第81話「真実の重み」
「失礼します!」
扉を開けて入ってきたのは、王立図書館の司書長だった。彼の後ろには、数名の学者たちが控えている。
「何事だ」
議長が眉をひそめた。議会の最中に、部外者が乱入してくるとは。
「緊急にお伝えすべきことがあります」
司書長は息を切らせながら言う。
「レオン・グレイ議員が提示した文献について、我々も独自に調査を行いました」
ヴァルター侯爵が立ち上がる。
「議会の審議中だ。退出したまえ」
「お待ちください」
レオンが制止する。
「真実を明らかにすることこそ、この議会の目的ではありませんか」
議長は少し考えてから、槌を打つ。
「発言を許可します。ただし、簡潔に」
司書長は深く頭を下げる。
「三百年前の文献は本物でした。さらに、関連資料も発見されました」
分厚い書物を掲げる。
「『魔導改革実施要綱』。当時の枢密院が作成した、極秘文書です」
議場にざわめきが広がる。枢密院の極秘文書など、どうやって見つけたのか。
「その文書によれば」
司書長の後ろから、白髪の歴史学者が前に出る。
「女尊男卑制度は、計画的に作られたものでした」
「何を言っている」
保守派の議員が声を荒げる。
「女性の魔術的優位性は、自然の摂理だ」
「いいえ」
歴史学者は首を横に振る。
「それこそが、三百年前に作られた神話なのです」
改革派の若き議員が立ち上がる。
『レオン、絶好の機会です』
アルフィが告げる。
『彼らの証言と我々の分析を組み合わせれば、完璧な論証になります』
「議員の皆様」
レオンは議場全体を見回す。
「今から、歴史の真実をお話しします」
深呼吸。
「三百年前、確かに男性魔術師による事故がありました」
手元の資料を開く。
「しかし、それは個人の問題であり、性別の問題ではなかった」
「証拠は?」
ヴァルター侯爵の詰問。
「この文書に記されています」
歴史学者が該当ページを示す。
「事故を起こした魔術師は、過労による魔力暴走でした。同時期、女性魔術師も同様の事故を起こしています」
議場に衝撃が走る。
「しかし」
若き議員が続ける。
「当時の権力者たちは、この事故を利用しました」
『データ分析を開始します』
アルフィが高速で情報を処理していく。
『当時の政治状況、経済構造、すべてが見えてきました』
「彼らの目的は単純でした」
エリーゼが立ち上がる。
「権力の固定化と、富の独占です」
議員たちを見回す。
「女性だけが魔術を使えるようにすれば、上流階級の女性たちは永続的に権力を維持できる」
「さらに」
経済学者が前に出る。
「男性の賃金を制度的に抑えることで、労働力を安く使える」
統計資料を掲げる。
「現在でも、同じ仕事をしていても、男性の給与は女性の七割から八割です」
「それは能力の差だ」
保守派の女性議員が反論する。
「本当にそうでしょうか」
レオンは彼女の目を真っ直ぐ見つめる。
「では、なぜ危険な任務ほど男性に割り当てられるのですか」
沈黙が議場を包む。
「能力が劣るなら、なぜ最も困難な仕事を任せるのですか」
『レオン、核心を突いています』
アルフィの評価。
『論理的矛盾が明確になりました』
司書長が再び口を開く。
「さらに重要な発見があります」
別の文書を取り出す。
「制度設計に関わった人物のリストです」
その名前が読み上げられると、議場は騒然となる。
「ヴァルター家、リンドバーグ家、シュタイン家……」
現在の保守派議員の祖先たちの名前が、次々と挙がっていく。
「つまり」
レオンは声を大きくする。
「現在、この制度を守ろうとしている人々は、三百年前にこの差別を作った人々の子孫なのです」
ヴァルター侯爵の顔が真っ赤に染まる。
「侮辱だ! 我が家の名誉を」
「名誉?」
エリーゼが冷たく言い放つ。
「差別と搾取の上に築かれた名誉に、何の価値があるのですか」
若い議員たちの間で、ささやきが広がる。彼らの多くは、この事実を知らなかったのだ。
「でも」
中立派の議員が発言する。
「仮にそれが事実だとしても、現在の制度を急に変えることは」
「危険だと?」
改革派の若者が問いかける。
「では、いつまで不正を続けるのですか」
議場全体に訴えかける。
「百年後? 二百年後? それとも永遠に?」
『レオン、感情に訴えるだけでなく、建設的な提案も必要です』
アルフィの助言。
「もちろん」
レオンは頷く。
「急激な変化は混乱を招きます。だからこそ、段階的な改革を提案しているのです」
エリーゼが補足する。
「まず評価基準の公正化から始め、徐々に機会の平等を実現していく」
「それでも」
保守派の議員が食い下がる。
「女性の優位性は事実として」
「事実?」
歴史学者が割って入る。
「では、この資料をご覧ください」
古い実験記録を示す。
「三百年前、男女の魔術能力を比較した実験結果です」
そこには驚くべき事実が記されている。
「性別による有意な差は認められない」
議場が静まり返る。
「むしろ」
歴史学者は続ける。
「個人差の方が、性差よりもはるかに大きいという結論でした」
深く息を吸う。
『今だ、レオン』
アルフィが促す。
『最後の一押しを』
「議員の皆様」
声を震わせながら言う。
「三百年間、我々は嘘の上に生きてきました」
目に涙が浮かぶ。
「どれだけの才能が、性別を理由に埋もれてきたでしょうか」
「どれだけの可能性が、差別によって潰されてきたでしょうか」
傍聴席から、すすり泣きの声が聞こえてくる。
「もう、終わりにしましょう」
拳を握りしめる。
「真実と向き合い、新しい時代を作りましょう」
エリーゼが立ち上がる。
「私は、ローゼン家の人間として恥じています」
彼女の声も震えている。
「我が家も、この不正に加担してきました」
「だからこそ」
レオンの隣に立つ。
「今、それを正す責任があります」
若い保守派議員の一人が立ち上がる。
「私も……私も考えを改めます」
次々と、議員たちが立ち上がり始める。
「真実を知った以上、目を背けることはできません」
「正義のために、一票を投じます」
ヴァルター侯爵は歯ぎしりをする。形勢は完全に逆転している。
しかし、彼にはまだ切り札があった。




