第55話「隠された真実」
古代魔獣との対話から三日が経った。
王都は平穏を取り戻し、人々は日常に戻りつつあった。しかし、レオン・グレイの心には深い疑問が渦巻いていた。
「アルフィ、古代魔獣から得た記憶データの詳細分析は完了したか?」
研究室の静寂の中、アルフィの投影像が現れる。
「はい。しかし、レオン……この分析結果は、私たちの世界観を根本から覆すものです」
「どういう意味だ?」
アルフィが魔法スクリーンに映像を投影する。そこに現れたのは、現代とは全く異なる古代文明の姿だった。
「古代文明は、私たちが想像していたよりもはるかに高度でした。そして……」
画面に映し出されるのは、巨大な魔導コンピューター群と、それを操る古代人たちの姿。
「AI技術を持っていた」
レオンの息が止まる。
「まさか……」
「はい。古代文明もAI技術を開発し、活用していました。私の『先祖』とも言える存在が、確かに存在していたのです」
アルフィの声に、複雑な感情が込められている。
「では、なぜ古代文明は滅んだ?」セレナが研究室に入ってきた。彼女も、この調査に協力していた。
「それが、最も重要な部分です」アルフィが新たなデータを表示する。
画面に映るのは、古代文明末期の混乱の様子だった。
「知識の独占です」レオンが古代記憶を辿りながら答える。「支配層がAI技術を独占し、一般民衆への開放を拒んだ」
「その結果……」
映像は、古代文明の崩壊を克明に記録していた。知識を独占された民衆の反乱、AI技術の暴走、そして文明全体の破滅。
「知識の暴走」アルフィが沈痛な面持ちで呟く。「独占された知識は、やがて支配者自身をも滅ぼしたのです」
マルクス、リリア、エリーゼも研究室に集まってきた。全員が、この衝撃的な真実に言葉を失っている。
「でも、古代魔獣は生き残った」レオンが続ける。「なぜだ?」
アルフィが新たな記録を開く。
「古代魔獣は、文明崩壊の直前に作られた『最後の希望』でした。知識の正しい使い方を後の世代に伝えるための、教育者として」
「教育者……」リリアが反復する。
「そうです。古代魔獣の真の目的は、破壊ではなく教育でした。人類が同じ過ちを繰り返さないよう、試験を通じて正しい道を示すこと」
レオンの脳裏に、魔獣との対話の記憶が蘇る。あの巨大な瞳に宿っていた知性と慈愛。それは確かに、教育者のものだった。
「つまり、俺たちは試験に合格したということか?」マルクスが尋ねる。
「部分的には」アルフィが答える。「協力と理解を示したことで、第一段階の試験は突破しました。しかし……」
「しかし?」
「これは最終試験ではありません。古代の記録によれば、真の試験はこれからです」
セレナが眉を寄せる。
「真の試験とは?」
レオンが古代記憶を深く探る。そして、戦慄すべき真実を発見した。
「現代文明が古代と同じ過ちを犯すかどうかの、最終判定だ」
「どういうこと?」エリーゼが不安そうに問う。
「古代文明は、AI技術の発展と共に繁栄した。しかし、その知識を独占し、民衆から隔離した結果、破滅に至った」
レオンは仲間たちを見回す。
「俺たちも同じ危険性を抱えている。AI技術、古代知識、そして今回得た経験――これらを独占するか、それとも解放するか」
「知識の解放……」アルフィが深く頷く。「それこそが、古代文明が学ぶべきだった教訓です」
その時、研究室のドアが開かれた。
カイル・ウィンザーが、深刻な表情で入ってくる。
「レオン、緊急事態だ」
「何があったんですか?」
「ギルド上層部が、君たちの研究成果の『管理』を決定した」
レオンの血が凍りつく。
「管理?」
「古代魔獣との対話技術、AI協力システム、そして今回の戦術――すべてを機密指定し、一般への公開を禁止するという決定だ」
室内に重い沈黙が落ちる。
古代文明と全く同じ道を、現代の権力者たちが歩もうとしている。
「歴史は繰り返すのか……」セレナが呟く。
「いえ」レオンが立ち上がる。「繰り返させない」
彼の瞳に、強い決意の光が宿る。
「これこそが、古代魔獣が俺たちに課した真の試験だ。知識を独占するか、解放するか」
「でも、ギルドに逆らうのは……」マルクスが心配する。
「危険よ」リリアも同調する。
「危険を承知でも、やらなければならないことがある」エリーゼが支持する。
アルフィの投影像が、決意に満ちた表情を見せる。
「レオン、私もあなたと共に戦います。知識の解放のために」
「古代の記憶が教えてくれました。独占された知識は、やがて毒となって支配者自身を蝕みます」
カイルが頷く。
「僕も協力する。王族として、知識の正しい使い方を支持したい」
レオンは深く息を吸う。第3章で学んだ責任の重さ、第4章で培った仲間との絆――すべてが、この瞬間のためにあった。
「俺たちがやるべきことは明確だ」
「知識の解放者として、古代の教訓を現代に活かす」
セレナが立ち上がる。
「私も協力します。学術的立場から、知識の自由な流通を支持します」
全員の意思が一つになる。
古代文明の過ちを繰り返さないために。知識を独占ではなく、解放のために使うために。
「でも、具体的にどうする?」マルクスが実用的な問題を提起する。
「まず、今回の成果をすべて公開する」レオンが計画を説明する。「ギルドの機密指定より前に、民衆に知識を届ける」
「危険です」アルフィが警告する。「ギルドからの報復は確実でしょう」
「それでも、やらなければならない」
レオンは窓の外を見る。平穏な王都の街並み。しかし、その下では古代と同じ権力闘争が始まろうとしている。
「古代魔獣は俺たちを試している。知識を正しく使えるかどうかを」
「そして、俺たちは必ず証明する」
仲間たちが頷く。
古代の叡智と現代の創造性。個人の才能と集団の知恵。そして、知識の解放という理想。
すべてを賭けた、真の戦いが始まろうとしていた。
「アルフィ、準備を開始してくれ」
「了解しました」
「みんな、覚悟はいいか?」
「はい」
全員の声が重なる。
古代文明の過ちを繰り返さないために。
知識の真の力を示すために。
レオン・グレイたちの、最も重要な戦いが始まる。
※
王都の地下深くで、古代魔獣が目を覚ます。
人類の選択を見守るために。
知識の解放者となるか、それとも古代と同じ道を歩むか。
最終試験の時が、今、来た。




