第80話「議会の攻防」
「本日の臨時議会を開始いたします」
議長の槌音が響き渡る。王都議会の大ホールには、百二十名を超える議員たちが着席していた。傍聴席には、昨夜から詰めかけた市民たちで溢れている。
レオンは議員席の端に座り、深呼吸をした。隣にはエリーゼが控えている。
『レオン、緊張は理解できますが、冷静さを保ってください』
アルフィの声が脳内に響く。
『分析によれば、保守派は六十八名、改革派は四十七名、中立派は五名です』
数の上では不利。しかし、彼には論理と正義がある。
「まず最初に」
議長が再び口を開く。
「緊急動議として提出された『レオン・グレイ個人弾劾案』から審議を行います」
ざわめきが議場を包む。改革法案の前に、自分自身の弾劾から始まるとは。
保守派の筆頭、ヴァルター侯爵が立ち上がった。
「議長、発言の許可を」
「許可します」
ヴァルター侯爵は、レオンを睨みつけながら演説を始める。
「諸君、我々の前に座る男を見たまえ」
侯爵の指が改革派の若き議員を指す。
「この男は、我が王国の秩序を根底から覆そうとしている」
「証拠を提示してください」
エリーゼが冷静に反論する。
「証拠? この男の行動すべてが証拠だ」
ヴァルター侯爵は手元の書類を掲げる。
「知識開放などという危険思想を流布し、社会不安を煽動したのだ」
「それは合法的な政治活動です」
ついに本人が立ち上がる。
「知識を共有し、公正な評価を求めることの、どこに違法性があるのですか?」
「黙れ!」
保守派の議員が叫んだ。
「お前のような男卑が発言すること自体が秩序の破壊だ」
『レオン、感情的になってはいけません』
アルフィが警告する。
『相手の挑発に乗れば、弾劾の口実を与えます』
拳を握りしめ、怒りを抑える。
「議長」
改革派のエレノアが発言を求める。
「弾劾には明確な法的根拠が必要です。感情論では議会の品位が保てません」
「その通りです」
中立派の一人が賛同の声を上げる。
「具体的な違法行為の証明なしに、弾劾など認められません」
ヴァルター侯爵の顔が歪んだ。
「では、この男が扇動した暴動はどうだ」
「暴動など起きていません」
エリーゼが即座に反論。
「市民の平和的な集会を暴動と呼ぶのは、事実の歪曲です」
「さらに」
改革派の若き議員が続ける。
「私は一度も暴力を推奨したことはありません。すべて話し合いと法的手続きで進めています」
議場にざわめきが広がる。保守派の論理が崩れ始めている。
『レオン、今がチャンスです』
アルフィが分析結果を伝える。
『中立派の表情から、彼らが揺れ動いているのが分かります』
「議員の皆様」
レオンは議場全体に向かって語りかける。
「私への弾劾が、単なる政治的排除であることは明白です」
一呼吸置く。
「なぜなら、私の主張する『男女平等職能評価』が正しいからこそ、論理ではなく力で排除しようとしているのです」
「生意気な!」
保守派から怒号が飛ぶ。しかし、改革派の若者は動じない。
「では、お聞きします」
保守派席に鋭い視線を向ける。
「なぜ女性だけが魔術を使えるのでしょうか?」
突然の質問に、議場が静まり返る。
「それは……女性の方が優れているからだ」
ヴァルター侯爵の答え。
「本当にそうでしょうか?」
若き議員の口元に微かな笑みが浮かぶ。
『レオン、F009の伏線回収の準備が整いました』
アルフィが告げた。
『女尊男卑システムの成立過程を暴露する絶好の機会です』
「実は、私は古い文献を調査しました」
懐から一冊の本を取り出す。
「王立図書館の地下書庫で見つけた、三百年前の記録です」
保守派の顔色が変わる。
「それによると」
ページを開く。
「かつて、男女は平等に魔術を使えたとあります」
「馬鹿な!」
誰かの叫び声。
「しかし、ある時期を境に、意図的に男性の魔術教育が制限されました」
淡々と事実を述べていく。
「理由は簡単です。当時の権力者たちが、支配構造を固定化するためです」
『データ分析完了』
アルフィが補足情報を提供する。
『この制度により、上流階級の女性たちは既得権益を独占できました』
「つまり」
エリーゼが立ち上がる。
「現在の女尊男卑は、自然な優劣ではなく、人為的に作られた差別なのです」
議場が騒然となる。特に若い議員たちの間で、動揺が広がっている。
「証拠もない妄言だ!」
ヴァルター侯爵の怒声。
「証拠ならあります」
冷静な声で答える。
「この文献には、制度設計に関わった人物の名前まで記されています」
一枚の羊皮紙を掲げる。
「興味深いことに、その子孫の多くが、現在も特権階級として君臨しています」
保守派席から怒号が上がる。しかし、中立派と一部の保守派議員は、考え込むような表情を見せている。
「議長!」
エレノアが発言を求める。
「弾劾案の審議は十分でしょう。採決を求めます」
「異議あり!」
ヴァルター侯爵の叫び。
「まだ議論は尽くされていない」
「何を議論するのですか?」
エリーゼが問いかける。
「レオンの違法行為は一つも証明されていません」
議長が槌を打つ。
「では、採決を行います。レオン・グレイ弾劾案に賛成の方は挙手を」
保守派の議員たちが一斉に手を挙げる。しかし、その数は予想より少ない。
「賛成五十一名」
議長の声。
「反対の方は」
改革派全員と、中立派、そして保守派の一部が手を挙げる。
「反対六十九名。よって、弾劾案は否決されました」
歓声が傍聴席から湧き起こる。安堵の息が漏れる。
『第一関門突破です』
アルフィの評価。
『しかし、本番はこれからです』
「続いて」
議長が再び口を開く。
「『男女平等職能評価法案』の審議に入ります」
レオンとエリーゼは顔を見合わせる。いよいよ、本当の戦いが始まる。
「提案者として、レオン・グレイ議員、説明をお願いします」
立ち上がり、議壇に向かう。傍聴席から励ましの拍手が起こる。
深呼吸をして、話し始める。
「議員の皆様、そして市民の皆様」
声が議場全体に響き渡る。
「今日、我々は歴史的な選択の前に立っています」
すべての視線が集まる。
「差別を続けるか、平等を選ぶか」
一呼吸。
「過去の慣習に縛られるか、未来への一歩を踏み出すか」
議場は静まり返る。誰もが、次の言葉を待っている。
「私は信じています。この王国には、正義を選ぶ勇気があると」
その瞬間、議場の扉が勢いよく開かれた。




