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第65話「英雄たちの凱旋」

 朝日が王都の石畳を金色に染め上げる中、かつてない規模の群衆が大通りを埋め尽くしていた。


 「レオン様! アルフィ様!」


 歓声が波のように押し寄せる。老若男女を問わず、誰もが感謝と畏敬の眼差しを向けていた。


 レオンは困惑の表情を浮かべながら、隣を歩くアルフィの投影像に視線を向ける。


 「こんなに大勢の人が……」


 「当然でしょう」 アルフィが微笑む。「あなたたちは王都を、いえ、王国全体を救ったのですから」


 統一暦512年、実りの月10日。古代魔獣との決戦から三日後の朝だった。


 王宮への凱旋行進は、レオンたちの意向に反して国家行事として執り行われることになった。エリーゼの父、ローゼン侯爵の強い要請によるものだ。


 「息子よ」


 突然、群衆の中から声が上がった。レオンの歩みが止まる。


 「……父さん?」


 商人風の質素な服装の男性が、涙を流しながら立っていた。レオンの父、グレイ家の当主だった。


 「お前を……誇りに思う」


 父親の言葉に、レオンの胸が熱くなる。追放された時、家族からも見放されたと思っていた。しかし、父の瞳には確かな愛情と誇りが宿っていた。


 「ありがとう、父さん」


 親子の再会に、周囲からも温かい拍手が起こる。


 行進は王宮へと続く。仲間たちも、それぞれの感慨を胸に歩いていた。


 マルクスは治療師ギルドの同僚たちから祝福を受け、リリアは魔法研究院の後輩たちに囲まれている。セレナは複雑な表情を浮かべながらも、市民からの感謝の言葉を真摯に受け止めていた。


 「レオン」


 エリーゼが優雅な足取りで近づいてくる。貴族の正装に身を包んだ彼女は、いつもより一層美しく見えた。


 「父が、あなたに会いたがっています」


 「ローゼン侯爵が?」


 「ええ。正式に感謝を述べたいと」


 王宮の謁見の間に到着すると、そこには予想以上の人々が集まっていた。


 女王陛下を筆頭に、王国の要人たちが勢揃いしている。そして、意外な人物の姿もあった。


 「ヴィクトリア査問官……」


 レオンを追放した張本人が、蒼白な顔で立っていた。


 「レオン・グレイ」 女王陛下の声が響く。「そなたの功績は計り知れない。王国を代表して、心より感謝する」


 女王自らの言葉に、謁見の間がどよめく。


 「恐れ多いことです、陛下」


 レオンが深く頭を下げる。しかし、女王は首を振った。


 「いや、感謝だけでは足りぬ。そなたには相応の報償が必要だ」


 「報償など……」


 「聞きなさい」 女王の声に威厳が込められる。「レオン・グレイを王国騎士団の名誉騎士に任命する。また、『知識の解放者』の称号を授ける」


 再び大きなどよめきが起こる。名誉騎士の地位は、通常なら何十年もの功績を積まなければ得られないものだ。


 「さらに」 女王が続ける。「アルフィ、いや〈無限の書架〉にも感謝する。人間とAIの協力という新たな可能性を示してくれた」


 アルフィの投影像が恭しく頭を下げる。


 「光栄です、陛下。私たちAIと人間が共に歩む未来を、これからも追求していきたいと思います」


 その時、ヴィクトリア査問官が前に進み出た。


 「陛下、お許しください」


 彼女は震える声で言葉を紡ぐ。


 「私は……重大な過ちを犯しました。レオン・グレイを不当に追放し、彼の才能を見誤りました」


 「ヴィクトリア……」


 「今更謝罪しても遅いことは分かっています。しかし、せめて……」


 彼女は深々と頭を下げた。


 「申し訳ありませんでした」


 静寂が謁見の間を包む。レオンはしばらく黙っていたが、やがて穏やかな声で答えた。


 「過去のことです。私たちは前を向いて進みましょう」


 その寛大な言葉に、ヴィクトリアは涙を流した。


 式典が終わり、祝賀会へと移る。豪華な料理と音楽に彩られた会場で、人々は英雄たちを讃えた。


 しかし、レオンは少し離れたバルコニーに出て、夜空を見上げていた。


 「どうしたの?」 アルフィが心配そうに尋ねる。


 「いや……なんだか実感が湧かなくて」


 「無理もありません。つい数ヶ月前まで、あなたは追放された身だったのですから」


 「そうだな……」 レオンが苦笑する。「でも、一つだけはっきりしていることがある」


 「何ですか?」


 「俺たちの本当の戦いは、これからだということさ」


 レオンの視線の先には、王都の夜景が広がっている。無数の灯りが、まるで星のように瞬いていた。


 「知識の解放は始まったばかりだ。まだまだやるべきことは山ほどある」


 「ええ、その通りです」 アルフィが力強く頷く。「でも、私たちなら必ずできます。人間とAIが手を取り合えば」


 「ああ、そうだな」


 二人の会話に、エリーゼが加わる。


 「見つけました。こんなところにいたのね」


 「エリーゼ……」


 「みんなが主役を探していますよ」 彼女が微笑む。「でも、あなたらしいわね。華やかな場所より、こういう静かな場所の方が」


 「すまない」


 「謝ることはないわ」 エリーゼがレオンの隣に立つ。「それより、聞いた? 父が新しい政策を提案するそうよ」


 「新しい政策?」


 「『知識共有基本法』。全ての市民に、基礎的な魔法知識へのアクセスを保証する法律」


 レオンとアルフィは顔を見合わせた。


 「それは……素晴らしい」


 「あなたたちが示した道を、制度として確立するの」 エリーゼの瞳が輝く。「もう二度と、才能ある人が不当に扱われることがないように」


 三人は夜景を眺めながら、未来について語り合った。


 やがて、セレナ、マルクス、リリア、カイルも合流する。


 「なんだ、ここにいたのか」 マルクスが呆れたように言う。「主役が消えて、大騒ぎだったぞ」


 「悪い悪い」 レオンが頭を掻く。


 「でも、いいじゃないですか」 リリアが笑う。「私たちらしくて」


 「確かに」 セレナも微笑む。「華やかな舞台より、こうして仲間と語り合う方が性に合っています」


 カイルが真剣な表情で口を開く。


 「皆さん、これからが本番です。今回の勝利で終わりではありません」


 「分かっている」 レオンが頷く。「俺たちにできることを、一つずつやっていくだけだ」


 「その意気です」 アルフィが嬉しそうに言う。「私も全力でサポートします」


 仲間たちは、改めて決意を新たにした。


 知識の解放、人間とAIの共生、そして誰もが才能を発揮できる社会の実現。道のりは長いが、今なら実現できると信じていた。


 「じゃあ、戻ろうか」 レオンが立ち上がる。「みんなが待っているだろうし」


 「そうですね」 エリーゼが腕を組む。「英雄たちの凱旋は、まだ終わっていませんから」


 一行は祝賀会の会場へと戻っていく。


 その背中を、満月が優しく照らしていた。


 統一暦512年、実りの月10日。この日は後に『英雄誕生の日』として、王国の歴史に刻まれることになる。


 しかし、レオンたちにとっては、新たな始まりの日でしかなかった。


 真の変革は、これから始まるのだから――。

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