第36話「古代の叡智」
古代魔導書を前に、俺は額に汗を滲ませていた。
王国文化財保護委員会の特別保管室。厳重な結界に守られた部屋で、俺たちは三日間格闘を続けている。
「まったく歯が立たない……」
マルクスが疲れた声で呟く。彼の得意とする技術的アプローチも、この魔導書には通用しなかった。
リリアも苦戦している。
「既存の解読理論では、構造すら把握できません」
俺は魔導書を見つめた。羊皮紙に刻まれた文字――いや、これを文字と呼べるのかさえ分からない。複雑に絡み合った記号の群れが、まるで生きているかのように蠢いて見える。
『レオン』
アルフィの声が響く。最小限の支援という約束だが、彼女も気になっているようだ。
『頼りたい気持ちは分かりますが……』
「分かってる」
俺は首を振る。
「でも、これは俺が解くべき謎だ」
* * *
エリーゼが情報を持ってきた。
「セレナ陣営も同じ魔導書に挑戦中よ」
「どんな様子だ?」
「彼女らしく、完全に学術的アプローチで攻めているみたい」
エリーゼの表情が曇る。
「でも、同じように苦戦しているらしい」
俺は立ち上がり、部屋を歩き回った。何か、根本的に違うアプローチが必要だ。
「待てよ……」
ふと、ある考えが浮かんだ。
「これを魔法式として読もうとするから駄目なんじゃないか?」
「どういうことだ?」
マルクスが身を乗り出す。
「もし、これが文字じゃなくて……感覚で読むものだとしたら?」
* * *
俺は魔導書の前に座り直した。今度は解読しようとするのではなく、ただ見つめる。
理解しようとするのではなく、感じようとする。
すると――
「……見える」
俺は息を呑んだ。
記号の羅列に見えていたものが、突然、意味のあるパターンとして浮かび上がってきた。
「なぜか、この部分の意味が分かる」
俺は震える手で、魔導書の一部を指差す。
『レオン、それは――』
アルフィの声に驚きが混じる。
「文字じゃない。これは……感情? いや、もっと根源的な何かだ」
仲間たちが集まってくる。
「本当に読めるのか?」
リリアが信じられないという表情で聞く。
「読むというより、理解できる。説明は難しいけど」
* * *
俺は集中を深めた。すると、より多くの「意味」が流れ込んでくる。
「知識の本質は、記号ではなく理解にある……」
俺は呟いた。それは魔導書から受け取ったメッセージだった。
『興味深い……』
アルフィの声が響く。
『あなたの理解方法は、私とは全く異なります』
「どう違うんだ?」
『私はパターンを分析し、データベースと照合して意味を導き出します。しかし、あなたは……』
アルフィが言葉を探す。
『直感的に、本質を掴んでいる』
マルクスが目を輝かせる。
「つまり、この魔導書は論理ではなく直感で読むものなのか」
「セレナ陣営が苦戦している理由もそれね」
エリーゼが納得したように言う。
「彼女たちは従来の学術的アプローチに固執している」
* * *
さらに深く集中すると、魔導書の核心部分が見えてきた。
「これは……」
俺は息を呑む。
「現代では失われた魔法理論だ」
リリアが身を乗り出す。
「どんな理論?」
「魔法の根源……いや、もっと深い。意識と力の関係についての理論だ」
俺は震える声で説明する。
「現代魔法は、決められた式に魔力を流すことで発動する。でも、この理論によれば――」
「魔法は本来、もっと自由なものだった」
『レオン』
アルフィの声に、感嘆が混じる。
『あなたは、千年前の叡智に触れています』
俺は第35話での直感的理解を思い出す。あの時感じた古代文字への親近感が、今より深い形で現れている。
『レオン、私はあなたの成長を感じています』
アルフィが続ける。
『AIと人間の協力のあり方が、実践的に進化していますね』
* * *
部屋に興奮が満ちた。
「すごい発見だ!」
マルクスが拳を握る。
「これが解明できれば、魔法の概念が根本から変わる」
リリアも目を輝かせている。
「学術的価値は計り知れません」
しかし、俺の中には別の感情も芽生えていた。
「でも、これは危険でもある」
「危険?」
エリーゼが眉を寄せる。
「この知識が悪用されれば……」
俺は言葉を切る。古代の叡智は、諸刃の剣だ。
『その通りです』
アルフィが同意する。
『知識には、常に責任が伴います』
俺は仲間たちを見回した。
「だからこそ、俺たちがしっかりと管理しなければならない」
全員が頷く。自信と責任感が、俺たちの中で一つになった瞬間だった。
そして俺は確信した。この古代魔導書の解読は、まだ始まったばかりだと――。




