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第53話「知恵の結集」

 王都図書館の特別研究室は、異様な緊張感に包まれていた。


 新たに編成されたチームが、古代魔獣への対処法を模索している。時間は刻一刻と過ぎ、魔獣は王都中心部への接近を続けていた。


 「アルフィ、1000年分の気象・地質データとの相関分析は? 」


 レオンが問いかけると、空中に膨大なグラフが展開される。


 「完了しました」アルフィの声に集中の跡が窺える。「古代魔獣の出現には、明確な周期性があります。約千年間隔で、地殻変動と魔力波動が同期するタイミング」


 「つまり、自然現象の一部? 」セレナが眉を寄せる。


 「いえ」レオンが古代文献を参照しながら答える。「自然現象を『利用』している。この印は……警告だ」


 彼が指差すのは、古代魔導書の一節だった。複雑な魔法陣の中央に、古代文字で刻まれた警告文。


 「『汝らの知恵を試さん。愚かなれば滅び、賢きなれば栄えん』」


 セレナが古代文字を読み上げる。


 「やはり試験だ」レオンが確信を深める。「魔獣は破壊者じゃない。審判者なんだ」


 その時、マルクスが技術的データを持参して駆け込んできた。


 「大変だ! 魔獣の魔力出力パターンを分析したんだが……」


 彼が示すデータに、全員が息を呑む。


 「これは……」リリアが震え声で呟く。


 魔獣の魔力出力は、単純な破壊エネルギーではなかった。複雑な波形パターンが、まるで『言語』のように組み合わされている。


 「魔獣は俺たちに何かを伝えようとしている」


 「でも、この複雑さ……」セレナが困惑する。「現代魔法理論では解読不可能よ」


 レオンは古代知識を総動員して、パターンの解析を試みる。第3章で覚醒した才能が、フル稼働していた。


 「この周波数帯域……古代文献で見覚えがある」


 彼の直感的解釈が、徐々に形を成していく。


 「『調和』を求めている。破壊的な力と創造的な力の、調和を」


 アルフィが興奮したように反応する。


 「レオン! その解釈を数値化してみます」


 数秒間の高速計算の後、驚くべき結果が表示された。


 「調和理論で魔獣のパターンを分析すると……85%の一致率です」


 「85%……」セレナが驚愕する。「そんな高い一致率が偶然のはずがない」


 その瞬間、三者の知識が化学反応を起こした。


 レオンの古代知識、アルフィの1000年分のデータ、セレナの現代魔法理論。それらが組み合わさった瞬間――


 「分かった! 」


 レオンが立ち上がる。


 「魔獣の行動パターンが見えた。基本行動の85%を予測できる」


 魔法スクリーンに、予測モデルが表示される。魔獣の移動ルート、攻撃パターン、そして――


 「休息ポイント」セレナが指摘する。「魔獣にも、エネルギー回復が必要な瞬間がある」


 「その隙に接触を試みる」レオンが戦略を練る。


 しかし、アルフィが警告を発する。


 「注意してください。この予測には、重要な『未知数』があります」


 「未知数? 」


 「魔獣は学習・進化能力を持っています。俺たちの手の内を読み、対策を立ててくる可能性があります」


 沈黙が流れる。完璧に見えた戦略に、致命的な穴があった。


 「つまり、一度きりのチャンスということか」マルクスが重々しく呟く。


 「失敗すれば、次はない」


 その時、エリーゼが部屋に駆け込んできた。


 「大変よ! 魔獣が王都中央区に到達する。住民避難が完了していない地区がまだ……」


 時間切れが迫っている。


 レオンは決断を迫られた。不完全な戦略でも、実行するしかない。


 「でも、データだけじゃ見えないものがある」


 彼は第3章で学んだ教訓を思い出す。数値では表せない、人間の直感の価値。


 「アルフィ、君の分析は完璧だ。でも、俺には『感じる』ことができる」


 「感じる……? 」


 「魔獣の『気持ち』だ。千年間眠っていた存在が、今何を求めているのか」


 レオンの瞳に、確信の光が宿る。


 「魔獣は孤独だった。千年間、一人で人類を見守り続けていた。そして今、俺たちに問いかけている」


 「何を? 」セレナが身を乗り出す。


 「『君たちは、古代の過ちを繰り返すのか? 』と」


 古代文明は知識を独占し、それによって滅んだ。魔獣は、人類が同じ道を歩むかどうかを試している。


 「だから、俺たちが証明する必要がある」レオンが立ち上がる。「知識は独占するものじゃない。共有し、協力することで、より大きな力になることを」


 アルフィの投影像が、理解の表情を見せる。


 「レオンの分析を、私の論理と統合します」


 新たな予測モデルが生成される。今度は、魔獣の『感情』も考慮に入れた、より人間的なアプローチだった。


 「これなら……」セレナが息を呑む。「成功の可能性が見える」


 三者の知恵が完全に融合した瞬間だった。


 古代の叡智、現代の技術、そして人間の直感。それらが一つになって、新しい可能性を生み出している。


 「奴は俺たちの手の内を学習している」レオンが魔法スクリーンの魔獣を見つめる。「でも、それは『敵対』のためじゃない。『理解』のためだ」


 魔獣の巨大な瞳に、知性の光が宿っているのが見えた。まるで、人類の答えを待っているかのように。


 「行こう」レオンが仲間たちを振り返る。「魔獣との対話に」


 「危険です」マルクスが反対する。


 「でも、他に道はない」エリーゼが支持する。「既存の戦術では限界があることは、もう証明された」


 セレナが立ち上がる。


 「私も行きます。この目で確かめたい、あなたたちの『統合的アプローチ』を」


 カイル・ウィンザーも頷く。


 「仲裁者として、お役に立てるかもしれません」


 全員の意思が一つになる。


 古代の叡智と現代の創造性。理論と直感。個人の才能と集団の知恵。


 すべてを融合させた、人類史上初の試みが始まろうとしていた。


 「アルフィ、最終確認を」


 「了解しました」


 魔法スクリーンに、最終戦略が表示される。


 「魔獣接触予定地点:王都中央広場」


 「推定成功率:67%」


 「ただし……」アルフィが付け加える。「これは単なる数値です。本当の成功は、レオンの言う『心の通じ合い』にかかっています」


 レオンは微笑む。


 「それで十分だ」


 研究室を出る前に、レオンは振り返った。


 「今日、俺たちは歴史を作る」


 古代と現代、個人と集団、論理と直感――すべての境界を超えて。


 真の知恵の力を示すために。


                   ※


 王都中央広場で、古代の存在が待っている。


 千年前の問いかけに、現代の人類はどう答えるのか。


 知恵の結集による、運命の対話が始まろうとしていた。


 すべては、この瞬間のために。

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