表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/90

第77話「民衆の声」

 「レオン・グレイ様をお救いください!」


 夜明け前の静寂を破って響いた声に、レオンは目を覚ました。改革派の隠れ家となった古い建物の一階で、誰かが扉を叩いている。


 「今度は何事だ……」


 アーサーが身を起こし、警戒しながら窓から外を覗いた。


 「おかしい……群衆がいるが、昨日までの抗議とは雰囲気が違う」


 レオンも窓に近づいた。外には確かに大勢の人がいるが、怒号ではなく、祈りの声が聞こえてくる。


 「レオン様に神のご加護を!」


 「改革をお願いします!」


 「女尊男卑はもうたくさんです!」


 レオンの心臓が激しく鼓動した。これは……支持の声だ。


 「トーマス君が言っていた通りですね」


 エリーゼが呟いた。


 「本当に改革を支持する人々がいたのです」


 扉の向こうから、切実な声が響いてきた。


 「レオン・グレイ様、お聞きください! 私たちは商人組合の代表です!」


 レオンはエリーゼと顔を見合わせた。そして、覚悟を決めて扉に近づいた。


 「どなたですか?」


 「私は織物商のヘンリー・ウィルソンと申します。同志とともに参りました」


 レオンは慎重に扉を開けた。そこには中年の男性が立っており、その後ろには様々な身なりの人々が控えている。


 「レオン・グレイ様……」


 ウィルソンは深々と頭を下げた。


 「我々は、あなたの改革を支持する者たちです」


 「支持……ですか?」


 レオンは困惑していた。ここ数日、外は抗議デモで包囲されていたはずだ。


 「はい」


 ウィルソンが顔を上げた。


 「表立って声を出すことはできませんでしたが、多くの市民があなたの改革を望んでいます」


 その時、群衆の中から一人の女性が前に出てきた。


 「私は下級官吏のマーガレット・グリーンです」


 彼女の声は震えていたが、決意に満ちていた。


 「女尊男卑システムの下で、能力のある男性が不当に扱われるのを、毎日目にしています」


 続いて、若い男性が手を上げた。


 「僕は職人のデイビッド・ブラウンです」


 レオンの目に涙が浮かんだ。自分たちは孤立していないのだ。


 「皆さん……」


 レオンの声は震えていた。


 「どうして今まで……」


 「保守派の圧力が強すぎたのです」


 ウィルソンが説明した。


 「しかし、昨夜の緊急議会で『危険思想取締法案』が提出されると聞いて、もう黙っていられませんでした」


 「そうです!」


 マーガレットが声を上げた。


 群衆の中から、次々と声が上がった。


 「レオン様の改革こそが、この国を救います!」


 「知識の解放を実現してください!」


 「真の平等を!」


 レオンは胸が熱くなった。絶望の淵に立たされていたと思っていたが、実は多くの人々が自分たちを支持していたのだ。


 『レオン、これは重要な転機です』


 アルフィが脳内で語りかけた。


 『民衆の支持を得られれば、改革の可能性は大きく広がります』


 エリーゼが前に出てきた。


 「皆さん、ありがとうございます。でも、危険ではありませんか?」


 「危険です」


 ウィルソンが率直に答えた。


 「しかし、このまま何もしないことの方が、もっと危険です」


 デイビッドが続けた。


 「僕たちの子供の世代にも、この不平等なシステムを押し付けるわけにはいきません」


 その言葉に、群衆が大きく頷いた。


 「そうだ!」


 「子供たちのために!」


 「未来のために!」


 レオンは深く息を吸い込んだ。


 「皆さん」


 レオンは声を上げた。


 「私たちは、皆さんの期待に応えるために最善を尽くします」


 群衆から大きな拍手が起こった。


 「しかし」


 レオンは続けた。


 「現実は厳しい状況です。資金も人材も不足しています」


 「それなら!」


 ウィルソンが手を上げた。


 「商人組合から資金を提供します」


 「私たち官吏も、情報面で協力できます」


 マーガレットが続いた。


 「職人組合も人手を提供します!」


 デイビッドも声を上げた。


 レオンは言葉を失った。昨日まで絶望していた状況が、一転して希望に満ちたものになっている。


 「ありがとうございます……本当にありがとうございます」


 レオンの目から涙がこぼれた。


 アーサーが前に出てきた。


 「しかし、皆さんの安全が心配です。保守派の報復を恐れませんか?」


 群衆の中に一瞬の沈黙が流れた。確かに、改革派を支持することは大きなリスクを伴う。


 しかし、ウィルソンが毅然として答えた。


 「恐れています。正直に言えば、とても恐ろしい」


 そして、群衆を振り返った。


 「しかし、恐怖よりも強い気持ちがあります。それは希望です」


 「そうです!」


 マーガレットが声を合わせた。


 その時、群衆の後方で騒めきが起こった。


 「保守派が来る!」


 「急いで散らばって!」


 誰かが叫んだ。遠くから松明の明かりと足音が近づいてくる。


 「皆さん、急いで!」


 レオンが呼びかけた。


 群衆は慌てて散らばり始めたが、ウィルソンだけが残った。


 「レオン様」


 彼は小さな紙片をレオンに手渡した。


 「これは商人組合の秘密集会所の住所です。明後日の夜、お待ちしています」


 「大丈夫です。我々には我々なりの準備があります」


 ウィルソンは微笑んだ。


 「改革の種は、もう撒かれているのです」


 そして、彼も夜の闇に消えていった。


 レオンは手の中の紙片を見つめた。住所の下に、小さく文字が書いてある。


 「真の平等のために」


 「レオン」


 エリーゼが隣に立った。


 「これは……本当に転機ですね」


 「はい」


 レオンは頷いた。


 「我々は一人ではありませんでした」


 民衆の支持を得た今、改革の可能性は大きく開かれたのだ。


 『レオン』


 アルフィが語りかけた。


 『これからが本当の戦いの始まりです』


 「分かっています」


 レオンは窓の外を見つめた。夜明けの光が、街の向こうに見え始めている。


 「でも、もう絶望ではありません。希望です」


 新しい一日が始まろうとしていた。そして、改革の新しい段階も。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ