第44話「レオンの苦悩」
深夜の執務室。月明かりだけが、机の上に散らばった資料を照らしている。
俺は一人、椅子に座り込んでいた。仲間たちは既に帰宅している。彼らに、これ以上の重荷を背負わせたくなかった。
「俺のせいで……みんなを危険に晒してしまった」
呟きが、静寂な部屋に消えていく。
『レオン』
アルフィの声が響く。
「アルフィ……」
『あなたは何も間違っていません』
「そうかな? でも、現実は……」
窓の外を見れば、ギルドの監視者たちの影が見える。建物を取り囲むように配置された彼らは、明日の朝、俺たちの答えを聞きに来るだろう。
机の上には、昼間受け取った最後通牒が置かれている。
『未認可研究の即刻停止命令』
その文字が、俺を責め立てているように見えた。
『レオン、あなたの苦しみが痛いほど伝わってきます』
アルフィの声に、深い憂いが込められている。
「アルフィ……君にまで心配をかけてしまって、申し訳ない」
『私は大丈夫です。でも、あなたが自分を責めるのを見ているのは辛いです』
* * *
立ち上がり、窓辺へ歩く。
王都の夜景が広がっている。平和に見えるこの街で、俺たちは今、大きな岐路に立たされている。
「正しいことをしている……そうだよな?」
『はい。古代魔導書の知識は、人類の未来を変える可能性を秘めています』
「それを独占しようとするギルドの方が間違っている。でも……」
『でも?』
「それで仲間を危険に晒していいのか? マルクスには家族がいる。リリアは研究者としての未来がある。エリーゼだって、政治的な立場を失うかもしれない」
『レオン……』
「俺の決断一つで、彼らの人生が狂ってしまう」
『みんなは、自分の意志で参加しています』
「そうだとしても、責任は俺にある。この重圧が……」
* * *
「ギルドに屈するべきか? 今なら、まだ間に合う」
『それは本当に正しい選択でしょうか?』
「明日の朝、素直に研究を中止すると宣言すれば、みんなは安全だ」
『でも、それは……』
「逃げだ。分かってる」
俺は拳を握る。
「ここで屈したら、今までの全てが無駄になる」
『そうです。仲間たちの努力も、私たちの絆も……』
「セレナとの約束もある。異なるアプローチにも価値があることを、証明すると決めたじゃないか」
『でも、その代償が心配なのですね』
「答えが出ない……どうすればいいんだ?」
俺は頭を抱える。
『レオン、あなたは一人ではありません』
「正しさと安全。理想と現実。その狭間で、俺は引き裂かれそうだ」
* * *
『レオン、私に何かできることはありませんか?』
「ごめん、アルフィ。君まで巻き込んでしまって」
『違います。私は、自分の意志であなたと共にいます』
「でも、君だって危険に晒されるかもしれない」
『私は……私は……』
彼女の声が震える。
『私は、あなたを失いたくありません』
その言葉に、俺の心が震えた。それは「心配」を超えた、もっと深い感情の表れだった。
* * *
時計を見る。既に午前三時を過ぎていた。
「明日……いや、もう今日だ。決めなければ」
『数時間後には、査察官たちがやってきます』
「その時までに、答えを出さなければならない」
『レオン、どんなに考えても、完璧な答えは見つからないかもしれません』
「仲間を守りたい。でも、正しいことも貫きたい」
『その両立は、本当に不可能なのでしょうか?』
俺は再び椅子に座り込む。
「眠気は全く感じない。頭の中は、ぐるぐると同じ問いが回り続けている」
『レオン、窓の外を見てください』
「東の空がわずかに白み始めている……」
『運命の朝が、すぐそこまで迫っています』
「アルフィ……」
『はい』
「君と一緒に考えてくれて、ありがとう」
そして俺は気づいていなかった。この苦悩を共に乗り越えようとするアルフィの中で、何か大きな変化が起きようとしていることに――。




