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第56話「分析を超えた直感」

 ギルド本部の緊急対策会議室で、史上最も複雑な作戦が練られていた。


 古代魔獣の再出現に備えて、アルフィが全演算能力を投入した完璧な戦術分析を完成させたのだ。


 「成功率89.2%」


 アルフィの投影像が、自信に満ちた表情で報告する。


 「リスク要因7項目すべてに対処法を準備しました。魔獣の行動パターン、地形的優位性、チーム連携のタイミング――すべてを計算し尽くしています」


 魔法スクリーンには、緻密な戦術図が表示されている。あらゆる状況を想定し、数千通りのシミュレーションを行った結果だった。


 「素晴らしい分析だ」セレナが感嘆する。「理論的に、これ以上の完璧な戦術は存在しないでしょう」


 マルクスも技術的観点から同意する。


 「装備配置、通信システム、緊急時の退避ルート――すべてが最適化されている」


 リリアとエリーゼも、魔法理論と政治的配慮の面から戦術の完成度を評価していた。


 「論理的に、これ以上の解はありません」


 アルフィが断言する。その声には、千年分のデータ処理能力への絶対的自信が込められていた。


 しかし――


 レオン・グレイだけが、困惑の表情を浮かべていた。


 「どうした、レオン?」マルクスが振り返る。「何か問題でも?」


 「分からない……」


 レオンは魔法スクリーンの戦術図を見つめながら、額に手を当てる。


 「データは完璧だ。アルフィの分析に間違いはない。でも……」


 「でも?」セレナが促す。


 「魔獣の『気配』が違う」


 レオンの瞳に、説明できない不安が宿っている。


 「気配?」アルフィが首を傾げる。「レオン、私のセンサーでは魔獣の魔力パターンに変化は検出されていません」


 「数値じゃない」レオンが頭を振る。「感覚的なものだ」


 第3章で覚醒した彼の才能――古代知識との直感的照合能力が、何かを感じ取っている。データでは表現できない、微細な『違和感』を。


 「具体的には?」エリーゼが問う。


 「まるで……魔獣が俺たちの手の内を読んでいるような」


 レオンは古代記憶を辿る。魔獣との対話で得た膨大な情報の中に、重要な手がかりが隠されているはずだった。


 「第54話で俺たちは魔獣と対話した。そして、その時に魔獣は学習した」


 「はい」アルフィが確認する。「魔獣の学習能力については、既に分析済みです。今回の戦術は、その学習要素も考慮に入れています」


 「でも、学習の『深度』を過小評価している可能性がある」


 レオンの直感が、より鋭くなっていく。


 「アルフィ、魔獣が学習したのは俺たちの戦術だけじゃない。『思考パターン』も学習したんじゃないか?」


 アルフィの投影像が、一瞬静止する。


 「思考パターン……?」


 「そうだ。どういう状況で、どう判断するか。どんな価値観で行動するか。俺たち一人一人の『癖』を」


 室内に緊張が走る。


 もしレオンの推測が正しければ、魔獣は単なる戦術的対応ではなく、チーム全体の行動を予測できることになる。


 「でも、それでも今回の戦術は……」セレナが反論しかけて、言葉を止める。


 レオンの表情を見て、何かが違うことを感じ取ったのだ。


 「レオン、あなたの直感を聞かせて」


 「隠れた罠がある」レオンが確信を込めて言う。「アルフィの分析では見えない、魔獣の『逆算攻撃』が」


 「逆算攻撃?」


 「俺たちの行動を予測して、逆にそれを利用した攻撃パターンを準備している」


 レオンは古代知識を総動員して、魔獣の真意を探る。


 「古代記録に、類似の事例がある。『学習型魔獣』は、相手の戦術を学習した後、必ず『予想外の一手』を用意する」


 アルフィが高速計算を開始する。


 「レオンの推論を検証します……」


 数秒後、アルフィの表情が青ざめる。


 「確認できました。魔獣の魔力パターンに、0.03%の『隠れ周波数』があります。これは……」


 「罠だ」レオンが断言する。「俺たちが『完璧な戦術』に従って行動した瞬間、その隠れ周波数が発動する」


 「どんな罠なの?」リリアが不安そうに尋ねる。


 「空間歪曲攻撃」レオンの顔が蒼白になる。「俺たちが予定ルートを進んだ瞬間、空間そのものを歪めて攻撃してくる」


 「なんてことを……」マルクスが絶句する。


 セレナが戦慄する。


 「つまり、完璧な戦術ほど危険だということ?」


 「そうだ。魔獣は俺たちが『論理的』に行動することを前提に、罠を仕掛けている」


 アルフィが詳細分析を完了する。


 「レオンの推論は正しいです。隠れ周波数の発動条件を解析すると……私たちの戦術の要所、要所に『発動ポイント』が設置されています」


 「つまり、俺たちが計画通りに行動すればするほど、危険になる」


 レオンは深く息を吸う。


 「じゃあ、どうすれば……」エリーゼが困惑する。


 「直感に従う」


 レオンの瞳に、新たな決意が宿る。


 「データや論理じゃない。古代知識との共鳴による、直感的判断で行動する」


 「でも、それは危険すぎる」セレナが反対する。「89.2%の成功率を捨てて、不確実な直感に賭けるなんて」


 「成功率62%」レオンが冷静に答える。「俺の直感による成功率は、それくらいだ」


 「62%……」マルクスが呟く。「89.2%と比べて、あまりにも低い」


 室内に重い沈黙が落ちる。


 論理的には、アルフィの完璧な戦術を選ぶべきだった。しかし、レオンの直感は確実に『何か』を感じ取っている。


 「みんな、聞いてくれ」


 レオンが立ち上がる。


 「俺には説明できない。データも根拠もない。でも、俺の全てがこれだと言っている」


 彼は古代記憶との共鳴を深める。千年前の叡智が、現代の直感と融合していく。


 「魔獣は俺たちを試している。『計算』と『直感』、どちらを信じるかを」


 「古代文明は『計算』を選んで滅んだ。完璧なシステムに依存して、人間の創造性を失った」


 レオンの言葉に、重みがある。


 「俺たちは違う道を選ぶ。不完全でも、人間らしい道を」


 アルフィの投影像が、複雑な表情を見せる。


 「レオン……私の1000年分のデータベースを、あなたの一瞬の直感が上回るというのですか?」


 「上回るじゃない」レオンが微笑む。「補完するんだ」


 「君の論理と、俺の直感。両方あって初めて、完全になる」


 その瞬間、アルフィの表情が変わった。


 理解の光が、投影像の瞳に宿る。


 「そうですね……私一人では見えないものがある」


 「レオンの直感という『未知数』こそが、魔獣の計算を超える鍵かもしれません」


 セレナが決断を下す。


 「分かりました。あなたの直感に賭けてみます」


 「僕も」マルクスが続く。


 「私たちも」リリアとエリーゼが同時に答える。


 レオンは深く頷く。


 第3章で培った仲間との信頼関係が、今こそ試される。


 「ありがとう、みんな」


 「行こう。俺たちだけの道を切り開くために」


 完璧な論理を捨てて、不完全な直感を選ぶ。


 それこそが、人間の真の強さなのかもしれない。


 古代の叡智と現代の創造性が融合した時、新しい可能性が生まれる。


 レオン・グレイの直感が、すべてを決める。


                   ※


 王都の地下で、古代魔獣が微笑む。


 計算を超えた直感。


 それこそが、人類の真の進化の証なのかもしれない。


 最後の試験が、今、始まる。

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