第88話「真の和解」
約束の時刻、執行官室の応接室。レオンは緊張した面持ちで待っていた。
「セレナ・エーデルハイト様が到着されました」
秘書の声に、レオンとエリーゼは立ち上がる。
扉が開き、そこにはかつての最大の敵対者が立っていた。
一年前と比べて、セレナは明らかに変わっていた。鋭利だった目つきには柔らかさが宿り、高慢な雰囲気は影を潜めている。
「お久しぶりです、レオン・グレイ執行官」
セレナが静かに頭を下げる。その仕草に、レオンは驚きを隠せなかった。
「こちらこそ」
レオンも礼を返す。
「座ってください」
緊張感が漂う中、三人は席についた。アルフィも静かに見守っている。
「まず」
セレナが口を開く。
「過去の私の行いについて、謝罪させてください」
レオンとエリーゼは顔を見合わせた。予想していなかった展開だ。
「私は、自分の信じる世界を守るために、多くの人を傷つけました」
セレナの声には、深い後悔が滲んでいる。
「特に、あなた方には……」
「セレナ」
エリーゼが優しく遮る。
「過去を責めるために集まったわけではありません」
「そうです」
レオンも頷く。
「重要なのは、これからです」
セレナは顔を上げた。その瞳には、涙が浮かんでいる。
「ありがとう……」
彼女は深呼吸をして、続けた。
「実は、この一年間、私なりに考えてきました」
「どんなことを?」
「なぜ、私たちは対立しなければならなかったのか」
セレナの表情が真剣になる。
「そして、気づいたんです。私たちは、同じものを求めていたのだと」
『興味深い洞察です』
アルフィが初めて口を開く。
『詳しく聞かせていただけますか』
「私は、秩序と安定を求めていました」
セレナは説明する。
「伝統的な価値観の中に、それがあると信じていた」
「一方で、私たちは」
レオンが言葉を引き継ぐ。
「公正と可能性を求めていた」
「でも」
セレナは微笑む。
「本当の秩序は、公正の上にしか築けない。そして、真の安定は、すべての人の可能性が開かれて初めて実現する」
沈黙が流れる。それは、もはや緊張したものではなく、理解と共感に満ちたものだった。
「ヴァルター侯爵も、同じ考えです」
セレナが続ける。
「実は、彼も今日来る予定でした。でも……」
「まだ、心の準備ができていない?」
エリーゼが察する。
「はい」
セレナは苦笑する。
「彼は誇り高い人ですから。でも、必ず理解してくれると信じています」
そのとき、扉がノックされた。
「失礼します」
入ってきたのは、まさにその人物だった。
「ヴァルター侯爵……」
レオンが立ち上がる。
年老いた貴族は、杖をついていた。しかし、その目には確かな意志が宿っている。
「遅れて申し訳ない」
ヴァルター侯爵が低い声で言う。
「やはり、来ずにはいられなかった」
四人は改めて席に着いた。
「レオン・グレイ」
ヴァルター侯爵が口を開く。
「私は、長い間、間違っていた」
その告白に、全員が息を呑む。
「私は、過去の栄光にしがみつき、変化を恐れていた」
侯爵の声が震える。
「その結果、多くの若者の可能性を奪ってしまった」
「侯爵……」
「だが」
ヴァルター侯爵は顔を上げる。
「今からでも遅くはないはずだ」
彼は懐から一通の書類を取り出した。
「これは?」
「私の領地での改革実施計画です」
侯爵が説明する。
「保守派の拠点だった私の領地を、改革のモデル地域にしたい」
レオンは書類を受け取り、目を通す。そこには、詳細な改革案が記されていた。
「素晴らしい計画です」
レオンは感嘆する。
「これなら、地方での改革も加速するでしょう」
『データ分析の結果』
アルフィが補足する。
『この計画が実現すれば、地域格差は大幅に改善されます』
「それだけではありません」
セレナが続ける。
「私たちは、国際改革にも協力したいのです」
「国際改革に?」
エリーゼが驚く。
「はい」
セレナは頷く。
「私たちには、各国の保守派との繋がりがあります。それを、改革への理解を得るために使いたい」
確かに、それは強力な武器になるだろう。改革を阻む最大の障壁は、往々にして保守派の抵抗だ。
「内側から説得できれば」
レオンが理解する。
「改革はよりスムーズに進む」
「その通りです」
ヴァルター侯爵が頷く。
「私たちだからこそ、できることがある」
四人は顔を見合わせた。かつての敵対者が、今や最も信頼できる協力者になろうとしている。
「一つ、提案があります」
レオンが口を開く。
「国際改革チームに、正式に参加していただけませんか」
セレナとヴァルター侯爵は、驚きの表情を見せた。
「本当に、よろしいのですか?」
「もちろんです」
エリーゼも賛同する。
「多様な視点があってこそ、真の改革が実現できます」
『私も賛成です』
アルフィが加わる。
『対立を乗り越えた関係こそ、最も強固な協力関係になります』
セレナの目に、再び涙が浮かんだ。今度は、喜びの涙だ。
「ありがとうございます」
彼女は深々と頭を下げる。
「必ず、期待に応えます」
「共に」
ヴァルター侯爵も頭を下げる。
「新しい世界を作りましょう」
レオンは立ち上がり、手を差し出した。
「一緒に世界を変えよう」
セレナとヴァルター侯爵も立ち上がり、その手を握った。エリーゼも手を重ねる。
四つの手が、固く結ばれた瞬間だった。
かつて激しく対立した者たちが、今、同じ目標に向かって歩み始める。
それは、真の和解の瞬間であり、新たな希望の始まりでもあった。
『これが』
アルフィの声が響く。
『人間の素晴らしさです。対立を乗り越え、共に成長できる』
窓から差し込む夕日が、四人を優しく照らしていた。




