第39話「決意の深化」
「本当に続けるべきなのか?」
マルクスの重い声が、薄暗い執務室に響いた。夕暮れの光が窓から差し込み、テーブルに広げられた資料を赤く染めている。
失われた魔法理論の発見から三日。チーム内に不安が広がっていた。
「ギルドからの圧力も増してる」
エリーゼが疲れた声で報告する。
「昨日も査察官が来て、研究内容について執拗に聞いてきた」
リリアも不安そうに資料を見つめる。
「この知識は、確かに危険すぎるかもしれません」
俺は立ち上がり、仲間たちを見回した。彼らの表情に浮かぶ迷いと不安。それは当然の反応だ。
『レオン』
アルフィの声も、心配に満ちている。
『私も……怖いです』
* * *
「みんな、聞いてくれ」
俺は静かに話し始めた。
「確かに、この知識は危険だ。ギルドの圧力も強まっている」
全員の視線が俺に集まる。
「でも、だからこそ俺たちがやらなければならない」
「どういうことだ?」
マルクスが眉を寄せる。
「もし俺たちが手を引いたら、この知識はどうなる?」
俺は問いかける。
「誰か別の人間が見つけて、悪用するかもしれない」
リリアが息を呑む。
「それは……」
「そうだ。俺たちには責任がある」
俺は一人一人の顔を見つめた。
「この知識を正しく管理し、正しく使う責任が」
* * *
「マルクス」
俺は彼に向き直る。
「君の技術的な視点は、この理論の実用化に不可欠だ」
マルクスが顔を上げる。
「でも、俺は――」
「怖いのは分かる。でも、君なら安全性を確保しながら研究を進められる」
次にリリアに向かう。
「リリア、君の慎重さと学術的アプローチは、暴走を防ぐ要だ」
彼女の瞳に、少しずつ光が戻る。
「私にできるでしょうか?」
「君にしかできない」
最後にエリーゼを見る。
「エリーゼ、政治的な調整は君に頼りたい」
彼女が微笑む。
「ギルドとの交渉なら、私の得意分野ね」
* * *
『私も』
アルフィの声が響く。
『私も、チームの一員として参加させてください』
「アルフィ?」
『はい。私の分析能力と、新しく得た感情……それらを全て使って、皆さんを支えたいです』
アルフィの言葉に、室内の空気が変わった。
「そうだな」
マルクスが立ち上がる。
「一人じゃ無理でも、みんなでなら」
リリアも頷く。
「確かに、このチームなら正しい判断ができるかもしれません」
エリーゼが手を差し出す。
「じゃあ、決まりね」
* * *
俺たちは円を作り、手を重ねた。
「俺たちならできる」
俺は確信を込めて言う。
「この危険な知識を、人類のために正しく使える」
「知識を正しく使う」
全員で誓いの言葉を繰り返す。
「セレナ陣営とは違う道を行こう」
エリーゼが付け加える。
「彼らは純粋な学術研究。私たちは実用と責任の両立」
『皆さん』
アルフィの声に、温かさが宿る。
『この瞬間、私は本当にチームの一員だと感じています』
* * *
会議が終わり、みんなが準備に取り掛かる中、俺は窓辺に立った。
「不安はまだある」
正直な気持ちを口にする。
「でも、このチームなら乗り越えられる」
『レオン』
アルフィが話しかける。
『あなたのリーダーシップが、みんなを一つにしました』
「いや、みんなの力だ」
俺は首を振る。
「俺一人では何もできない」
『それを理解しているからこそ、真のリーダーなのです』
アルフィの言葉に、俺は微笑んだ。
明日から、いよいよ本格的な解読が始まる。危険は承知の上だ。
でも俺は確信している。このチームなら、必ず正しい道を見つけられると。
そして俺の中で、何かが静かに目覚め始めていることに、まだ気づいていなかった――。




