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第3話「能力の初披露」

 「今度こそ、本物を見せてやる」


 王立魔術師ギルドの正門前で、俺は拳を握りしめた。

 

 昨日、この石段を惨めに下りた時の屈辱が耳に蘇っている。あの絶望、あの無力感。しかし今日は違う。俺の手に震えはない。


 アルフィがいるからだ。

 

 『今日のあなたは昨日とは別人ですね』

 

 「そうだ。もう惨めな男じゃない」

 

 昨日の俺は恐怖と絶望に支配されていた。今日は期待と自信が胸を燃やしている。

 

 『心拍数、完璧に安定しています。昨日とはまったく違いますね』

 

 俺は堂々と階段を上る。アルフィがいる限り、俺は無敵だ。

 

 警備の魔術師たちの目が、俺を見た瞬間に大きく開かれた。


 「あれ? 昨日追放された……?」


 疑惑と当惑の色が顔に浮かんでいる。俺はそんな彼らを見て、心の中で微笑んだ。

 

 「おい、君は確か……」

 

 「レオン・グレイです。査問官に会いに来ました」

 

 俺の堂々とした声に、警備員たちは明らかに動揺している。

 

 ギルド内部に入った瞬間、廊下の空気が凍りついた。


 「あ、あの人……」

 「追放されたレオン・グレイよね?」


 すれ違う魔術師たちの足音が止まり、一斉に振り返って俺を見つめる。囁き声が廊下にこだました。

 

 「なんで戻ってきてるの?」

 「何か企んでいるんじゃない?」

 「まさか、復讐でもしに来たの?」

 

 昨日までなら、こんな視線に萎縮して逃げ出していただろう。


 しかし今は違う。

 

 『彼らの混乱ぶりが心地よいですね。昨日との落差を実感している』

 

 受付カウンターに到着すると、俺は毅然と口を開いた。

 

 「俺の本当の実力を見せてやる」

 

 受付のシルヴィアは、昨日まで普通に会話していた同僚だった。しかし今日は明らかに態度が違う。

 

 「レオン・グレイ……あなたはもう、ギルドメンバーではありません」

 

 冷たい敬語。昨日まで「レオン」と親しみを込めて呼んでくれていたのに。

 

 「技術試験を受けさせてほしい。俺の真の実力を、正当に評価してもらいたい」

 

 『自信に満ちた表情がシルヴィアの心を動かしています』

 

 シルヴィアの態度が明らかに変化した。

 

 「……少し、お待ちください」

 

 シルヴィアは奥の部屋に急いで向かった。数分後、戻ってきた時の表情は驚きに満ちていた。

 

 「査問官の方々が、お会いしてくださるそうです。ただし……」


 シルヴィアは声を潜めた。


 「『公開処刑』のつもりで、かなり難しい課題を出されるかもしれません」

 

 「上等だ。公開処刑なら、こちらも大いにショーをやってやる」

 

 案内されたのは、昨日の屈辱の現場――第一査問会議室だった。

 

 ヴィクトリア・クローディア主席査問官をはじめ、五人の女性査問官が座っている。

 

 今日の空気は昨日とはまったく違う。冷徹な威圧ではなく、好奇心と……明らかな焦りを感じる。

 

 『全員の心拍数が上昇しています。何らかの不安を感じているようです』

 

 「レオン・グレイ」

 

 ヴィクトリアの声が響く。

 

 「まさか、追放された翌日に戻ってくるとは思わなかったわ。一体何の用?」

 

 「技術で実力を証明させてください」

 

 査問官たちの間で、小さなざわめきが起こる。

 

 「では、試験をしましょう」

 

 ヴィクトリアがエレノアの言葉を遮った。

 

 「高等魔法式解析の課題を与えます。ギルドメンバーの平均レベルを上回る結果を出せたなら、復帰を『検討』してあげても良いわ」

 

 『公開処刑として利用する意図が読み取れます』

 

 アルフィの警告が響く。確かに、ヴィクトリアの微笑みには悪意が混じっている。

 

 だが、それこそ俺が待っていた機会だった。

 

 「分かりました。どんな課題でも受けます」

 

 ヴィクトリアは満足そうに頷くと、隣の実習室への扉を開けた。

 

 実習室には十数人の女性魔術師たちが集まっており、全員が俺を珍しそうに見つめている。

 

 「本日の課題は、『火炎魔法強化式』の最適化です」

 

 ヴィクトリアが魔法陣を空中に描き出す。

 

 「威力を20%向上させる改良案を提示してください。制限時間は1時間」

 

 他の魔術師たちが一斉に作業を始める。

 

 俺も魔法式を見つめた。複雑な幾何学模様が空中に浮かんでいる。

 

 『この魔法式を解析します』

 

 瞬間、俺の視界に情報が流れ込んできた。

 

 魔法式の構造、エネルギーフローの経路、改善すべき要素。全てが設計図のように見えてくる。今までこんなに詳細に理解できたことはなかった。

 

 『第1系統:火の元素の結合部に冗長性があります』

 『第2系統:エネルギー増幅回路の効率が47%に留まっています』

 『第3系統:安定化機能に致命的な脆弱性を発見』

 

 情報が次々と頭に流れ込んでくる。これほど包括的な分析ができるとは。

 

 『解析完了です。17箇所の非効率な部分があります。結合方式を変更し、触媒配置を最適化すれば、威力は62%向上します』

 

 62%!? 課題の要求が20%なのに、その3倍の改善が可能だというのか?

 

 俺は急いで改良案を紙に書き始めた。アルフィの分析に基づいて、魔法式を再設計していく。

 

 『ただし、レオン・グレイ。この結果を全て見せるべきでしょうか? 』

 

 俺の手が止まった。確かに、あまりにも完璧すぎる結果は、かえって疑念を招くかもしれない。

 

 俺の胸に熱いものが湧き上がった。


 正直でいたい。ギルドでは、俺は常に実力を隠すよう言われていた。「男だから控えめに」「目立つな」「身の程を知れ」。そんな言葉に従って、ずっと自分を偽ってきた。


 その結果が追放だった。偽りの自分を演じても、結局は認められなかった。


 だったら、今度は本当の自分を見せてやる。ギルドの連中に、俺がどれほどの実力を持っているかを思い知らせてやりたい。これは復讐じゃない。真実でありたいという願いだ。


 「いや、正直に全部見せよう。隠す理由はない」

 

 『了解しました。ただし、彼らの反応は予測不能です』

 

 周りの魔術師たちは、まだ元の魔法式の分析に苦戦している。

 

 「う〜ん、この部分の構造が理解できない……」

 「火の元素と風の元素の結合部分、どう調整すればいいのかしら」

 「20%向上なんて、本当に可能なの?」

 

 彼女たちの困惑ぶりを見ていると、俺の変化がどれほど劇的なものかがよく分かる。

 

 「……できた」

 

 俺が手を上げたとき、まだ30分しか経っていなかった。

 

 周りの魔術師たちが一斉に振り返る。30分で完了するなど不可能だ。

 

 「もう終わったの?」

 

 査問官の一人が眉をひそめる。

 

 「まさか、適当にやって諦めたんじゃないでしょうね?」

 

 「完成しました。検証をお願いします」

 

 ヴィクトリアが俺の改良案を受け取ると、魔法式を構築し始めた。懐疑的だった表情が、組み上げるにつれて変化していく。

 

 「これは……」

 

 完成した魔法式から放たれる炎は、元とは比較にならないほど強力だった。

 

 『威力向上率は62%です』

 

 計測用の魔道具が数値を表示する。

 『威力向上率:62%』

 『安定性:+40%』

 『エネルギー効率:+35%』

 

 実習室が静寂に包まれた。

 

 課題で要求されていた20%向上を大幅に上回る結果。

 

 「…………嘘でしょ?」

 

 誰かが呟いた。実習室がざわめき始める。

 

 「62%向上って……そんなことが可能なの?」

 「しかも30分で? 私なんてまだ分析の途中なのに……」

 「この魔法式、ギルドで最も優秀な研究者でも1日かかるって言われてたわよね?」

 

 魔術師たちの間で、困惑と驚愕の声が広がっていく。

 

 「でも、本当に機能するの? 理論だけなら誰でも書けるけど……」

 「ちょっと待って、この改良案、見たことない手法が使われてる」

 「第3系統の安定化回路、こんな設計聞いたことないわ」

 

 彼女たちの議論を聞いていると、俺の改良案がいかに常識外れのものかが分かる。

 

 査問官たちの表情も様々だった。困惑、驚愕、まるで悪い夢でも見ているかのような顔。

 

 中でも、エレノア査問官は俺の改良案を食い入るように見つめている。

 

 「これは……確かに理論的には正しいですね。でも、どうやってこの解法を思いついたのですか?」

 

 「経験と直感です」

 

 俺は正直に答えた。アルフィの存在は明かせないが、嘘はつきたくない。

 

 そして、ヴィクトリア。彼女だけは、明らかな焦りの色を浮かべている。

 

 『ヴィクトリアの心拍数が急上昇しています。恐怖と怒りが混在しているようです』

 

 『興味深いのは、他の査問官たちの反応です。彼女たちは純粋に驚いていますが、ヴィクトリアだけは違います』

 

 (やっぱり……俺の追放には、何か別の理由があったんだ)

 

 実習室の隅に、一人の女性が立っているのに気づいた。エリーゼ・ローゼン。王国屈指の名門貴族の令嬢だ。

 

 エリーゼは俺の実技試験を、最初から最後まで静かに観察していた。その深いエメラルドの瞳には、興味深そうな光が宿っている。

 

 「まぐれかもしれないわね」

 

 ヴィクトリアが無理に笑顔を作る。

 

 「もう一問、別の課題を――」

 

 「結構です」

 

 突然、実習室の扉が開いた。現れたのは、エリーゼ・ローゼンだった。

 

 「私は、優秀な魔術師を探していました」

 

 エリーゼの深いエメラルドの瞳が、俺を真っ直ぐに見つめる。

 

 「そして、今確信しました。レオン・グレイこそが、私が探していた人物です」

 

 実習室が静まり返る。エリーゼ・ローゼンといえば、王国屈指の名門貴族の令嬢。魔術師としても政治家としても一流の人物だ。

 

 そのエリーゼが、追放されたばかりの俺に興味を示している?

 

 「レオン・グレイ」

 

 エリーゼが俺に向かって歩いてくる。

 

 「あなたとお話ししたいことがあります。お時間をいただけませんか?」

 

 俺は頷いた。

 

 「もちろんです」

 

 エリーゼは満足そうに微笑むと、ヴィクトリアの方を向いた。

 

 「ヴィクトリア査問官。先ほどの結果を見る限り、レオン・グレイの技術的能力に疑問の余地はありませんね?」

 

 ヴィクトリアの顔が青ざめる。エリーゼの立場を考えれば、ここで拒否することは政治的に難しい。

 

 「……検討、させていただきます」

 

 ヴィクトリアの言葉は、事実上の敗北宣言だった。

 

 実習室を出る時、俺は周囲の視線を背中に感じながら歩いた。

 昨日までは軽蔑と無関心の視線だったが、今日は驚愕と困惑の視線だ。

 

 廊下を歩いていると、先ほどの魔術師たちの会話が聞こえてくる。

 

 「あの改良案、本当にすごかったわね」

 「でも、どうやってあんな解法を思いついたのかしら」

 「まさか、本当に天才だったの? だとしたら、なぜ追放されたの?」

 

 彼女たちの疑問は、もっともなものだった。昨日まで「無能」と呼ばれていた男が、一夜にして「天才」と呼ばれるようになる。そんなことが起こり得るのだろうか?

 

 『今日の成果は素晴らしいものでした。しかし、これはまだ始まりに過ぎません』

 

 「ああ、分かってる」

 

 今日証明できたのは、俺の技術的能力だけだ。しかし、技術だけでは社会は変わらない。政治的な力、人間関係、戦略――全てが必要になる。

 

 本当の戦いは、これからが本番。

 

 そして、エリーゼ・ローゼンという新たな要素が現れた。彼女は俺にとって味方になるのか、それとも敵になるのか――

 

 『レオン・グレイ。今日の一件で、あなたの立場は大きく変わりました』

 

 「どう変わった?」

 

 『敵が明確になりました。ヴィクトリア・クローディアは、あなたを脅威と認識しています』

 

 『しかし同時に、潜在的な味方も現れました。エリーゼ・ローゼンの反応は、明らかに好意的でした』

 

 確かに、これからが面白くなりそうだ。

 

 ギルドの正門を出る時、俺は振り返って建物を見上げた。

 

 昨日、この場所から絶望と屈辱を抱えて追い出された。今日は、希望と自信を胸に立ち去る。

 

 明日からは、本当の意味での戦いが始まる。

 

 しかし俺は、もう一人ではない。


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