第52話「既存体制の限界」
ギルド本部の作戦司令室は、完全な混乱状態にあった。
「第五隊も撤退! 」
「魔法防壁、全て突破されました! 」
「民間避難、完了まであと3時間! 」
報告が飛び交う中、ベルナルド・カスケード部長の顔は蒼白だった。王国最高の戦力を投入しても、古代魔獣には傷一つつけられない。
「どうして……どうして効かないんだ」
彼の呟きに、誰も答えられなかった。
レオンは作戦司令室の隅で、アルフィと共に状況を分析していた。魔法スクリーンには、ギルド軍の惨状が映し出されている。
「アルフィ、過去10年のギルドの危機対応データを分析してくれ」
「実行します」
数秒後、冷徹な分析結果が表示される。
「成功率23%」アルフィが淡々と告げる。「ギルドの危機対応は、4回に3回失敗しています」
レオンの眉が寄る。思った以上に低い数値だった。
「失敗の主な要因は?」
「組織内の情報伝達遅延が47%、意思決定者の判断ミスが31%、現場と上層部の認識乖離が22%」
「つまり、組織として機能していない」
マルクスが苦々しく呟く。彼もデータを見ていた。
「でも、ギルドは王国最高の組織のはずよ」リリアが困惑する。
「だからこそ、問題なんだ」
エリーゼが鋭く指摘する。
「権威に安住して、実際の危機対応能力が低下している」
その時、セレナ・エーデルハイトが近づいてきた。
「レオン、あなたの分析は正しい」
彼女の表情は、いつもの自信に満ちたものではなく、困惑と焦りが混じっていた。
「私たちの学術的アプローチも、完全に無力でした。理論上完璧な戦術でも、実際の古代魔獣には通用しない」
「それが現実だ」レオンが頷く。「既存の枠組みでは、対処できない問題がある」
作戦司令室の中央で、ギルド幹部たちが激しい議論を交わしている。
「魔導兵器を使うべきだ!」
「危険すぎる! 王都が吹き飛ぶぞ! 」
「では他にどんな手が……」
「古代魔法の研究資料はないのか?」
「そんなものに頼るなど……」
責任の押し付け合い、現実逃避、そして無駄な権威争い。緊急事態にもかかわらず、建設的な議論は皆無だった。
「見てください」アルフィが新たな分析を表示する。「現在進行中の作戦会議の効率性を測定しました」
数値が示すのは、惨憺たる結果だった。
「情報処理速度:基準値の0.3倍。意思決定速度:基準値の0.1倍。実行可能な提案数:ゼロ」
「これでは何も解決しない」セレナが歯噛みする。
レオンは立ち上がった。第3章で培った経験が、今こそ活かされる時だった。
「みんな、聞いてくれ」
作戦司令室の喧騒が、徐々に静まる。
「今の議論では、魔獣に対処できない。組織構造そのものに問題がある」
カスケード部長が振り返る。
「どういう意味だ?」
「人事データ、意思決定フロー、情報伝達経路――すべてを分析した結果です」
レオンは、第3章で身につけた人間観察力を発揮する。誰が実権を握り、誰が責任逃れを考えているか。その複雑な力学が、手に取るように分かった。
「この緊急事態でも、派閥争いと保身が最優先されている。それでは勝てません」
幹部の一人が憤然と立ち上がる。
「君は何様のつもりだ! ギルドの運営に口出しするなど……」
「では、結果を出してください」
レオンの声に、迷いはなかった。
「魔獣に有効な一手でも示せますか?」
沈黙が流れる。誰も答えられなかった。
その時、カイル・ウィンザーが進み出た。
「レオン・グレイの提案を聞きたい」
王族の発言に、室内の空気が変わる。
「新しい組織体制を提案します」レオンが魔法スクリーンを操作する。「効率的チーム編成による危機対応システムです」
画面に映し出されたのは、従来とは全く異なる組織図だった。
「従来の縦割り組織ではなく、専門性に基づく横断的チーム」
「具体的には?」セレナが身を乗り出す。
「アルフィによる情報統合、俺の古代知識照合、セレナさんの理論的検証、マルクスの技術実装、リリアの魔法理論、エリーゼの政治的調整」
「各自の専門性を最大限活かし、意思決定の迅速化を図る」
アルフィが補足する。
「このシステムなら、情報処理速度は現在の2.3倍、意思決定速度は4.1倍になります」
幹部たちがざわめく。理論的には完璧だが、既存の権力構造を根本から覆す提案だった。
「そんな……我々の立場は……」
「立場より、王国の安全が優先でしょう」エリーゼが冷静に指摘する。
カイルが決断を下す。
「レオン・グレイの提案を採用する。緊急時における特別編成として」
「しかし、殿下……」
「異論は後で聞く。今は一刻を争う」
カイルの威厳ある声に、反対意見は封じられた。
「では、早速実行しよう」レオンが振り返る。「まず、古代文献からの戦術研究開始」
新しいチームが動き始める。
アルフィは瞬時に膨大なデータを統合し、レオンは古代知識との照合を行う。セレナは理論的検証を担当し、マルクスとリリアが技術的実装を検討する。
わずか30分で、従来なら半日かかる分析が完了した。
「効果は実証された」カスケード部長が驚愕する。「この効率性は……」
「でも、理論だけでは魔獣には勝てない」レオンが現実を見据える。
魔法スクリーンには、依然として王都に君臨する古代魔獣の姿があった。巨大な存在は、まるで人類の対応を観察しているかのように、静かに佇んでいる。
「実際の対処法は見つかったのか?」セレナが問う。
「古代文献に、興味深い記述がある」レオンが古代知識を検索する。「『魔獣は力では倒せず、理解によってのみ鎮まる』」
「理解……」アルフィが反復する。
「でも、どうやって理解するの?」リリアが不安そうに尋ねる。
レオンは魔獣の映像を見つめる。その巨大な瞳に、知性の光が宿っているのを感じた。
「直接対話しかない」
「危険すぎる」マルクスが反対する。
「でも、他に道はない」エリーゼが支持する。「既存の戦術では限界があることは明らかよ」
その時、新たな報告が入る。
「魔獣が移動を開始しました! 王都中心部に向かっています! 」
緊迫感が室内を支配する。
「避難完了まで、あと2時間……」
「間に合わない」カスケード部長が絶望する。
レオンは決断を固める。
「行こう。魔獣との対話に」
「私も行きます」セレナが宣言する。
「僕も」カイルが続く。
「俺たちも」マルクス、リリア、エリーゼが同時に答える。
新しい組織体制での初の実戦。従来の枠組みを超えた挑戦が、今始まろうとしていた。
「みんな、覚悟はいいか?」
「はい」
全員の声が重なる。
魔法スクリーンの向こうで、古代魔獣が王都の街並みを歩いている。一歩ごとに地面が揺れ、建物の窓ガラスが震える。
しかし、その動きに無駄な破壊はなかった。まるで、何かを探しているかのように。
「魔獣は俺たちを待っている」レオンが確信する。
「対話の相手を」
新しいチーム、新しいアプローチ、そして新しい可能性。
既存体制の限界を超えて、人類の未来を切り開く戦いが始まる。
※
王都の街角で、古代の存在が歩いている。
千年前の知恵と、現代の創造性。
その融合こそが、この危機を乗り越える鍵になるのかもしれない。
新たな組織、新たな戦略での挑戦が、今、始まる。




