第5話「今後への布石」
「レオン・グレイ、お前を殺すつもりだった」
突然の告白に、俺は手にしていた新しいギルドカードを落としそうになった。目の前に立つ男――茶色の髪と人懐っこい笑顔の青年は、今は苦い表情を浮かべている。
「一週間前、お前が実技試験で圧倒的な力を見せた時、俺は本気でお前を消そうと考えた。男のくせに、俺より優秀だなんて許せなかった」
王立魔術師ギルドの地下執務室。俺の復帰初日に、いきなり殺意の告白とは。
「でも、今は違う」
男が続ける。
「俺はマルクス・ヴァイス。お前と同じように、今の腐ったシステムに苦しんでいる男だ」
『警戒は必要ですが、敵意は感じません』
アルフィの分析が頭に響く。俺は慎重に口を開いた。
「なぜ、考えを変えた?」
「お前の実技を見て理解したんだ」
マルクスが拳を握る。
「問題は男とか女とかじゃない。実力が正当に評価されないシステムそのものが狂ってる」
「証明してみせてくれ」
マルクスが突然、魔法陣を展開した。青い魔力が部屋に充満する。
「俺の術式の欠陥を見抜けるか? お前が本当に優秀なら、できるはずだ」
挑戦的な笑み。しかし、その裏には切実な期待が隠れている。
俺は集中した。マルクスの魔力の流れを観察する。第一層、第二層……そして第三層で、俺は違和感を感じた。
「第三層で無駄な循環が起きている」
俺は指摘した。
「右手を3センチ下げて、魔力供給を0.8倍に」
マルクスが半信半疑で調整する。その瞬間――
「すげぇ!」
魔法陣が劇的に変化した。効率が40%も向上している。マルクスの目が輝いた。
「本物だ……お前は本物の天才だ」
「いや、ただ観察しただけで――」
「謙遜はいらない」
マルクスが俺の肩を掴む。
「俺は一般出身だから、どんなに頑張っても上層部には上がれない。でも、お前となら……」
彼の声が震えている。長年の悔しさと、新たな希望が入り混じっていた。
その時、執務室の扉が勢いよく開いた。エリーゼが血相を変えて飛び込んでくる。
「レオン! マルクス! 大変なことが――」
彼女の顔は真っ青だった。いつもの冷静さが完全に失われている。
「落ち着いて」
俺が声をかける。
「何があった?」
「リ、リリアが……」
エリーゼが震える声で言った。
「リリア・シュタインが襲われた」
「なんだって!?」
マルクスが立ち上がる。
エリーゼが息を整えながら説明する。
「さっき、研究棟の廊下で血まみれで倒れているのが発見されました……まだ意識がありません」
『緊急事態です』
アルフィが警告する。
『組織的な攻撃の可能性があります』
「誰がやった?」
俺は拳を握りしめた。
「分からない。でも……」
エリーゼが震える手で紙片を差し出した。
「リリアの側にこれが」
血文字で書かれたメッセージ。
『男と組む裏切り者に死を』
マルクスの顔が青ざめる。
「俺たちを狙ってるのか……?」
「私の家族が激怒している」
エリーゼが苦しそうに言った。
「『ローゼン家の娘が追放された男と手を組むなど言語道断』だって。でも、まさかここまでするなんて……」
彼女は一瞬言葉を切った。
「でも、父は知らないのです。300年前の『魔導女王エリザベスの大改革』の真実を」
「真実?」
「表向きは男性貴族の横暴に対する正義の革命とされていますが……実際は、女性貴族たちが権力を奪うために仕組んだクーデターだったという説があります。私は古い文献を調べて、その証拠を見つけました」
俺は、エリーゼの立場の難しさを改めて実感した。
「もし、ご家族との関係に支障が出るなら……」
「いえ」
エリーゼが振り返る。
「私は自分の信念を曲げるつもりはありません。たとえ家族と対立することになっても」
彼女の瞳に、強い決意の光が宿っている。
「ただ、このことで皆さんにご迷惑をおかけするかもしれません。父は政治的影響力を使って、私たちの活動を妨害しようとするでしょう」
彼女は苦笑いを浮かべた。
「皮肉なものです。300年前の女性たちが権力を得るために作り上げたシステムが、今では真の改革を阻む最大の障壁になっている」
『興味深い歴史的視点です。権力構造は時代とともに硬直化し、本来の目的を見失うものです』
アルフィの分析が頭に響く。
「それでも、やるしかない」
俺は断言した。
「俺たちが諦めたら、何も変わらない。困難があっても、前に進み続けるしかないんです」
エリーゼが微笑む。
「ありがとうございます。心強いです」
執務室に戻った俺たちは、重い沈黙に包まれていた。
「奴らは本気だ」
マルクスが拳を握る。
「見せしめにリリアを……」
「でも、ここで退いたら彼らの思う壺です」
エリーゼが唇を噛む。
『警戒レベルを最大に引き上げます』
アルフィが警告する。
『次は確実に殺しに来るでしょう』
俺は窓の外を見た。平和に見える王都の風景。しかし、その裏では既に血なまぐさい戦いが始まっている。
力を手に入れる代償……それは仲間を危険に晒すことなのか?
いや、違う。俺が力を持たなければ、彼らはもっと虐げられていた。問題は、この力をどう使うかだ。
「明日から、護衛をつけます」
俺は決断した。
「全員に」
「でも、それでは活動に支障が……」
マルクスが心配そうに言う。
「命あっての物種です」
俺は断言した。
「まずは身を守りながら、奴らの正体を暴く」
その時、執務室の扉が再び開いた。
「緊急報告!」
飛び込んできた伝令の顔は青ざめていた。
「ギルド上層部で緊急会議が召集されました。議題は……『レオン・グレイの即時追放について』」
俺は拳を握りしめた。
改革どころか、再び追放の危機――いや、今度は命の危険まで。
しかし、もう後戻りはできない。
「受けて立つ」
俺の声が執務室に響いた瞬間、外の廊下で重い足音が響いた。
扉が勢いよく開かれる――
次から第1章のはじまりですー




