第59話「危機の深刻化」
王都に平穏が戻って僅か6時間後、新たな警報が鳴り響いた。
「緊急事態発生! 」
ギルド本部の通信員が、青ざめた顔で報告する。
「古代魔獣が王都に直接接近しています! 今度は……3体です! 」
レオン・グレイは緊急召集された作戦司令室で、魔法スクリーンに映る衝撃的な光景を見つめていた。
空中に浮遊する巨大な魔獣が3体。それぞれが異なる形態を持ち、王都を包囲するように配置されている。
「3体同時出現……これは前例がありません」
アルフィの投影像が、緊迫した声で分析結果を報告する。
「しかも、各個体が異なる学習パターンを保有しています。第一体は戦闘学習型、第二体は防御特化型、第三体は……」
「第三体は? 」セレナが息を呑んで尋ねる。
「完全未知型です。これまでのデータに一致する行動パターンがありません」
司令室に重い沈黙が落ちる。
一体の魔獣でも王国最大の危機だったのに、今度は三体が同時に現れた。
「民間人の避難状況は? 」カイル・ウィンザーが問う。
「王都外周部への避難は30%完了」技術部員が報告する。「しかし、魔獣の包囲により、避難ルートが制限されています」
「つまり、多くの住民が王都内に取り残されている」
エリーゼが政治的影響を分析する。
「このまま放置すれば、王国史上最悪の災害になります」
ベルナルド・カスケード部長が絶望的な表情を浮かべる。
「どうすればいいんだ……一体相手でも手こずったのに、三体なんて」
その時、魔法スクリーンの映像が変化した。
三体の魔獣が、互いに魔力で連絡を取り合っている。まるで作戦会議を行っているかのように。
「連携している……」マルクスが戦慄する。
「個体戦闘力の向上だけでなく、集団戦術まで獲得している」
レオンは深く考え込む。
第58話で人間の創造性による成功を収めたが、魔獣はそれすらも学習して、より高度な挑戦を仕掛けてきた。
「俺たちへの『最終試験』だ」
レオンが確信を込めて言う。
「古代魔獣は人類の真の実力を測ろうとしている。個人の力だけでなく、種族全体としての協力能力を」
「でも、どうやって三体同時に対処するの? 」リリアが不安そうに問う。
その時、新たな報告が入る。
「魔獣が王都中心部への攻撃を開始しました! 」
魔法スクリーンに映るのは、王都の象徴的建造物が次々と破壊される光景だった。
ただし、破壊は完全ではない。まるで『警告』のように、部分的な損傷に留められている。
「これは……」アルフィが分析する。
「破壊が目的ではありません。人類の対応能力を試験するための『圧力』です」
「圧力? 」
「はい。段階的に脅威を増大させ、人類がどの時点で『降伏』するか、それとも『立ち向かう』かを測定しています」
レオンの脳裏に、古代記憶が蘇る。
古代文明末期、同様の試験が行われていた。しかし、当時の人類は試験の意味を理解できず、恐怖に支配されて自滅した。
「俺たちは違う」
レオンが立ち上がる。
「恐怖に負けない。最後まで希望を持ち続ける」
しかし、現実は厳しかった。
「レオン、避難民の恐怖と絶望が限界に達しています」エリーゼが報告する。
「『最後の希望』としての君たちへの期待も、重圧になっています」
魔法スクリーンには、避難所で震える人々の姿が映っている。
子供たちが泣き叫び、大人たちが絶望的な表情を浮かべている。
「みんな、俺たちに『奇跡』を期待している」マルクスが重々しく呟く。
「でも、三体同時なんて……」
その重圧に、チーム全体の士気が下がり始める。
これまでの成功は、あくまで一体ずつとの対峙だった。三体同時では、戦術的難易度が指数関数的に増大する。
「無理かもしれない……」リリアが小さく呟く。
「今度ばかりは……」
しかし、レオンは諦めなかった。
「いや、俺たちならできる」
彼の瞳に、揺るぎない決意が宿る。
「これまでの全ての経験が、この瞬間のためにあった」
アルフィが心配そうに問う。
「レオン、具体的な戦略はありますか? 」
「まだない」レオンが正直に答える。「でも、必ず見つける」
第3章で培った仲間との絆、第4章で発見した創造性の力、そして何より――諦めない心。
「みんな、覚悟を決めよう」
レオンが仲間たちを見回す。
「これが俺たちの最大の試練だ。でも、同時に最大のチャンスでもある」
「チャンス? 」セレナが眉を寄せる。
「人類の真の力を証明するチャンスだ」
レオンは窓の外を見る。
三体の魔獣が王都を包囲し、住民たちが恐怖に震えている。
「俺たちが成功すれば、人類は新たな段階に進める」
「失敗すれば……」
「失敗は考えない」
レオンの確信が、仲間たちに伝わっていく。
「俺たちには仲間がいる。信頼し合える仲間が」
アルフィが微笑む。
「レオン、私もあなたと共に戦います」
セレナが頷く。
「理論的には不可能でも、あなたたちの創造性なら……」
マルクス、リリア、エリーゼも、それぞれに決意を固める。
カイルが王族としての威厳を込めて宣言する。
「王国の命運は、君たちに託す」
レオンは深く息を吸う。
これまでで最も困難な挑戦。しかし、それは同時に最も意義深い戦いでもある。
「明日、全てが決まる」
魔法スクリーンの向こうで、三体の魔獣が王都の夜空に君臨している。
しかし、レオンの心に恐怖はなかった。
あるのは、仲間への信頼と、人類への希望だけ。
「最後の戦いが始まる」
三体の古代魔獣vs人類の英知。
運命を決する決戦の夜が、今、始まろうとしていた。
※
王都の夜空で、三つの光が輝いている。
それは破滅の光か、それとも試練の光か。
答えを決めるのは、人類の選択次第。
最後の夜が、静かに更けていく。




