第68話「ヴィクトリアの最終査問」
「これは……復讐のチャンスだわ」
ヴィクトリア査問官が、暗い執務室で書類を睨みつけていた。統一暦512年、実りの月13日の夜。査問院とギルドの失態が続く中、彼女だけはまだ諦めていなかった。
「レオン・グレイ……あの男さえいなければ」
彼女の机には、レオンに関する資料が山積みになっている。追放時の記録から、最近の活躍まで。全てが彼女の屈辱を思い出させるものだった。
「でも、まだ手はある」
ヴィクトリアは一枚の書類を取り出した。そこには『反逆罪』の文字が躍っている。
「古代AIとの契約は、王国への反逆と見なすことができる……そうよ、これで行くわ」
翌朝、査問院に緊急召集がかかった。
「レオン・グレイを反逆罪で告発する」
ヴィクトリアの宣言に、査問官たちがざわめいた。
「反逆罪って……今更ですか」
若手査問官が困惑の声を上げる。
「黙りなさい! 男は黙ってろ!」
ヴィクトリアが怒鳴る。しかし、以前のような威圧感はなかった。
「でも、査問官長。レオン様は英雄として認められて……」
「英雄? 笑わせるわ! あんな追放者が英雄なものですか!」
彼女の顔は憎悪に歪んでいた。
数時間後、レオンは査問会への出頭命令を受けた。
「反逆罪だって?」 レオンが呆れたように呟く。
「必死ですね、ヴィクトリア査問官も」 アルフィが分析する。「これが最後の抵抗でしょう」
「付き合ってやるか」
レオンは仲間たちと共に査問会へ向かった。エリーゼ、マルクス、リリア、そしてセレナまでもが同行していた。
査問会の大ホールは、異様な雰囲気に包まれていた。
「レオン・グレイ!」 ヴィクトリアが高らかに宣言した。「お前を反逆罪で告発する!」
「根拠は?」
「古代AIとの契約だ! 王国に無断で危険な存在と手を組んだ!」
レオンは肩をすくめた。
「でも、その『危険な存在』のおかげで、王国は救われたんだが」
「黙れ! 結果論だ! 手続きを無視した罪は消えない!」
その時、新たな人物が入場してきた。
「お待たせしました」
エレノア新査問官長だった。彼女の後ろには、大量の書類を抱えた職員たちが続く。
「エレノア! 何をしに来た!」
「ヴィクトリア前査問官長」 エレノアが冷静に答える。「あなたこそ、告発される立場です」
「な、何を言って……」
「証拠はあるのか!」 ヴィクトリアが叫ぶ。
その瞬間、職員たちが抱えていた書類が、ドサッと机に積み上げられた。
「これが証拠です」 エレノアが淡々と説明を始める。「200万コインの横領。詳細な帳簿がここにあります」
「そ、それは……」
「さらに」 エレノアが続ける。「男性魔術師からの実績横取り、27件」
次々と被害者たちが前に出てきた。
「私の研究成果を、彼女は自分の手柄にしました」
「私の発明も横取りされました」
「昇進試験の点数も改ざんされていました」
「嘘だ! これは陰謀だ!」 ヴィクトリアが必死に否定する。
「いいえ、事実です」
被害者たちが口を揃えて答えた。まるで大合唱のように。
「証拠もあります」 アルフィが投影を始める。「あなたの不正行為の記録、全てデータ化されています」
スクリーンに、ヴィクトリアの悪行が次々と映し出される。
横領の証拠。
改ざんされた書類。
被害者たちへの脅迫メール。
「これでもまだ、否定しますか?」 エレノアが問いかける。
ヴィクトリアは言葉を失った。顔は真っ青になり、体が震えている。
「ヴィクトリア・サンダース」 エレノアが厳粛に宣言した。「査問官の資格を剥奪します」
「い、いやああああ!」
ヴィクトリアが絶叫した。必死に査問官バッジにしがみつく。
「これは私のものよ! 私が築き上げた地位なのよ!」
しかし、警備員たちが彼女からバッジを取り上げた。
「うわあああん!」
ヴィクトリアは、まるで子供のように泣きじゃくった。威厳も誇りも、全て失われていた。
「男は黙ってろ……男は黙ってろ……」
彼女は壊れたように同じ言葉を繰り返しながら、連行されていった。
査問会場に、重い沈黙が流れる。
「レオン・グレイ」 エレノアが向き直った。「反逆罪の告発は、当然却下します。むしろ、あなたには感謝しかありません」
「ありがとうございます」
「それから」 エレノアが微笑んだ。「『男は黙ってろ』の時代は終わりました。これからは、性別に関係なく、実力で評価される時代です」
会場から拍手が起こった。
その夜、酒場は大騒ぎになっていた。
「聞いたか? ヴィクトリアが泣きじゃくったんだと!」
「『男は黙ってろ』って言ってた奴が、『あなたこそ黙りなさい』って言われたらしいぞ!」
「因果応報ってやつだな!」
笑い声が響く中、レオンたちは静かに杯を交わしていた。
「これで一つの時代が終わったな」 マルクスが感慨深げに言う。
「ええ。でも、始まりでもあります」 エリーゼが頷く。
「ヴィクトリアも、時代の犠牲者かもしれない」 レオンが呟く。
「同情するの?」 リリアが尋ねる。
「いや、同情はしない。でも、哀れだとは思う」
「確かに」 セレナも同意する。「変化を受け入れられなかった者の末路は、いつも哀しい」
アルフィが総括する。
「彼女は権力にしがみつくあまり、本当に大切なものを見失いました。それが彼女の敗因です」
一同は黙って頷いた。
窓の外では、夜が更けていく。
明日はきっと、また新しい騒動が起こるだろう。
でも、少なくとも『男は黙ってろ』という理不尽な言葉は、もう二度と聞かれることはない。
それだけでも、大きな進歩だった――。




