第51話「古代魔獣の覚醒」
ギルド本部の緊急会議室は、かつてない緊迫感に包まれていた。
「データを見ろ! 」
ギルド幹部のベルナルド・カスケード部長が、震え声で叫んだ。巨大な魔法スクリーンに映し出されているのは、王都地下からの異常な魔力反応だった。
「魔力測定値が、基準値の300%を突破しています」
技術部の職員が青ざめた顔で報告する。
レオンは仲間たちと共に、会議室の後方に座っていた。72時間前に警告していた事態が、遂に現実となったのだ。
「レオン・グレイ」
カスケード部長が振り返る。
「君が報告した『古代魔獣の覚醒』とは、これのことか? 」
「はい」レオンは立ち上がる。「古代文献との照合により、予測していた事態です」
会議室にざわめきが走る。多くの幹部たちが、レオンを訝しげに見つめた。
「馬鹿な」別の幹部が鼻で笑う。「古代魔獣など、おとぎ話の産物だ」
その時――
ドォォォォォン
王都全体を揺るがす、巨大な地鳴りが響いた。
会議室の窓ガラスが振動し、天井から細かな塵が舞い落ちる。魔法照明が明滅を繰り返した。
「何だ、今の音は! 」
「地震か? 」
「いえ!」技術部の職員が慌てて報告する。「王都中央広場の地面が、隆起しています!」
緊急映像が魔法スクリーンに映し出される。
王都の象徴である中央広場。その石畳が、内側から押し上げられるように盛り上がっている。亀裂が走り、噴水の水が宙に舞った。
人々が逃げ惑う姿が、小さく映っている。
「避難指示を!」カスケード部長が叫ぶ。
「既に発令済みです! しかし……」
次の瞬間、すべてが変わった。
石畳が爆発的に砕け散り、地下深くから『それ』が姿を現した。
体長30メートルを超える巨大な龍のような生物。しかし、その身体は半透明の青い光で構成されており、物質と魔力の中間的な存在だった。
頭部には複数の触手のような器官があり、そこから強烈な魔力波が放射されている。
「古代魔獣……」
レオンが息を呑む。古代文献で見た記述と、完全に一致していた。
魔獣が咆哮を上げる。
ギィィィィィィン
金属を引き裂くような音波が王都に響き渡り、すべての魔法装置が一時的に停止した。会議室の照明も消え、緊急用の魔導石だけが薄暗い光を放つ。
「ギルド正規軍、即座に出動!」カスケード部長の声が響く。
しかし――
「部長! 正規軍第一隊が魔獣に接触しましたが……」
通信役の職員の顔が蒼白になる。
「どうした?」
「一瞬で、全滅です」
会議室に死のような静寂が落ちる。
王国最強を誇るギルド正規軍が、一瞬で壊滅したのだ。
魔法スクリーンに映る映像は、想像を絶する光景だった。魔獣が触手を振るうたび、空間そのものが歪み、魔法攻撃は意味をなさない。
「第二隊、第三隊も……」
「だめです! 魔獣の周囲に結界が展開されています。物理攻撃も魔法攻撃も、完全に無効化されています」
「そんな……」
ギルド最高戦力でも太刀打ちできない。王国建国以来、最大の危機だった。
「民間人の避難状況は?」
「王都外周部への避難は50%完了。しかし、魔獣が移動を開始した場合……」
職員の言葉が途切れる。誰もが理解していた。この巨大な存在から逃げ切れる場所など、存在しないのだと。
レオンは隣に座るアルフィの投影像を見る。
「アルフィ、古代文献の記述では、魔獣の行動パターンは?」
「分析中です」アルフィの表情に、深刻さが刻まれている。「しかし、レオン……これは単なる破壊者ではありません」
「どういう意味だ?」
「魔獣の行動に、明確な目的性があります。ランダムな破壊ではなく、何かを『探している』ように見えます」
レオンの脳裏に、古代魔導書の一節が蘇る。
『古代魔獣は破壊者にあらず。汝らの答えを求む試験官なり』
「試験……」レオンが呟く。
「何だって?」マルクスが振り返る。
「古代魔獣は、俺たちを試している。古代文明と同じ過ちを犯すか、それとも新しい道を見つけられるかを」
その時、会議室のドアが勢いよく開かれた。
「緊急事態です! 」
現れたのは、カイル・ウィンザーと、その後ろにいるセレナ・エーデルハイトだった。
「セレナ……」レオンが驚く。
第3章での思想的対立以来、直接顔を合わせるのは久しぶりだった。
「レオン・グレイ」セレナが真剣な表情で近づく。「今は個人的な対立を脇に置く時です」
「同感だ」レオンが頷く。「王国の危機の前では……」
「私たちの学術的アプローチでも、魔獣に対処できませんでした」セレナが率直に認める。「あなたの『直感的理解』の力が必要です」
これは、セレナにとって大きな譲歩だった。彼女の思想である「学術的手法至上主義」を、部分的に否定することになるからだ。
「分かった」レオンが手を差し出す。「協力しよう」
セレナがその手を握り返す。
カイルが安堵の表情を見せる。
「それで、具体的にどうする?」マルクスが問う。
レオンは魔法スクリーンの映像を見つめる。魔獣は中央広場に留まり、何かを待っているように見えた。
「まず、魔獣の真の目的を理解する必要がある」
「目的?」セレナが眉を寄せる。「破壊以外に何があるというの?」
「古代文献によれば、魔獣は『試験官』だ。俺たちが知識をどう扱うかを試している」
アルフィが新たな分析結果を投影する。
「レオンの推論を支持するデータがあります。魔獣の破壊活動は、明らかに制限されています。本気で王都を滅ぼそうとすれば、既に可能なはずです」
「つまり、俺たちの出方を待っている」
「でも、どうやって『正解』を示すんだ?」リリアが不安そうに問う。
レオンは深く息を吸う。第3章で学んだ教訓を思い出しながら。
「知識の力を、正しく使うことだ。独占ではなく、解放。支配ではなく、理解」
カスケード部長が近づいてくる。
「レオン・グレイ、君に任せる。ギルドの全権を与える」
「ありがとうございます」
レオンは仲間たちを見回す。マルクス、リリア、エリーゼ、そしてアルフィ。第3章で築いた絆が、今こそ試される。
「みんな、行こう」
「魔獣に直接?」エリーゼが目を見開く。
「そうだ。対話するために」
セレナが驚愕の表情を見せる。
「対話? 魔獣と? 」
「古代文献には記述がある。『魔獣は言葉を理解し、心を読む』と」
レオンは立ち上がる。窓の外では、魔獣が静かに佇んでいる。まるで、彼らの決断を待っているかのように。
「危険すぎる」カスケード部長が反対する。
「でも、他に道はありません」アルフィが支持する。「既存の戦術では、魔獣に対処できないことは明らかです」
「私も行きます」セレナが宣言する。
「セレナ……」
「学術的アプローチだけでは限界があることを、認めざるを得ません。あなたの方法を、この目で確かめたい」
レオンは微笑む。思想的対立を超えた協力――これこそが、古代魔獣が求めている答えかもしれない。
「カイルさんも」
「もちろんです」カイルが頷く。「仲裁者として、お役に立てれば」
一行は会議室を出る。廊下の窓から見える王都は、避難によってほとんど無人となっていた。
しかし、その中心で古代魔獣が待っている。
千年の時を超えて現れた存在との対話。
人類の未来を決める、運命の出会いが始まろうとしていた。
「みんな、覚悟はいいか?」
「はい」
全員の声が重なる。
魔獣の咆哮が、再び王都に響く。
しかし今度は、その音に敵意は感じられなかった。
まるで、『来い』と呼んでいるかのように。
※
王都中央広場に、古代の存在が待っている。
千年前の文明が遺した、最後の試験。
人類は正しい答えを見つけられるのか。
それとも、古代と同じ道を歩むのか。
運命の時が、今、始まる。




