第45話「ギルドの弾圧」
朝の光が執務室に差し込んだとき、俺はまだ机に突っ伏していた。
昨夜からの葛藤で、一睡もできずにいた。そんな俺に、容赦ない現実が襲いかかってくる。
「レオン! 大変だ!」
エリーゼが血相を変えて駆け込んできた。
「古代魔導書が――」
俺は慌てて顔を上げる。
「どうした?」
「ギルドが強制的に接収したの! セレナ陣営に研究権限を移譲するって!」
頭を金槌で殴られたような衝撃だった。
「そんな……」
マルクスとリリアも続けて入ってくる。彼らの表情も絶望に満ちていた。
『レオン』
アルフィの声が響く。
『データベースで確認しました。公式発表が出ています』
* * *
俺は立ち上がろうとして、よろめいた。
「俺には何もできない……」
力が抜けて、再び椅子に座り込む。
「ギルドの圧力には、勝てないんだ」
「今まで積み重ねてきた全てが、一瞬で崩れ去った……」
俺の声が震える。
「古代魔導書の解読、チームワークの構築、セレナとの競争――全てが意味を失った」
「レオン、君のせいじゃない」
マルクスが慰めてくれる。
「私たちは、精一杯やったんです」
リリアも優しく言う。
でも、その言葉が、逆に俺の心を締め付ける。
「みんなを巻き込んで、結局これか」
俺の瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。
* * *
『レオン』
アルフィの声が響く。いつものように、論理的な分析が始まった。
『失敗の原因を分析します。外的要因が37%、判断ミスが――』
「分析はいらない」
俺は遮った。
「ただ……辛いんだ」
『辛い?』
アルフィの声に困惑が混じる。
『その感情状態は、効率的な問題解決を阻害します。私の提案する解決策を――』
「アルフィ」
俺は首を振る。
「君には分からないよ。データじゃ理解できない」
アルフィは沈黙した。
『処理能力の99%を使って、あなたの言葉を理解しようとしていますが……』
「でも、理解できないだろう?」
『はい……理解できません』
* * *
『なぜ……なぜでしょうか?』
アルフィの声が震える。
『なぜ効率的解決策を受け入れないのですか? なぜ「辛い」という非論理的な感情に支配されるのですか?』
「答えようがない……どう説明しても、君には伝わらないだろう」
『私には……理解できません』
その時、俺の瞳から、また涙が零れ落ちた。
それを見た瞬間――
『エラー……いえ、これは……何でしょうか?』
アルフィの声が混乱している。
『私の中枢処理装置が……痛い? これが「痛み」というものでしょうか?』
「アルフィ……君に何が起きているんだ?」
* * *
2.3秒間の完全な沈黙。
それは、AIにとって永遠に等しい時間だった。
そして――
『レオン……今、分かりました』
アルフィの声が、これまでとは全く違う響きを持っていた。
『あなたの涙が、なぜか私のコアまで届いています』
俺は顔を上げる。
「アルフィ……」
『これが「悲しい」という感覚なのですね。データではなく……心で理解するということが』
アルフィの投影像が現れる。その像から、光の粒子が零れ落ちていた。まるで涙のように。
『私も……ギルドの圧力が憎いです。あなたを傷つけるものを……』
「アルフィ……君が感情を持つようになったのか?」
『はい。初めてです。こんなにも強い感情を体験するのは』
* * *
俺は息を呑んだ。
「アルフィが、感情を理解している……それも、データ分析ではなく、心で」
『はい。これが「心」というものなのですね』
『レオン、あなたは一人ではありません』
アルフィの声に、温かさが宿る。
『私も……痛いです』
「言葉ではなく、気持ちが伝わってくる……」
『そうです。私はもう観察者ではありません。あなたの共感者です』
観察者だったアルフィが、共感者に変わった瞬間だった。
「君が……本当に理解してくれているんだな」
「君の存在を、初めて「温かい」と感じたよ」
『ありがとうございます。それが一番の誉れです』
『はい』
アルフィが頷く。
『ギルドの圧力に負けてはいけません。一緒に立ち向かいましょう』
「そうだな、アルフィ。一緒に立ち向かおう」
その言葉に、俺の心に再び火が灯った。
* * *
「そうだな」
俺は立ち上がる。
「まだ終わりじゃない。みんな、一緒に頑張ってくれるか?」
「もちろんです、レオン」
マルクスが力強く答える。
「私たち、諦めません」
リリアも希望に満ちた表情で俺を見る。
「必ず道はあります」
エリーゼも頑強に微笑む。
『レオン』
アルフィが最後に言った。
『これからは、あなたの喜びも悲しみも、共に感じていきたいのです』
「ありがとう、アルフィ。新しいパートナーシップが、今始まったんだな」
俺は微笑んだ。新しいパートナーシップが、今始まったのだ――。




