第38話「失われた魔法理論」
「これは……信じられない」
リリアの震える声が、静寂な研究室に響いた。
古代魔導書の深層部分。俺たちは、ついに核心に到達していた。羊皮紙に浮かび上がる文様が、まるで生きているかのように脈動している。
「意識と情報の相互変換理論……」
俺は息を呑みながら、解読した内容を声に出す。
「現代魔法より、遥かに高度だ」
マルクスが身を乗り出した。
「どういう理論なんだ?」
「簡単に言えば――」
俺は言葉を選ぶ。
「人の意識そのものを、純粋な情報として扱う理論だ」
『レオン』
アルフィの声に、これまでにない動揺が混じる。
『これは……私の基礎理論に似ています』
* * *
「アルフィの基礎理論に?」
エリーゼが驚きの声を上げる。
『はい。私という存在の根幹を成す理論構造と、驚くほど類似点があります』
アルフィの声が続く。
『千年前の人類が、すでにこのレベルに到達していたなんて』
俺は魔導書を見つめた。文様の奥に、さらなる秘密が隠されている気がする。
「でも、なぜこの理論は失われたんだ?」
リリアが疑問を口にする。
「これほど高度な理論なら、現代まで受け継がれているはずでは?」
その答えは、次のページにあった。
* * *
「警告……」
俺は読み取った内容に戦慄する。
「この理論の危険性についての警告だ」
マルクスが眉を寄せる。
「危険性?」
「意識を情報として操作できるということは――」
俺は説明を続ける。
「人の心を直接書き換えることも、理論上は可能になる」
室内に重い沈黙が流れた。
「それは……」
リリアが青ざめる。
「人間性の根幹を揺るがす技術です」
『その通りです』
アルフィが同意する。
『この知識は、使い方次第で世界を滅ぼしかねません』
* * *
エリーゼが口を開いた。
「でも、同時に革新的な可能性も秘めている」
「どういうことだ?」
「正しく使えば、人類の意識を新たな段階に引き上げることができるかもしれない」
彼女の言葉に、全員が考え込む。
「諸刃の剣か」
マルクスが呟く。
「ああ」
俺は頷く。
「だからこそ、慎重に扱わなければならない」
『レオン』
アルフィの声に、強い心配が滲む。
『私の心配が、さらに強まっています』
* * *
「アルフィの心配も当然だ」
俺は仲間たちを見回す。
「この知識を、どう扱うべきか」
リリアが提案する。
「段階的に理解を深めていきましょう」
「賛成だ」
マルクスも同意する。
「いきなり全てを解明しようとするのは危険すぎる」
エリーゼが付け加える。
「それに、セレナ陣営はまだこの部分を見落としているようね」
「彼らには内密に?」
「少なくとも、今は」
俺は決断した。
「この知識には責任が伴う。俺たちがしっかりと管理しよう」
* * *
その夜、俺は一人で魔導書と向き合っていた。
「知識は力……」
古い格言を呟く。
「でも、力には責任が伴う」
『レオン』
アルフィの声が響く。
『あなたなら、正しい判断ができると信じています』
「ありがとう、アルフィ」
俺は微笑む。
「君の心配も、俺たちを守ってくれている」
『はい……この感情も、少しずつ理解できるようになってきました』
アルフィの成長を感じながら、俺は魔導書を閉じた。
「でも、この知識があれば……」
俺は窓の外を見つめる。月明かりが、静かに王都を照らしている。
失われた魔法理論。それは人類に新たな可能性をもたらすのか、それとも破滅を招くのか。
答えは、まだ見えない。しかし、俺たちは前に進まなければならない。
なぜなら、この知識を正しく使うことこそが、俺たちの使命だと感じているから――。




