第67話「カスケード部長の保身劇場」
「全員集合! 緊急会議だ!」
魔術ギルド本部の会議室に、カスケード部長の怒鳴り声が響いた。統一暦512年、実りの月12日の朝。査問院の失態が笑い話になっている中、今度は魔術ギルドが火種を抱えていた。
部下たちが慌てて集まってくる。誰もが疲れ切った表情をしていた。
「諸君、大変な事態だ」 カスケードが深刻な顔で切り出した。「上層部から、古代魔獣対応の責任について説明を求められている」
「責任……ですか」
若手職員のミランダが不安そうに呟いた。
「そうだ。なぜ我々が初動を誤ったのか、なぜレオン・グレイの活躍を許したのか……」
カスケードの額に汗が浮かぶ。明らかに焦っていた。
「しかし!」 彼は突然声を張り上げた。「私は最初から正しい判断をしていた! 問題は、君たちが私の指示を理解できなかったことだ!」
部下たちは顔を見合わせた。
「部長……でも、あの時確かに『レオンなど信用できん』と……」
「黙れ!」 カスケードが机を叩く。「私は『レオンの実力を試すべきだ』と言ったのだ! 君たちが勝手に解釈を間違えたんだ!」
その時、会議室のスピーカーから声が流れた。
『本当にそうでしょうか? 』
アルフィの声だった。
「な、何だ」
『申し訳ありません。でも、真実を明らかにする必要があると判断しました』
スクリーンに映像が映し出される。一週間前の会議の録画だった。
『レオンなど信用できん! あんな追放者に頼るなど、ギルドの恥だ! 』
録画の中で、カスケードが激しく反対している姿が映っていた。
「こ、これは……」
カスケードの顔が真っ青になる。
『さらに、こちらもあります』
次の録画が流れる。
『魔獣なんて大したことない。我々だけで十分対処できる』
『レオンが出しゃばったら、即座に妨害しろ』
部下たちの視線が、一斉にカスケードに向けられた。
「ち、違う! これは文脈を無視した切り取りだ!」
カスケードが必死に弁解する。
「私の真意は……その……」
「部長」 ベテラン職員のハロルドが立ち上がった。「もう十分です。私たちは全て見ていました」
「ハロルド、君まで……」
「実は、私も記録を持っています」 ミランダがファイルを取り出した。「部長が『責任は全て部下に押し付けろ』と指示した時のメモです」
「そ、そんな指示はしていない!」
「いいえ、しました」 別の部下も立ち上がる。「私も証人です」
次々と部下たちが証言を始めた。
「部長は『失敗したら君たちのせいだ』と」
「『成功したら私の手柄だ』とも」
「『レオンの邪魔をしろ』という指示書も残っています」
カスケードは追い詰められた。
「き、君たちは私を裏切るのか」
「裏切り?」 ハロルドが冷たく笑った。「部長こそ、我々を裏切り続けてきたじゃないですか」
「去年の査定で、私の成果を横取りしましたよね」
「私の企画書も、部長の名前で提出されました」
「ボーナスも、部長だけが独り占めでした」
部下たちの告発が止まらない。
「そ、それは……記憶にございません!」
カスケードが苦し紛れの言い訳をする。
「記憶にない?」 アルフィの声が再び響いた。『では、これはどうでしょう』
新たな録音が流れる。
『ミランダの企画は素晴らしい。私の名前で提出しよう』
『ハロルドの成果も、私の指導の賜物ということにしておけ』
カスケード本人の声が、はっきりと録音されていた。
「ぐ……」
「部長」 ミランダが前に出た。「もう諦めてください。真実を認めて、責任を取ってください」
「そ、そうだな……」 カスケードは観念したように見えた。「分かった。私が悪かった……」
部下たちが安堵のため息をついた、その時。
「う、うっ……急に腹が……」
カスケードが突然腹を押さえた。
「トイレに……行かせてくれ……」
そして、扉に向かって走り出した。しかし、その走り方は病人のそれではなかった。
「おい! 全力疾走してるぞ!」
「逃げる気だ!」
「待て! カスケード!」
部下たちが追いかけるが、カスケードは既に廊下を全速力で駆け抜けていた。
「緊急事態だ! 緊急事態だ! 道を開けろ!」
嘘の緊急宣言をしながら、彼は必死に逃走を図る。
しかし、出口には既にギルドの警備員が待ち構えていた。
「カスケード部長、上層部がお呼びです」
「ひぃ!」
観念したカスケードは、その場に崩れ落ちた。
その様子を、レオンとアルフィは離れた場所から見守っていた。
「録音を公開してくれてありがとう、アルフィ」
「当然のことです。真実は明らかにされるべきですから」
「でも、あそこまで醜態を晒すとは思わなかった」
「保身に走る人間の末路は、えてしてああいうものです」 アルフィが分析する。「自分の立場を守ることに必死で、結果的に全てを失う」
翌日、カスケードの解任が正式に発表された。
魔術ギルドの掲示板には、彼の不正行為の一覧が張り出されていた。
「すごい量だな……」
若手魔術師たちが呆れている。
「成果横領、13件」
「虚偽報告、27件」
「部下への責任転嫁、数え切れず」
「よくこれまでバレなかったな」
「いや、みんな知ってたけど、言えなかっただけさ」
酒場では、カスケードの逃走劇が格好の肴になっていた。
「聞いたか? 『急な腹痛』とか言いながら、100メートル走の記録更新したらしいぞ!」
「ははは! 病人の走りじゃねぇな!」
「最後は『記憶にございません』を58回も連呼したんだと」
「58回もかよ! 数えた奴もすげぇな! 」
笑い声が夜遅くまで響いていた。
一方、ギルド本部では、ハロルドが臨時の部長代理に任命されていた。
「みんな、これから頑張ろう」 彼は部下たちに語りかけた。「もう保身や責任転嫁はなしだ。正直に、誠実に仕事をしよう」
「はい!」
部下たちの表情は、以前より明るくなっていた。
その夜、レオンの自宅で。
「組織の自浄作用が働き始めたようですね」 アルフィが満足げに言った。
「ああ。でも、これはほんの始まりだ」 レオンが窓の外を見る。「カスケードみたいな人間は、まだたくさんいる」
「一人ずつ、変えていくしかありません」
「そうだな。時間はかかるが……」
「でも、希望は見えてきました」 アルフィが微笑む。「部下たちが声を上げられるようになった。それが何より重要です」
レオンも頷いた。
旧体制の崩壊は、上からではなく下から始まっている。
それは、本当の変革の兆しかもしれない。
明日はきっと、別の誰かが保身の醜態を晒すだろう。
そして市民たちは、それを笑い飛ばしながら、新しい時代を受け入れていく。
変化の波は、もう止められない――。




