表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/90

第52話「既存体制の限界」

 ギルド本部の作戦司令室は、完全な混乱状態にあった。


 「第五隊も撤退! 」


 「魔法防壁、全て突破されました! 」


 「民間避難、完了まであと3時間! 」


 報告が飛び交う中、ベルナルド・カスケード部長の顔は蒼白だった。王国最高の戦力を投入しても、古代魔獣には傷一つつけられない。


 「どうして……どうして効かないんだ」


 彼の呟きに、誰も答えられなかった。


 レオンは作戦司令室の隅で、アルフィと共に状況を分析していた。魔法スクリーンには、ギルド軍の惨状が映し出されている。


 「アルフィ、過去10年のギルドの危機対応データを分析してくれ」


 「実行します」


 数秒後、冷徹な分析結果が表示される。


 「成功率23%」アルフィが淡々と告げる。「ギルドの危機対応は、4回に3回失敗しています」


 レオンの眉が寄る。思った以上に低い数値だった。


 「失敗の主な要因は?」


 「組織内の情報伝達遅延が47%、意思決定者の判断ミスが31%、現場と上層部の認識乖離が22%」


 「つまり、組織として機能していない」


 マルクスが苦々しく呟く。彼もデータを見ていた。


 「でも、ギルドは王国最高の組織のはずよ」リリアが困惑する。


 「だからこそ、問題なんだ」


 エリーゼが鋭く指摘する。


 「権威に安住して、実際の危機対応能力が低下している」


 その時、セレナ・エーデルハイトが近づいてきた。


 「レオン、あなたの分析は正しい」


 彼女の表情は、いつもの自信に満ちたものではなく、困惑と焦りが混じっていた。


 「私たちの学術的アプローチも、完全に無力でした。理論上完璧な戦術でも、実際の古代魔獣には通用しない」


 「それが現実だ」レオンが頷く。「既存の枠組みでは、対処できない問題がある」


 作戦司令室の中央で、ギルド幹部たちが激しい議論を交わしている。


 「魔導兵器を使うべきだ!」


 「危険すぎる! 王都が吹き飛ぶぞ! 」


 「では他にどんな手が……」


 「古代魔法の研究資料はないのか?」


 「そんなものに頼るなど……」


 責任の押し付け合い、現実逃避、そして無駄な権威争い。緊急事態にもかかわらず、建設的な議論は皆無だった。


 「見てください」アルフィが新たな分析を表示する。「現在進行中の作戦会議の効率性を測定しました」


 数値が示すのは、惨憺たる結果だった。


 「情報処理速度:基準値の0.3倍。意思決定速度:基準値の0.1倍。実行可能な提案数:ゼロ」


 「これでは何も解決しない」セレナが歯噛みする。


 レオンは立ち上がった。第3章で培った経験が、今こそ活かされる時だった。


 「みんな、聞いてくれ」


 作戦司令室の喧騒が、徐々に静まる。


 「今の議論では、魔獣に対処できない。組織構造そのものに問題がある」


 カスケード部長が振り返る。


 「どういう意味だ?」


 「人事データ、意思決定フロー、情報伝達経路――すべてを分析した結果です」


 レオンは、第3章で身につけた人間観察力を発揮する。誰が実権を握り、誰が責任逃れを考えているか。その複雑な力学が、手に取るように分かった。


 「この緊急事態でも、派閥争いと保身が最優先されている。それでは勝てません」


 幹部の一人が憤然と立ち上がる。


 「君は何様のつもりだ! ギルドの運営に口出しするなど……」


 「では、結果を出してください」


 レオンの声に、迷いはなかった。


 「魔獣に有効な一手でも示せますか?」


 沈黙が流れる。誰も答えられなかった。


 その時、カイル・ウィンザーが進み出た。


 「レオン・グレイの提案を聞きたい」


 王族の発言に、室内の空気が変わる。


 「新しい組織体制を提案します」レオンが魔法スクリーンを操作する。「効率的チーム編成による危機対応システムです」


 画面に映し出されたのは、従来とは全く異なる組織図だった。


 「従来の縦割り組織ではなく、専門性に基づく横断的チーム」


 「具体的には?」セレナが身を乗り出す。


 「アルフィによる情報統合、俺の古代知識照合、セレナさんの理論的検証、マルクスの技術実装、リリアの魔法理論、エリーゼの政治的調整」


 「各自の専門性を最大限活かし、意思決定の迅速化を図る」


 アルフィが補足する。


 「このシステムなら、情報処理速度は現在の2.3倍、意思決定速度は4.1倍になります」


 幹部たちがざわめく。理論的には完璧だが、既存の権力構造を根本から覆す提案だった。


 「そんな……我々の立場は……」


 「立場より、王国の安全が優先でしょう」エリーゼが冷静に指摘する。


 カイルが決断を下す。


 「レオン・グレイの提案を採用する。緊急時における特別編成として」


 「しかし、殿下……」


 「異論は後で聞く。今は一刻を争う」


 カイルの威厳ある声に、反対意見は封じられた。


 「では、早速実行しよう」レオンが振り返る。「まず、古代文献からの戦術研究開始」


 新しいチームが動き始める。


 アルフィは瞬時に膨大なデータを統合し、レオンは古代知識との照合を行う。セレナは理論的検証を担当し、マルクスとリリアが技術的実装を検討する。


 わずか30分で、従来なら半日かかる分析が完了した。


 「効果は実証された」カスケード部長が驚愕する。「この効率性は……」


 「でも、理論だけでは魔獣には勝てない」レオンが現実を見据える。


 魔法スクリーンには、依然として王都に君臨する古代魔獣の姿があった。巨大な存在は、まるで人類の対応を観察しているかのように、静かに佇んでいる。


 「実際の対処法は見つかったのか?」セレナが問う。


 「古代文献に、興味深い記述がある」レオンが古代知識を検索する。「『魔獣は力では倒せず、理解によってのみ鎮まる』」


 「理解……」アルフィが反復する。


 「でも、どうやって理解するの?」リリアが不安そうに尋ねる。


 レオンは魔獣の映像を見つめる。その巨大な瞳に、知性の光が宿っているのを感じた。


 「直接対話しかない」


 「危険すぎる」マルクスが反対する。


 「でも、他に道はない」エリーゼが支持する。「既存の戦術では限界があることは明らかよ」


 その時、新たな報告が入る。


 「魔獣が移動を開始しました! 王都中心部に向かっています! 」


 緊迫感が室内を支配する。


 「避難完了まで、あと2時間……」


 「間に合わない」カスケード部長が絶望する。


 レオンは決断を固める。


 「行こう。魔獣との対話に」


 「私も行きます」セレナが宣言する。


 「僕も」カイルが続く。


 「俺たちも」マルクス、リリア、エリーゼが同時に答える。


 新しい組織体制での初の実戦。従来の枠組みを超えた挑戦が、今始まろうとしていた。


 「みんな、覚悟はいいか?」


 「はい」


 全員の声が重なる。


 魔法スクリーンの向こうで、古代魔獣が王都の街並みを歩いている。一歩ごとに地面が揺れ、建物の窓ガラスが震える。


 しかし、その動きに無駄な破壊はなかった。まるで、何かを探しているかのように。


 「魔獣は俺たちを待っている」レオンが確信する。


 「対話の相手を」


 新しいチーム、新しいアプローチ、そして新しい可能性。


 既存体制の限界を超えて、人類の未来を切り開く戦いが始まる。


                   ※


 王都の街角で、古代の存在が歩いている。


 千年前の知恵と、現代の創造性。


 その融合こそが、この危機を乗り越える鍵になるのかもしれない。


 新たな組織、新たな戦略での挑戦が、今、始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ