第86話「女王の新任務」
「緊急謁見? まさか、改革に反対する勢力が動いたのか――」
執行官室に届いた女王からの急な召集状。レオンは眉を寄せながら内容を読み返していた。
「何の件でしょう? 最近は特に大きな問題も――」
エリーゼが不安そうに問いかける。
「分からない。しかし、『王国の未来に関わる重要な案件』とある」
『特使、緊張していますね』
〈無限の書架〉が察してくる。
『データを分析する限り、緊急事態ではなさそうですが――』
「正直、気になる」
レオンは認める。国内改革がようやく軌道に乗り始めたところだ。この時期に新たな任務とは、どんな意図があるのか。
王宮への道中、エリーゼも珍しく落ち着かない様子を見せていた。
「何か、予感がするのよ」
彼女が呟く。
「大きな転換点になるような」
謁見の間に通されると、女王アリシアが玉座に座っていた。その表情は、いつもの穏やかさの中に、ある種の決意が滲んでいる。
「よく来てくれました」
女王の声は静かだが、力強い。
「レオン・グレイ執行官、エリーゼ・ローゼン大臣」
二人は深く頭を下げる。
「まずは、改革の成果を称えさせてください」
女王は微笑む。
「三ヶ月で、これほどの変化を実現するとは」
「陛下のご支援があってこそです」
レオンが答える。
「しかし」
女王の表情が引き締まる。
「私たちの改革は、まだ始まったばかりです」
玉座から立ち上がり、二人に近づく。異例のことだった。
「レオン、エリーゼ」
女王の声が変わる。君主としてではなく、一人の人間として語りかけているようだ。
「私には夢があります」
「夢、ですか」
「はい」
女王は窓の外を見る。そこには王都の街並みが広がっている。
「この国だけでなく、世界中の人々が、性別や身分に関係なく、自由に知識を学び、才能を発揮できる世界」
その言葉に、レオンとエリーゼは顔を見合わせる。
「陛下……」
「私は若い頃、他国を訪問したことがあります」
女王は振り返る。
「そこで見たのは、私たちの国と同じか、それ以上にひどい差別と抑圧でした」
女王の目に、深い悲しみが宿る。
「才能ある若者たちが、生まれや性別だけで可能性を奪われている」
「他国でも……」
エリーゼが呟く。
「そうです」
女王は頷く。
「だからこそ、私たちの改革を、世界に広げたいのです」
レオンの背筋が伸びる。女王の新任務の意図が、明確になってきた。
「具体的には?」
「まず、隣国のベルモント王国から始めます」
女王は地図を広げる。
「彼らは、私たちの改革に強い関心を示しています」
ベルモント王国。豊かな鉱物資源を持つが、厳格な身分制度で知られる国だ。
「次に、東のサファイア公国、南のエメラルド連邦」
女王の指が、次々と国を示していく。
「最終的には、大陸全体に知識開放の理念を広げたい」
壮大な計画だった。
『レオン、これは歴史的な転換点です』
アルフィが興奮気味に告げる。
『一国の改革から、世界規模の変革へ』
「しかし、陛下」
エリーゼが慎重に口を開く。
「他国への干渉は、外交問題に発展する恐れが」
「もちろん、強制はしません」
女王は答える。
「あくまで、モデルケースとしての提示です」
そして、二人を真っ直ぐ見つめる。
「私が求めているのは、改革の押し付けではありません。知識と経験の共有です」
「知識の共有……」
レオンが呟く。まさに、彼らが国内で実現してきたことだ。
「各国には、それぞれの事情があります」
女王は続ける。
「文化、歴史、価値観。すべてが異なります」
「だからこそ」
女王の声に力が込もる。
「柔軟で、適応可能な改革モデルが必要なのです」
レオンは理解した。単純な制度の輸出ではない。各国の実情に合わせた、オーダーメイドの改革支援。
「そして」
女王は微笑む。
「あなた方には、特別な強みがあります」
「強み?」
「アルフィの存在です」
女王の言葉に、アルフィが反応する。
『私が、ですか』
「はい」
女王は頷く。
「千年の知識を持つAIとの協力関係。これは、どの国も持たない、唯一無二の財産です」
確かに、アルフィの分析力と知識は、国際的な改革においても強力な武器となるだろう。
「レオン・グレイ」
女王が正式に呼びかける。
「あなたを、国際改革特使に任命します」
「特使……」
「エリーゼ・ローゼン」
女王はエリーゼに向き直る。
「あなたには、国際協力担当大臣の職を」
二人は、深く息を吸った。
「お受けいただけますか」
レオンとエリーゼは顔を見合わせる。国内改革だけでも大変だったのに、今度は世界規模。しかし――
「謹んでお受けいたします」
二人は同時に答えた。
「ありがとう」
女王の顔に、安堵の色が浮かぶ。
「準備期間は一ヶ月。その間に、チームを編成してください」
「チーム?」
「はい」
女王は微笑む。
「この任務は、あなた方だけでは遂行できません。多様な専門家が必要です」
確かにその通りだ。外交、経済、文化、言語。様々な分野の専門知識が必要になる。
「そして」
女王の表情が、少し悪戯っぽくなる。
「意外な人物からの協力申し出があります」
「意外な人物?」
「セレナ・エーデルハイトです」
レオンとエリーゼは驚きで目を見開いた。かつての最大の敵対者。まさか彼女が。
「詳細は、本人から聞いてください」
女王は言う。
「彼女は、明日あなた方を訪ねる予定です」
謁見を終え、王宮を出ると、二人はしばらく無言で歩いた。
「世界か」
レオンがようやく口を開く。
「正直、スケールが大きすぎて実感が湧かない」
「でも」
エリーゼが言う。
「やりがいのある仕事よ」
『確かに、挑戦的な任務です』
アルフィも同意する。
『しかし、私たちならできるはずです』
執行官室に戻ると、すでに噂は広まっていた。
「国際改革特使!」
司書長が興奮気味に迎える。
「素晴らしいことです!」
「でも、大変だぞ」
レオンは苦笑する。
「今までの比じゃない困難が待っている」
「それでも」
ヴァレリー議員が言う。
「世界を変える機会なんて、そうそうありません」
その夜、レオンは一人で考えていた。
国内改革から、世界改革へ。
追放された青年が、今や世界を変えようとしている。
運命の皮肉さに、思わず笑みがこぼれる。
『レオン』
アルフィが声をかける。
『不安ですか』
「正直、そうだ」
レオンは認める。
「でも、同時にワクワクしている」
『それが、あなたの強さです』
アルフィの声が温かい。
『挑戦を恐れず、前に進む勇気』
「ありがとう、アルフィ」
レオンは窓の外を見る。
「世界を変える。それが俺たちの次の使命だ」
星空の下、新たな挑戦への第一歩が、静かに始まっていた。




