第69話「旧世代の断末魔」
「今こそ立ち上がる時よ!」
王都の片隅にある古い集会所で、中年女性の声が響いていた。統一暦512年、実りの月14日の夜。ヴィクトリアの失脚から一日後、ギルドの保守派が最後の抵抗を試みていた。
「『伝統を守る会』の結成を宣言します!」
集会所には、わずか12人の中年女性が集まっていた。全員が時代に取り残された表情をしている。
「会長のマルガレータ様、どうすれば良いのでしょう」
「決まっているわ! 女性の品位を取り戻すのよ!」
マルガレータが拳を振り上げる。しかし、その姿は滑稽にしか見えなかった。
「昔は良かった……本当に良かった……」
「そうよ! 女性が尊敬され、男性が従順だった時代!」
「レディらしさが重視され、野蛮な力仕事は男性がやっていた!」
「昔は良かった」の大合唱が始まった。
その時、隅で小さな光が点滅した。
「あの……これ、何かしら?」
年配の女性が、見慣れない魔法装置を指差した。
「あら、新しい情報伝達魔法の装置ね」 マルガレータが得意げに説明する。「私が特別に用意したのよ」
実は、この装置は若手魔術師が設置した「実況中継魔法」だった。
「えーっと、これはどう使うのかしら?」
マルガレータが装置をいじり始めた。しかし、使い方が全く分からない。
『えー、テスト、テスト』
突然、彼女の声が王都中に響いた。
『おかしいわね、なぜ誰も反応しないの? 』
装置は、彼女の独り言を全て配信していた。
王都の若者たちは、この放送を聞いて大爆笑していた。
「聞いた? 『伝統を守る会』だって!」
「ぷっ、時代錯誤もいいところ!」
「しかも配信の仕方も分からないみたい!」
集会所では、気づかないまま「品位ある女性論」が続いていた。
「品位ある女性たるもの、大声を出してはいけません」
しかし、マルガレータ自身が一番大声だった。
「上品に、優雅に、そして従順な男性を導くのです」
『うんうん、その通りよ』
装置は彼女たちの会話を、そのまま中継していた。
「最近の若い女性は、なんて野蛮なのかしら」
『野蛮よ、野蛮! 』
「男性と同じように働くなんて、女性の品位を損なうわ」
『品位よ、品位が大切! 』
その時、若い女性魔術師の声が装置から聞こえてきた。
『すみません、もう時代は変わったんですよ』
『レオン様の活躍を見ても分からないんですか? 』
『女性も男性も、実力で評価される時代です』
若者たちの冷静な反論に、マルガレータたちは動揺した。
「な、何よ! 生意気な!」
『生意気なのはあなたたちです』
『古い価値観を押し付けないでください』
『迷惑です』
容赦ない言葉が次々と投げかけられる。
「くっ……でも、伝統というものが……」
『伝統? 差別の伝統なんていりません』
『時代遅れです』
『もう諦めてください』
マルガレータは涙目になった。
「わ、分からず屋ばかり!」
彼女は装置に向かって叫んだ。
「あなたたちは女性の美徳を理解していない! 品位というものを……」
その瞬間、会員の一人が声を上げた。
「マルガレータ! あんたこそ品位がないじゃない!」
「え?」
「さっきから大声で怒鳴って! 品位ある女性の行動じゃないわよ!」
「そ、それは……」
「それに、去年のお茶会で、あんた他の人の悪口ばっかり言ってたじゃない!」
「え、ええ?」
内輪もめが始まった。
「そういえば、マルガレータは自分の息子に家事をやらせてるって聞いたわよ」
「それって、男性を従順にさせてるってことじゃない?」
「品位ある女性のすることかしら?」
「ちょっと待ちなさいよ!」 マルガレータが慌てる。
しかし、もう手遅れだった。
「品位、品位って言うけど、一番品位がないのはマルガレータじゃない!」
「そうよ! 偉そうに説教して!」
『喧嘩してる……』
配信は続いていた。王都中の人々が、彼女たちの醜態を目撃していた。
「やめて! みっともない!」
しかし、取っ組み合いの喧嘩が始まってしまった。
「品位ある女性たるもの」と言いながら、髪を引っ張り合う中年女性たち。
王都の若者たちは、腹を抱えて笑っていた。
「品位って何だっけ?」
「あれが品位ある女性の行動?」
「ギャグかよ!」
結局、集会は大混乱のまま終了した。
翌日、「伝統を守る会」の解散が発表された。
「昨日の配信、見ました?」
「あー、恥ずかしい……」
会員たちは、自分たちの醜態を知って愕然としていた。
「もう二度と集まりたくない……」
こうして、旧世代の最後の抵抗は、自然消滅した。
レオンとアルフィは、この騒動を静かに見守っていた。
「哀れですね」 アルフィが呟く。
「ああ。でも、これが現実だ」 レオンが答える。
「変化を受け入れられない者の末路は、いつもこうです」
「彼女たちも、時代の被害者かもしれない」
「そうかもしれません。でも、それは言い訳にはならない」 アルフィが分析する。「適応するか、取り残されるか。それが自然の摂理です」
「厳しいな」
「でも、それが現実です」
その夜、酒場では「伝統を守る会」の珍騒動が話題になっていた。
「品位ある女性って言いながら、取っ組み合いの喧嘩!」
「しかも全部配信されてたんだろ?」
「恥ずかしすぎて、もう外歩けないな」
笑い声が響く中、若い女性魔術師たちは真剣に話し合っていた。
「でも、彼女たちの気持ちも分からなくはないわ」
「長年信じてきた価値観が、突然否定されるのは辛いと思う」
「そうね。でも、それでも変わらなければ」
「時代に取り残される」
「私たちは、もっと良い社会を作っていこう」
若い世代の決意に、周囲の人々も頷いた。
窓の外では、夜が更けていく。
旧世代の断末魔は終わった。
これからは、新しい時代の始まりだ。
もう誰も、時代遅れの価値観に縛られる必要はない――。




