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第7話「情報戦の始まり」

土日は朝9時と19時ごろの更新にしてみます。

 「これは……驚いた」


 エリーゼが俺の執務室のドアを勢いよく開けた瞬間、俺は息を呑んだ。


 昨夜の〈沈黙の刃〉を持つ刺客との戦いで疲労困憊していた俺だが、彼女の表情を見て一気に目が覚めた。いつもの知的な余裕は影を潜め、何か重大な決断を迫られているような緊張が走っている。


 「レオン、時間がありません」


 彼女はいきなり核心を突いてきた。


 「昨夜の襲撃の件か?」


 「それもありますが、さらに深刻です。父から緊急で呼び出されました。ギルド上層部が私たちの動きを完全に察知している可能性があります。昨夜の刺客は、恐らく最初の警告だったのでしょう」


 俺の体に、昨夜以上の冷たいものが走った。


 「だからこそ、正式に手を組みましょう。レオン、あなたの技術的能力と私の政治的ネットワークを統合するんです」


 「統合……?」


 「今まで個別に活動していましたが、もうそんな悠長なことは言っていられません。戦略的なパートナーシップを結んで、一気に勝負をかけるんです」


 エリーゼの瞳に、今まで見たことのない強い決意の炎が燃えている。


 「具体的には?」


 「情報戦です」


 その言葉に、俺の背筋が震えた。


 「ギルド上層部の弱点を調査し、彼らの不正や矛盾を明らかにする。あなたの分析能力と私の情報ネットワークを組み合わせれば、今まで隠されていた真実を暴けるはずです」


 『なるほど……ついに本格的な反撃に出るのですね』


 アルフィの声に、興奮のような響きがあった。


 『情報戦略は私の最も得意とする分野です。ギルド内部の大量データから隠された不正を暴き出し、戦略的に活用する――これは私たちの真価を発揮する絶好の機会でしょう』


 俺の拳が、自然と握りしめられた。


 追放された時の屈辱。査定会議での理不尽な扱い。優秀な仲間たちが次々と潰されていく現実。


 「……やってやろうじゃないか」


 俺の中で、何かが完全に切り替わった。


 「ただし、やるなら徹底的にやる。中途半端じゃ、俺たちが潰されるだけだ」


 「ええ、もちろんです。でも、まずは小さな試し撃ちから始めましょう。相手の反応を見極めてから、本格的な攻勢に出るんです」


  *   *   *


 「こんなに大量の資料をどこから……?」


 午後、地下の資料室でマルクスが驚きの声を上げた。


 テーブルの上には、ギルドの過去五年間の記録が山積みになっている。エリーゼ、マルクス、リリア、そして俺――四人が顔を見合わせる。


 「正直に言います。私の父のコネを使って、内部から調達しました」


 エリーゼが真剣な表情で説明する。


 「これだけの資料を人力で分析するのは不可能ね」


 リリアが資料の山を見つめながら呟く。


 「でも、レオンなら……」


 マルクスが期待と不安の入り混じった視線を俺に向ける。


 『面白そうですね。大量データ分析の真価を見せてあげましょう』


 アルフィの声に、抑えきれない興奮があった。


 俺は深く息を吸い、資料に手を触れた。


 瞬間――頭の中に情報の奔流が押し寄せてきた。


 人事記録、予算配分表、査定結果、プロジェクト報告書、特許認可データ……膨大な情報がパターンを形成していく。


 『……レオン、これは想像以上です』


 アルフィの声が震えていた。


 『衝撃的というより、もはや組織的犯罪のレベルです』


 「何が分かった?」


 エリーゼが息を詰めて尋ねる。


 俺の脳裏に、アルフィが解析した映像が次々と浮かんでくる。査定書類の山、そこから浮かび上がる醜悪なパターン。


 「……最悪だ」


 俺の声が掠れた。


 「思っていた以上に腐りきってる」


 俺の拳が震えながら握りしめられる。データの向こうに、どれだけの優秀な魔術師が家柄だけで潰されたかが鮮明に見えた。


 「同じ成果を上げても、家柄で評価が180度変わる。一般出身の俺たちは……最初から勝負にすらなっていなかった」


 「そんな……」


 エリーゼの顔から血の気が引いていく。


 「私も貴族出身だから気づかなかった……まさかここまで露骨だったなんて」


 「エリーゼ、君も被害者だったんだ」


 俺は彼女を見つめる。


 「君の実力で本来得られたはずの評価も、きっと家柄というフィルターを通して歪められていた」


 次にアルフィが送ってきた映像を見た瞬間、俺は立ち上がっていた。


 「予算配分も完全に操作されてる」


 「どういうことですか?」


 マルクスが身を乗り出す。


 「ヴィクトリア主席査問官の個人研究に……」


 俺は数字を確認し直した。あまりの巨額に、現実感を失いそうになる。


 「ここ三年で年間予算の『半分』が一人の研究費として流れてる。しかも成果報告は……」


 俺の手が震え始めた。


 「完全に空白だ。何一つ残ってない」


 「なんだって!?」


 マルクスが勢いよく立ち上がる。


 「それじゃあ、俺たちの研究費が一方的に削られ続けたのは……ヴィクトリアの私腹を肥やすためだったのか!?」


 『レオン、まだあります。さらに深刻な問題が』


 アルフィの声に、今までにない重々しさがあった。


 次の映像を見た瞬間、俺の全身に鳥肌が立った。


 「エレノア査問官……まさか」


 俺の声が震える。


 「彼女が認可した特許のほとんどが、たった三つの商会に集中してる。しかも、その商会の代表者は全員……」


 「全員、何ですか?」


 リリアが青ざめて尋ねる。


 「エレノアの親族だ」


 室内に重い沈黙が落ちた。


 「確率的に言って、偶然の一致は完全に不可能。これは組織的な利益誘導だ」


 部屋の空気が重くなる。


 「つまり……」


 リリアの声が震えている。


 「ギルドが民間企業と癒着して、私たち魔術師の研究成果を横流ししていたということですか?」


 「そういうことになります」


 エリーゼが蒼白な顔で資料を見つめる。


 「でも、これをどう使えばいいの? 直接告発すれば、私たちが報復の標的になる。最悪の場合……」


 彼女は言葉を飲み込んだ。


 俺の中で、熱い怒りが冷徹な戦略に変わっていく。


 「直接ぶつかっても、俺たちが消されるだけだ」


 俺の声には、自分でも驚くほどの冷静さがあった。


 追放された時の記憶が蘇る。あの無力感。あの理不尽な仕打ち。しかし今度は違う。今度は俺たちに切り札がある。


 「だから、俺たちも『情報』という武器を使うんだ」


 エリーゼが俺を見つめる。その瞳に、驚きと期待が入り混じっていた。


 『レオン、あなたの戦略的思考は予想以上ですね』


 アルフィの声に、感心したような響きがある。


 俺の脳裏に、複雑な情報ネットワークが浮かび上がってくる。パターン、関係性、弱点……それらが一つの作戦として結実していく。


 「疑念を植えつけるんだ。少しずつ、自然に」


 俺の手のひらに汗が滲む。この戦略がどれほど危険かを理解しているからこそ、より慎重にならざるを得ない。


 「具体的にはどうするの?」


 マルクスが身を乗り出す。


 俺は深呼吸した。この一手が成功すれば流れを変えられるが、失敗すれば俺たち全員が破滅する。


 「エレノア査問官の特許認可の偏りを『偶然発見したデータ』として広める。噂が噂を呼べば、ギルド内外から注目が集まる」


 「なるほど……」


 エリーゼの表情が明るくなる。


 「直接攻撃ではなく、間接的に世論を動かすということですね。確かに、それなら私たちの安全も確保できる」


 「俺が商工会関係者に『気になるデータを見つけた』って話せば、商業界からも圧力がかかる」


 マルクスが積極的に提案する。


 「私も一般魔術師のネットワークで『研究予算の不透明な配分』について情報を流せます」


 リリアも乗り気になってきた。


 「研究者たちは予算問題には特に敏感ですから、すぐに話題になるはずです」


 四人の連携が、一つの戦略として形を成していく。


 『レオン、見事な戦略構築です。人間同士の結束力と私の情報分析能力が組み合わされば、相当な効果が期待できるでしょう』


 アルフィの声に、これまでにない興奮があった。


  *   *   *


 一週間後――


 「やばいことになってきたな」


 マルクスが興奮気味に俺に近づいてくる。


 ギルド内で「エレノア査問官の特許認可問題」についての噂が急速に広がっていた。


 「レオン、最近変な話を聞くんだが……」


 同僚の魔術師が俺に声をかけてくる。


 「エレノア査問官の特許認可、おかしくないか?」


 「おかしいって、どう?」


 俺は興味を示すふりをする。


 「いつも同じ商会ばかり通してるって話だ。しかも、その商会って……」


 彼は声を落とす。


 「エレノアの親族の会社らしいぞ」


 「えっ、それは……」


 俺は適度に驚いてみせる。


 「そういえば、俺の知り合いの商人も似たようなことを言ってた。『あの査問官、身内びいきが酷すぎる』って」


 「やっぱりか。みんな薄々気づいてたんだな」


 完璧だ。


 噂は自然に広がり、疑念は確信へと発展している。俺たちが直接告発する必要はない。事実が事実として認識され始めているのだ。


 『情報戦の威力は想像以上ですね』


 夜、執務室で一人になった時、アルフィが満足そうに話しかけてくる。


 「ああ。エリーゼの政治的直感は正しかった」


 『しかし、戦略の組み立てはあなたの功績です。直接対決を避け、世論を動かすという判断は見事でした』


 そうだろうか?


 俺一人では思いつかなかった戦略かもしれない。アルフィの分析力とエリーゼの政治的洞察、マルクスとリリアのネットワーク――みんなで作り上げた作戦だ。


 でも、最終的に決断を下したのは俺だった。


 『ところで、レオン』


 「何だ?」


 『エリーゼという女性について、どう思われますか?』


 突然の質問に、俺は戸惑った。


 「どうって……優秀で信頼できる仲間だと思うが」


 『「仲間」ですか。では、彼女があなたの能力を政治的に利用しようとしている可能性については?』


 「利用?」


 『貴族としての立場を向上させるために、あなたの特殊能力を戦略的に活用している――そういう見方もできるのではないでしょうか』


 俺は慎重に言葉を選んだ。


 確かに、エリーゼは俺の能力を戦略的に活用している。しかし、それは相互利益に基づく協力関係だ。


 「エリーゼは俺を利用しているかもしれない。でも、俺も彼女の政治的ネットワークを利用している。互いに必要とし合っている関係なら、それでいいじゃないか」


 『……なるほど。非常に現実的な判断ですね。私の懸念は杞憂だったようです』


 アルフィの声に、どこか安堵したような響きがあった。


 まるで、俺の成長を確認して満足しているかのように。


  *   *   *


 翌日の夜、エリーゼが俺の執務室のドアをノックした。


 「レオン、お疲れさまです。今日の成果はいかがでした?」


 「予想以上だ。エレノア査問官への疑念が加速度的に広がっている」


 「それは素晴らしいニュースですね」


 エリーゼが微笑むが、その笑顔には影があった。


 「ただし、私たちにも新たな問題が発生しています」


 「どんな?」


 「家族からの圧力です」


 彼女の表情が一気に暗くなる。


 「父から緊急書簡が届きました。『追放された平民との協力関係は、ローゼン家の名誉を著しく損なう』と。完全に関係を断つよう命じられています」


 俺の胸に鋭い痛みが走った。


 「それなら、俺との協力は諦めた方が……」


 「いえ」


 エリーゼが毅然として首を振る。


 「私は家族の圧力に屈するつもりはありません。家名よりも、正義の方が重要です。それに……」


 彼女が俺を見つめる。


 「あなたとの協力関係は、私にとって単なる政治的計算以上の意味があります」


 その言葉に、俺の心が大きく動いた。


 「エリーゼ……ありがとう」


 「礼には及びません。ただし、これで私たちの活動はさらに慎重になる必要があります。家族の監視も厳しくなるでしょうし、最悪の場合は勘当もあり得ます」


 俺は窓の外を見つめた。


 王都の夜景が美しく輝いている。しかし、その光の下に腐敗した闇が広がっていることを、俺たちは知っている。


 「覚悟はできている」


 俺は彼女を振り返る。


 「エリーゼ、俺たちの戦いは本格的に始まったばかりだ。でも、必ず勝つ」


 エリーゼが力強く頷く。


 「ええ。今日の成果は期待を大きく上回りました。あなたの分析能力と私の政治的ネットワークを組み合わせれば、どんな敵でも……」


 「相手も反撃してくるだろう」


 「当然です。でも、それこそが私たちの戦略が効いている証拠。相手が動けば動くほど、ボロが出る」


 エリーゼの瞳に、これまで見たことのない戦闘的な光が宿っている。


 「本当の情報戦は、これから始まるのです」


 その時――


 窓の外で何かが動いた。


 「エリーゼ、窓の外」


 俺は声を潜める。


 街灯の陰に、明らかに人の影がある。俺たちの動向を監視している。


 エリーゼが振り返った瞬間、人影は素早く姿を消した。


 「……監視されているということですね」


 「ギルド上層部が本格的に動き出したということか」


 俺たちは緊張した顔で見つめ合った。


 情報戦は、予想をはるかに超えて危険なゲームだった。


 しかし、もう後戻りはできない。


 『レオン、いよいよ本格的な闘いになってきましたね』


 アルフィの声に、抑えきれない興奮があった。


 まるで、自分の真価を発揮できる舞台がついに整ったかのように。


 「ああ。敵も本気で来るなら、俺たちも本気で応えてやる」


 俺は拳を強く握りしめた。


 戦いは新たな段階に入った。


 しかし、アルフィと仲間たちがいる限り、俺たちは絶対に負けない。


 情報という武器で、必ずこの腐敗した体制を打ち倒してみせる。


 ――戦いは、まだ始まったばかりだ。

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