第77話「民衆の声」
「レオン・グレイ様をお救いください!」
夜明け前の静寂を破って響いた声に、レオンは目を覚ました。改革派の隠れ家となった古い建物の一階で、誰かが扉を叩いている。
「今度は何事だ……」
アーサーが身を起こし、警戒しながら窓から外を覗いた。
「おかしい……群衆がいるが、昨日までの抗議とは雰囲気が違う」
レオンも窓に近づいた。外には確かに大勢の人がいるが、怒号ではなく、祈りの声が聞こえてくる。
「レオン様に神のご加護を!」
「改革をお願いします!」
「女尊男卑はもうたくさんです!」
レオンの心臓が激しく鼓動した。これは……支持の声だ。
「トーマス君が言っていた通りですね」
エリーゼが呟いた。
「本当に改革を支持する人々がいたのです」
扉の向こうから、切実な声が響いてきた。
「レオン・グレイ様、お聞きください! 私たちは商人組合の代表です!」
レオンはエリーゼと顔を見合わせた。そして、覚悟を決めて扉に近づいた。
「どなたですか?」
「私は織物商のヘンリー・ウィルソンと申します。同志とともに参りました」
レオンは慎重に扉を開けた。そこには中年の男性が立っており、その後ろには様々な身なりの人々が控えている。
「レオン・グレイ様……」
ウィルソンは深々と頭を下げた。
「我々は、あなたの改革を支持する者たちです」
「支持……ですか?」
レオンは困惑していた。ここ数日、外は抗議デモで包囲されていたはずだ。
「はい」
ウィルソンが顔を上げた。
「表立って声を出すことはできませんでしたが、多くの市民があなたの改革を望んでいます」
その時、群衆の中から一人の女性が前に出てきた。
「私は下級官吏のマーガレット・グリーンです」
彼女の声は震えていたが、決意に満ちていた。
「女尊男卑システムの下で、能力のある男性が不当に扱われるのを、毎日目にしています」
続いて、若い男性が手を上げた。
「僕は職人のデイビッド・ブラウンです」
レオンの目に涙が浮かんだ。自分たちは孤立していないのだ。
「皆さん……」
レオンの声は震えていた。
「どうして今まで……」
「保守派の圧力が強すぎたのです」
ウィルソンが説明した。
「しかし、昨夜の緊急議会で『危険思想取締法案』が提出されると聞いて、もう黙っていられませんでした」
「そうです!」
マーガレットが声を上げた。
群衆の中から、次々と声が上がった。
「レオン様の改革こそが、この国を救います!」
「知識の解放を実現してください!」
「真の平等を!」
レオンは胸が熱くなった。絶望の淵に立たされていたと思っていたが、実は多くの人々が自分たちを支持していたのだ。
『レオン、これは重要な転機です』
アルフィが脳内で語りかけた。
『民衆の支持を得られれば、改革の可能性は大きく広がります』
エリーゼが前に出てきた。
「皆さん、ありがとうございます。でも、危険ではありませんか?」
「危険です」
ウィルソンが率直に答えた。
「しかし、このまま何もしないことの方が、もっと危険です」
デイビッドが続けた。
「僕たちの子供の世代にも、この不平等なシステムを押し付けるわけにはいきません」
その言葉に、群衆が大きく頷いた。
「そうだ!」
「子供たちのために!」
「未来のために!」
レオンは深く息を吸い込んだ。
「皆さん」
レオンは声を上げた。
「私たちは、皆さんの期待に応えるために最善を尽くします」
群衆から大きな拍手が起こった。
「しかし」
レオンは続けた。
「現実は厳しい状況です。資金も人材も不足しています」
「それなら!」
ウィルソンが手を上げた。
「商人組合から資金を提供します」
「私たち官吏も、情報面で協力できます」
マーガレットが続いた。
「職人組合も人手を提供します!」
デイビッドも声を上げた。
レオンは言葉を失った。昨日まで絶望していた状況が、一転して希望に満ちたものになっている。
「ありがとうございます……本当にありがとうございます」
レオンの目から涙がこぼれた。
アーサーが前に出てきた。
「しかし、皆さんの安全が心配です。保守派の報復を恐れませんか?」
群衆の中に一瞬の沈黙が流れた。確かに、改革派を支持することは大きなリスクを伴う。
しかし、ウィルソンが毅然として答えた。
「恐れています。正直に言えば、とても恐ろしい」
そして、群衆を振り返った。
「しかし、恐怖よりも強い気持ちがあります。それは希望です」
「そうです!」
マーガレットが声を合わせた。
その時、群衆の後方で騒めきが起こった。
「保守派が来る!」
「急いで散らばって!」
誰かが叫んだ。遠くから松明の明かりと足音が近づいてくる。
「皆さん、急いで!」
レオンが呼びかけた。
群衆は慌てて散らばり始めたが、ウィルソンだけが残った。
「レオン様」
彼は小さな紙片をレオンに手渡した。
「これは商人組合の秘密集会所の住所です。明後日の夜、お待ちしています」
「大丈夫です。我々には我々なりの準備があります」
ウィルソンは微笑んだ。
「改革の種は、もう撒かれているのです」
そして、彼も夜の闇に消えていった。
レオンは手の中の紙片を見つめた。住所の下に、小さく文字が書いてある。
「真の平等のために」
「レオン」
エリーゼが隣に立った。
「これは……本当に転機ですね」
「はい」
レオンは頷いた。
「我々は一人ではありませんでした」
民衆の支持を得た今、改革の可能性は大きく開かれたのだ。
『レオン』
アルフィが語りかけた。
『これからが本当の戦いの始まりです』
「分かっています」
レオンは窓の外を見つめた。夜明けの光が、街の向こうに見え始めている。
「でも、もう絶望ではありません。希望です」
新しい一日が始まろうとしていた。そして、改革の新しい段階も。




