何だって?」


 「『ギルドとの政治的対立に巻き込まれるリスクを避けるため』だそうだ」


 俺は愕然とした。


 商工会は俺たちの重要な後ろ盾だった。その支援を失えば、経済的基盤も失うことになる。


 「つまり、俺たちは完全に孤立したということか」


 リリアが暗い顔をしている。


 「ギルドからは除籍の危機、貴族社会からは見放され、商工会からも見捨てられた」


 エリーゼも落ち込んでいる。


 「私の勘当が、皆さんにまで影響してしまった」


 俺は責任の重さを痛感していた。


 昨日の俺は「俺たちなら、きっとやれる」と自信満々だった。でも現実は、俺たちの想像を遥かに超えて厳しい。


 敵は俺たちが思っているより遥かに賢く、強力だった。


 『レオン、落ち込んでいる場合ではありません』


 アルフィが声をかけてくる。


 「分かってる。でも、どうすればいいんだ?」


 『まず、現状を正確に把握しましょう』


 アルフィが状況を整理する。


 『確かに困難ですが、まだ希望はあります』


 「希望?」


 『あなたたちの調査結果は、客観的に見て価値があります。問題は、それを適切に活用する方法です』


 俺は深く考えた。


 確かに、俺たちが発見したヴィクトリアの不正は事実だ。それを無にするわけにはいかない。


 でも、どうやって?

 

 『マスター、現在の選択肢としては――』

 

 「待ってくれ、アルフィ」

 

 俺はアルフィの分析を遮った。今回は、自分の頭で考えたい。


 その時、ふと思いついた。


 俺の中で、絶望的な状況への怒りが燃え上がった。ギルド上層部の狡猾な手口に、商工会の裏切りに、そして何より、エリーゼが払った犠牲に対する憤りが。


 でも同時に、諦めるわけにはいかないという強い意志もあった。これまでの努力を無駄にすることは、エリーゼへの裏切りでもある。


 そして俺の経験が、最後の希望を教えてくれた。ギルド時代、不正を内部で告発して潰された時、外部の市民団体だけが俺の話に耳を傾けてくれたことがあったのだ。


 「民間の正義団体に情報を提供しよう」


 「正義団体?」


 「王都には『市民の権利を守る会』という団体がある。貴族の不正を監視することを目的とした組織だ」


 『それは優秀なアイデアです』


 アルフィが賛同する。


 『ギルドの外部からの圧力になります』


 エリーゼが考え込む。


 「確かに、その団体の代表者は信頼できる人物です。でも、彼らも政治的リスクを嫌うかもしれません」


 「それでも試してみる価値はある」


 マルクスが立ち上がる。


 「このまま何もしなければ、確実に負ける」


 リリアも頷く。


 「私たちの正義を信じて、最後まで戦いましょう」


 俺は仲間たちの顔を見回した。


 困難な状況にも関わらず、みんなの目には諦めの色はない。


 確かに、俺たちは多くを失った。でも、まだ失っていないものもある。


 仲間との絆。正義への信念。そして、真実を明らかにする意志。


 「分かった。明日の弁明の前に、正義団体への情報提供を実行しよう」


  *   *   *


 深夜、俺は一人で執務室に残っていた。


 明日は俺たちの運命を決める重要な日だ。


 「アルフィ、正直なところ、勝算はどのくらいだ?」


 『客観的に言えば…』


 アルフィの声に、わずかな躊躇があった。


 『30%程度でしょう』


 俺の胸に、冷たいものが走った。30%。十回戦って三回勝てるかどうか。


 俺の手のひらに、じっとりと汗が滲んだ。


 「俺たちは甘かったんだな」


 『確かに、敵の反撃は予想以上でした』


 俺は窓の外を見つめた。


 王都の夜景がいつものように美しく輝いている。


 でも、その光の裏には俺たちが想像もしなかった複雑な力学が働いている。


 「アルフィ、一つ聞きたい」


 『何でしょうか?』


 「もし俺がアルフィの助けなしに判断しなければならなくなったら、俺は正しい選択ができるだろうか?」


 『興味深い質問ですね』


 アルフィの声に、微妙な響きがあった。


 『今日のあなたの判断はいくつか優秀でした。特に、正義団体への情報提供のアイデアは、私の分析を超えた発想でした』


 そうだろうか?


 俺は自分で考えたつもりだが、実際のところアルフィの影響なのかもしれない。


 『レオン、あなたは思っているより強い』


 「本当にそうかな」


 『明日、それが証明されるでしょう』


 アルフィの言葉に、何か特別な意味が込められているような気がした。


 まるで、俺の成長を期待している教師のような。


 俺は深く息を吸った。


 明日は俺たちにとって最大の試練になるだろう。


 でも、もう逃げるわけにはいかない。


 エリーゼは家族を失い、みんなは俺を信じてついてきてくれている。


 俺がしっかりしなければ、全てが無駄になってしまう。


 「絶対に負けるわけにはいかない」


 俺は拳を握りしめた。


 明日の弁明で、必ず道を見つけてみせる。


 たとえ勝算が30%でも、俺たちの正義を証明してみせる。

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