表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/90

第37話「思想の衝突」

 「その解読方法は学術的根拠に欠けている」


 セレナ・エーデルハイトの冷たい声が、王国文化財保護委員会の共用研究室に響いた。


 彼女の言葉に、俺の眉がぴくりと動く。古代魔導書の解読を巡って、ついに直接対決の時が来たようだ。


 「学術的手法こそが正義だと?」


 俺は振り返り、セレナと向き合った。彼女の瞳には、揺るぎない信念が宿っている。


 「当然でしょう」


 セレナは資料を手に立ち上がる。


 「千年以上かけて蓄積された学術的方法論を無視して、『直感』で解読するなど――」


 「でも、実際に成果を出している」


 俺は静かに反論する。


 「君たちの学術的アプローチでは、三日間何も進展がなかった」


  *   *   *


 「それは一時的な停滞に過ぎません」


 セレナの声に苛立ちが混じる。


 「正しい方法論に従えば、必ず解答に辿り着けます」


 「本当にそうか?」


 俺は古代魔導書を指差す。


 「この魔導書は、そもそも現代の方法論が確立される前のものだ」


 セレナの表情が険しくなる。


 「だからこそ、体系的なアプローチが必要なのです」


 「いや、違う」


 俺は首を振る。


 「古代の叡智を理解するには、当時の思考方法に近づく必要がある。それには直感と感覚も重要だ」


 二人の間に重い沈黙が流れた。そこに、カイル・ウィンザーが割って入る。


 「あの、お二人とも――」


  *   *   *


 カイルは困った表情で俺たちを見回す。


 「どちらの方法にも価値があるのでは?」


 「カイル、あなたまで」


 セレナが振り返る。


 「この男の非科学的な方法を認めるというの?」


 「非科学的じゃない」


 俺は訂正する。


 「まだ科学で説明できないだけだ」


 セレナの瞳が鋭くなる。


 「その違いが分からないから、あなたは――」


 彼女は言葉を切り、過去を語り始めた。


 「私は何の才能もない平凡な魔術師でした」


  *   *   *


 セレナの告白に、室内の空気が変わった。


 「でも、努力で全てを克服してきた」


 彼女の声に誇りが滲む。


 「一日十六時間の勉強、千冊以上の文献研究、数え切れない実験の繰り返し」


 「それは素晴らしいことだ」


 俺は素直に認める。


 「君の努力は尊敬に値する」


 「なら、なぜ――」


 セレナの声が震える。


 「なぜ『直感』などという曖昧なもので、私の努力を否定するの?」


 「否定なんかしていない」


 俺は真剣に答える。


 「ただ、才能と努力は対立するものじゃない。両方を融合させることが大切だと思うんだ」


  *   *   *


 「融合?」


 セレナは嘲笑する。


 「才能ある者の傲慢な言葉ね」


 「違う」


 俺は首を振る。


 「俺も最初は何もできなかった。才能があっても、それを活かす努力がなければ意味がない」


 『レオン……』


 アルフィの心配そうな声が響く。この議論が激化することを案じているのだろう。


 「でも、あなたには最初から才能があった」


 セレナの目に悔しさが滲む。


 「私のような凡人とは、スタートラインが違う」


 「だからこそ『平等』の定義が重要なんだ」


 俺は一歩前に出る。


 「結果の平等を求めるのか、機会の平等を求めるのか」


  *   *   *


 セレナは息を呑んだ。


 「何が言いたいの?」


 「君は努力で多くを成し遂げた。それは君の才能だ」


 俺は続ける。


 「努力を継続できることも、一つの才能なんだ」


 セレナの表情が揺れる。


 「詭弁よ」


 「いや、真実だ」


 カイルが間に入る。


 「お二人とも、少し冷静に――」


 しかし、セレナは首を振った。


 「あなたとは分かり合えない」


 彼女は踵を返す。


 「でも――」


 扉の前で振り返った彼女の目には、わずかな迷いがあった。


 「あなたの考え方も、完全に間違っているとは思わない」


  *   *   *


 セレナが去った後、カイルが溜息をついた。


 「難しい問題ですね」


 「ああ」


 俺も疲れを感じる。


 「でも、避けては通れない」


 『レオン』


 アルフィの声が響く。


 『私は……心配です』


 「心配?」


 『はい。あなたとセレナさんの対立が、もっと大きな亀裂を生むのではないかと』


 アルフィの新しい感情――心配が、より複雑になっているのを感じる。


 「大丈夫だ」


 俺は微笑む。


 「いつか、きっと分かり合える」


 しかし、窓の外を見ながら、俺は予感していた。この思想的対立は、解読競争をさらに激化させることになると――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ