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第85話「新たな始まり」

 「本当に、これで良かったのか?」


 知識開放法の施行から三ヶ月。

 

 執行官室で、レオンは膨大な報告書の山を前に、ため息をついた。

 改革の成果と課題が、数字となって積み上がっている。


 『レオン、総括データの分析が完了しました』


 アルフィが告げる。その声には、達成感と新たな課題への認識が混在していた。


 『改革の実現率は、当初目標の87%に達しています』


 「87%か……」


 レオンは椅子にもたれかかった。高い数字だ。しかし、残りの13%が気になる。


 「エリーゼ、どう思う?」


 隣で同じく報告書を読んでいた制度改革担当大臣が顔を上げる。


 「上出来よ。三ヶ月でここまで来られたのは奇跡的」


 彼女の表情には、疲労の色が濃い。

 

 家族と決別してまで改革に身を捧げた彼女。

 その犠牲は、計り知れない。


 「でも、まだ終わってない」


 エリーゼは窓の外を見る。


 「むしろ、これからが本番かもしれないわね」


 扉がノックされ、数人が入ってきた。改革の中核メンバーたちだ。


 「総括会議の時間ですね」


 司書長が資料を抱えて着席する。

 

 その隣には、かつての保守派で今は協力者となったヴァレリー議員の姿も。


 「まず、成果から確認しましょう」


 レオンが会議を始める。


 スクリーンに、三ヶ月間の変化が映し出された。


 ・男性魔術師の就業率:15%→48%

 ・混合チームの生産性:従来比132%

 ・地方での改革支持率:72%

 ・新評価制度の定着率:89%


 「素晴らしい成果です」


 司書長が感嘆の声を上げる。


 「特に地方での支持率の高さは予想外でした」


 『地方では、より実力主義への渇望が強かったのでしょう』


 アルフィが分析を加える。


 『都市部より、才能の埋没が深刻だったということです』


 しかし、課題も山積している。


 ・旧体制支持者の組織的抵抗

 ・失業者への支援体制の不足

 ・意識改革の世代間格差

 ・新たな差別の萌芽


 「新たな差別?」


 ヴァレリー議員が眉をひそめる。


 「はい」


 エリーゼが説明する。


 「今度は『改革派』と『保守派』という新しい対立が」


 皮肉なものよね。

 

 差別をなくすための改革が、新たな分断を生んでいるなんて。


 「それに」


 別の報告者が続ける。


 「実力主義の行き過ぎで、能力の低い人への配慮が失われつつあります」


 レオンは頭を抱えた。

 

 完璧な社会など、存在しないのかもしれない。


 「でも、諦めるわけにはいかない」


 彼は顔を上げる。


 「改革は、常に進化し続けなければならない」


 『その通りです、レオン』


 アルフィが同意する。


 『社会は生き物です。固定化した瞬間から、腐敗が始まります』


 会議が終わり、メンバーが退出した後、レオンとエリーゼ、そしてアルフィだけが残った。


 「ねえ、レオン」


 エリーゼが静かに問いかける。


 「これだけの犠牲を払って、本当に価値があったと思う?」


 重い問いだった。


 「失われたものを考えてみて」


 エリーゼが指を折っていく。


 「多くの人々の既得権益、伝統的な社会秩序、私の家族関係……」


 「そして、改革で職を失った人々の生活よ」


 「でも、得られたものもある」


 レオンが反論する。


 「才能の解放、公正な評価システム、子供たちの希望……」


 「分からない」


 レオンは正直に答えた。


 「でも、やらなければならなかった」


 「そうね」


 エリーゼも頷く。


 「後悔はしていない。ただ……」


 彼女の目に、一瞬寂しさが浮かぶ。

 

 家族を失った痛みは、まだ癒えていない。


 『お二人とも』


 アルフィが優しく語りかける。


 『あなた方が成し遂げたことの真の価値は、もっと先の未来で証明されるでしょう』


 その時、窓の外から子供たちの声が聞こえてきた。


 「見て! 僕の魔術、上手くなった!」


 「私も負けないよ!」


 性別に関係なく、一緒に練習する子供たち。彼らにとって、男女平等は当たり前のことになりつつある。


 「あの子たちが」


 レオンは微笑む。


 「答えかもしれないな」


 夕暮れ時、レオンは一人で街を歩いていた。


 「三ヶ月前とは、確かに風景が変わったな」


 男性魔術師が堂々と仕事をし、混合チームが活発に活動している。


 「でも……」


 路地裏には、職を失った人々の姿も。


 「まだまだ、やることはある」


 レオンは呟く。


 『レオン』


 アルフィが話しかける。


 『新しい課題が見えてきましたね』


 「ああ」


 レオンは頷く。


 「改革の第二段階が必要だ」


 セーフティネットの構築、新たな分断の解消、過度な競争の抑制。

 

 課題は山積み。


 「でも、今度は一人じゃない」


 レオンは執行官室を振り返る。

 

 エリーゼ、アルフィ、そして多くの協力者たち。


 「みんなで、新しい時代を作っていこう」


 『はい、レオン』


 アルフィの声が温かい。


 『これは終わりではなく、新たな始まりです』


 執行官室に戻ると、机の上に一通の手紙が置かれていた。


 「差出人は……女王アリシア?」


 「親愛なる執行官へ。新たな任務について、相談があります」


 レオンとエリーゼは顔を見合わせる。


 「新たな任務?」


 「何だろう」


 「詳細は書かれてないわね」


 ただ、「王国の未来に関わる重要な案件」とだけ。


 「明日、謁見か」


 レオンは手紙を置く。


 「どんな任務だろうと、受けて立つさ」


 窓の外では、星が輝き始めていた。


 「新しい時代は、確かに始まった」


 レオンが呟く。


 「でも、それは同時に、新しい挑戦の始まりでもある」


 「そうね」


 エリーゼが陷く。


 「社会を変えるために払った犠牲……価値があったかは分からない」


 「でも、立ち止まることはできない」


 二人の声が重なる。


 新たな始まりが、今、ここにある。

 

 そして明日、女王からの新たな任務が、さらなる変革への扉を開くのだろう。

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