第43話「最後通牒」
重々しい足音が廊下に響き、執務室の扉が乱暴に開かれた。
「王国魔術師ギルド査察部だ」
黒い制服を着た査察官が三人、部屋に踏み込んできた。その手には、金色の紋章が刻まれた公式文書が握られている。
俺は立ち上がり、彼らと向き合った。仲間たちも緊張した面持ちで身構える。
「レオン・グレイ」
査察官の長が俺の名前を呼ぶ。
「これを」
差し出された文書を受け取る。そこには、予想通りの内容が記されていた。
『未認可研究の即刻停止命令』
『レオン』
アルフィの声が、かつてないほどの心配に満ちている。
* * *
「内容を読み上げる」
査察官が冷たい声で続ける。
「貴殿らが行っている古代魔導書研究は、ギルドの認可を受けていない。よって、本日を持って全ての研究活動を停止せよ」
マルクスが前に出る。
「待ってくれ。俺たちは王国文化財保護委員会の正式な依頼を――」
「黙れ」
査察官が遮る。
「ギルドの認可なくして、いかなる魔術研究も認められない。それが王国の法だ」
リリアが震える声で尋ねる。
「もし、従わなかったら?」
査察官の口元に、冷酷な笑みが浮かんだ。
* * *
「制裁内容を説明しよう」
彼は文書の続きを読み上げる。
「第一に、研究室の即時封鎖」
「第二に、王国内全ての魔術関連資料へのアクセス禁止」
「第三に、公開の場における魔術理論の議論禁止」
エリーゼが息を呑む。
「それは実質的な追放じゃない」
「そして最後に」
査察官は俺を見据えた。
「魔術師資格の永久剥奪」
室内に重い沈黙が流れる。これは、魔術師としての死を意味していた。
「ちなみに」
査察官が付け加える。
「セレナ・エーデルハイト殿のチームには、このような警告は出されていない」
* * *
査察官たちが去った後、俺たちは呆然と立ち尽くしていた。
「不公平だ」
マルクスが拳を震わせる。
「なぜ俺たちだけが」
しかし、答えは明白だった。セレナは「正統派」、俺たちは「異端」。それがギルドの判断だ。
「どうする?」
リリアが不安そうに聞く。
「従うべきでしょうか?」
俺は仲間たちを見回した。それぞれの顔に、迷いと恐れが浮かんでいる。
「正直に言おう」
俺は口を開いた。
「従えば、安全だ。でも――」
* * *
「でも、それは正しいことか?」
エリーゼが俺の言葉を引き継ぐ。
「私たちは、人類の未来に関わる重要な発見をした」
「その通りだ」
俺は頷く。
「でも、リスクも大きい」
マルクスが苦しそうに言う。
「俺には家族がいる。もしギルドに目をつけられたら……」
リリアも俯く。
「私の研究資金も、全て凍結されるかもしれません」
『皆さん』
アルフィの声が響く。その声は、極限まで高まった心配で震えていた。
『私は……私は皆さんを失いたくない』
* * *
長い沈黙の後、マルクスが顔を上げた。
「でも、ここで諦めたら」
彼の目に、決意の光が宿る。
「今までの全てが無駄になる」
リリアも頷く。
「私たちの研究は、間違っていません」
エリーゼが微笑む。
「脅しには屈しない。それが私たちの答えよ」
俺は胸が熱くなった。
「みんな、ありがとう」
『レオン』
アルフィの声に、心配を超えた何かが宿る。
『私も、皆さんと共に戦います』
* * *
その夜、窓の外を見ると、ギルドの監視者たちの影が増えていた。
明日の朝、彼らは俺たちの答えを聞きに来るだろう。
そして、その答えは既に決まっている。
「来るなら来い」
俺は呟いた。
しかし、心の奥では不安が渦巻いている。本当に、これでいいのか。仲間たちを危険に晒していいのか。
運命の朝が近づいている。
そして俺は、眠れない夜を過ごすことになる――。




