第87話「成功と課題」
改革から一年。執行官室の大会議室には、関係者たちが勢揃いしていた。
「では、総括会議を始めます」
レオンが立ち上がる。国際改革特使の任命から一ヶ月。国内改革の最終評価を行う時が来た。
『データの準備が完了しています』
アルフィの声と共に、スクリーンに膨大な統計が映し出される。
改革一年後の成果:
・男性魔術師の就業率:48%→71%
・混合チームの生産性:従来比158%
・国民満足度:改革前42%→改革後78%
・魔術技術の革新件数:前年比312%増
「素晴らしい成果です」
エリーゼが感嘆の声を上げる。国際協力担当大臣となった今も、彼女の情熱は変わらない。
「特に技術革新の増加が目覚ましい」
司書長が指摘する。
「男女の知識が融合したことで、今まで考えもしなかった発想が生まれています」
会議室に満足感が広がる。しかし、レオンの表情は複雑だった。
「確かに、数字は良好だ」
彼はゆっくりと言葉を選ぶ。
「しかし、まだ課題も多い」
スクリーンが切り替わり、別のデータが表示される。
残された課題:
・旧体制支持者の地下活動継続
・世代間の意識格差(50代以上の抵抗率68%)
・地域格差(都市部と地方の改革浸透度差35%)
・社会的分断の固定化
「特に、社会的分断が深刻です」
レオンは続ける。
「改革派と保守派。勝者と敗者。新しい対立構造が生まれている」
『データ分析によれば』
アルフィが補足する。
『表面的な制度改革は成功しましたが、心理的な統合はまだ不完全です』
重い沈黙が流れる。制度は変えられても、人の心を変えるのは難しい。
「それに」
エリーゼが口を開く。
「過去の敵対者たちとの関係も、未解決のままよ」
特使は重々しく頷いた。セレナ・エーデルハイト、ヴァルター侯爵――かつて激しく対立した人物たちとの溝は、いまだに深いままだ。
「国際改革を進める前に」
レオンは決意を込めて言う。
「国内の真の統合を実現する必要がある」
そのとき、扉がノックされた。
「失礼します」
入ってきたのは、情報部の職員だった。
「セレナ・エーデルハイト様から、面会の申し入れがありました」
会議室がざわめく。
「セレナが……?」
エリーゼが驚きの声を上げる。
「何と言っている?」
「『過去を清算し、未来を語りたい』とのことです」
レオンとエリーゼは顔を見合わせた。女王が言っていた「意外な協力申し出」とは、このことか。
「分かった。明日、会おう」
レオンが答える。
会議が終わり、人々が退出した後、レオンとエリーゼ、アルフィだけが残った。
「一年前を思い出すわ」
エリーゼが窓の外を見ながら言う。
「あの頃は、ここまで来られるなんて思ってもいなかった」
「でも、まだ道半ばだ」
レオンは改革の成果データを見つめる。
「数字の向こうに、まだ苦しんでいる人たちがいる」
『レオン』
アルフィが優しく語りかける。
『完璧な社会など存在しません。重要なのは、改善し続ける意志です』
「そうだな」
レオンは微笑む。
「だからこそ、和解が必要なんだ」
エリーゼが振り返る。
「セレナとの和解、本当にできると思う?」
「分からない」
レオンは正直に答える。
「でも、試す価値はある」
翌日に向けて、レオンは過去の記録を読み返し始めた。セレナとの対立の歴史。彼女の言動、行動パターン。
「彼女も、きっと苦しんでいたはずだ」
レオンは呟く。
「自分の信じる世界が崩れていくのを見るのは」
『共感することが、和解の第一歩です』
アルフィが言う。
『相手の立場を理解することから、真の対話が始まります』
夕暮れ時、レオンは執行官室のバルコニーに立っていた。
一年前、この場所から見た景色とは、確かに変わっている。男性魔術師が堂々と歩き、混合チームが活発に議論している。
しかし同時に、まだ癒えない傷跡も見える。
「真の改革とは何か」
レオンは自問する。
「制度を変えることか。それとも、人の心を変えることか」
答えは、おそらく両方だ。そして後者の方が、はるかに困難。
「でも、やるしかない」
レオンは決意を新たにする。
「世界を変える前に、まず自分たちの社会を本当の意味で変えなければ」
明日のセレナとの面会。それは、新たな挑戦の始まりかもしれない。
過去の敵対者との和解。
社会の真の統合。
そして、世界への展開。
課題は山積みだ。しかし、レオンの目に迷いはない。
「彼らの協力なしに、世界は変えられない」
星が瞬き始めた空を見上げながら、レオンは明日への準備を始めた。




