第42話「圧力の始まり」
「アクセス拒否? どういうことだ」
マルクスが端末を睨みつけた。王国図書館のデータベースへの接続が、突然遮断されていた。
朝の研究室。セレナとの共闘から三日後、不穏な兆候が次々と現れ始めていた。
「私の方もです」
リリアが困惑した表情で報告する。
「昨日まで閲覧できた重要資料が、全て『権限不足』と表示されます」
俺は嫌な予感を覚えながら、研究室の予約システムを確認した。
「……取り消されてる」
来週までの研究室使用予約が、全てキャンセルになっていた。理由の記載はない。
『レオン』
アルフィの声に、強い心配が滲む。
『これらの事象を分析すると、明らかに組織的な動きです』
* * *
エリーゼが廊下から戻ってきた。その表情は暗い。
「やっぱりね」
彼女は溜息をつく。
「廊下で聞こえてきた会話。『レオンたちは偽物だ』『正規の手続きを踏んでいない』って」
「情報操作か」
俺は拳を握る。
「しかも巧妙だな。直接的な誹謗中傷じゃなく、疑念を植え付ける形で」
マルクスが机を叩く。
「これは明らかに組織的だ。個人の嫌がらせのレベルじゃない」
その通りだった。タイミング、手法、全てが計算されている。
* * *
午後になると、妨害はさらにエスカレートした。
「マテリアル商会のオーナーから連絡が」
エリーゼが青い顔で報告する。
「研究用資材の供給を、当面見合わせるそうよ」
「理由は?」
「ギルドからの『指導』があったらしい」
俺たちは顔を見合わせた。物資の供給を絶たれれば、研究は続けられない。
さらに追い打ちをかけるように――
「レオン、大変だ!」
協力してくれていた若手研究者が駆け込んできた。
「もう君たちとは関われない。ギルドから警告を受けた」
「待ってくれ――」
しかし彼は既に踵を返していた。
* * *
夕方、俺たちは執務室に集まった。
状況は、予想以上に深刻だった。
「協力者は全員手を引いた」
エリーゼがリストを見ながら報告する。
「物資調達ルートも全て遮断」
マルクスが付け加える。
「データベースへのアクセスも制限されたまま」
リリアも肩を落とす。
『パターン分析の結果』
アルフィの声が響く。
『これは明らかに計画的な弾圧です。段階的に圧力を強めて、私たちを孤立させる作戦』
「分かってる」
俺は立ち上がった。
「でも、もう逃げない」
* * *
「正面から立ち向かう」
俺の言葉に、仲間たちが顔を上げる。
「確かに状況は厳しい。でも、俺たちには古代魔導書の解読という成果がある」
「それに」
マルクスが拳を握る。
「ここで屈したら、全てが無駄になる」
リリアも頷く。
「私たちの研究は、間違っていません」
エリーゼが微笑む。
「じゃあ、徹底抗戦ね」
『皆さん……』
アルフィの声に、これまでにない強い感情が込められる。
『私の心配は、もはや単なる不安ではありません。皆さんを守りたいという、強い願いです』
* * *
その夜、俺は一人で窓辺に立っていた。
ギルドの建物には、まだ明かりが灯っている。あそこで、次なる妨害工作が練られているのだろう。
「来るなら来い」
俺は呟いた。
「もう逃げも隠れもしない」
ふと、セレナ陣営のことが頭をよぎる。
彼らには、このような圧力はかかっていないはずだ。ギルドにとって、彼らは「正統派」だから。
「不公平だな」
しかし、それも含めて現実だ。
明日は、さらに厳しい一日になるだろう。
それでも俺たちは前に進む。この決意だけは、誰にも止められない――。




