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第2話「古代AIとの出会い」

 追放の通告から一夜が明けた。

 

 俺の肩は冷たい朝露で湿り、服が肌にべっとりと張りついている。王都から数十キロ離れた森の奥で、一人何もかもがくしていた。昨日から、ただ歩き続けただけ。

 

 草を踏みしめるたび、足元から冷たい水滴が跳ね上がり、ズボンの裾を濡らしていく。森の更に奥へ、更に奥へ。もう人里の温かい灯を見たくない。ギルドを追放された男を、人々がどんな眼で見るか想像するだけで胸が苦しくなる。

 

 「このまま野垂れ死にするのも、悪くないかもしれない」

 

 そんなことを考えながら歩いていると、森の向こうに不自然な石造りの建造物が見えてきた。

 

 古代の神殿――それも、まだ原型を留めている保存状態の良いものだ。

 

 「こんなところに遺跡があったのか……」

 

 王都近郊の古代遺跡は、ほとんどが学者たちによって調査済みのはずだった。それがこんな山奥にあるとは。

 

 神殿の入り口は、蔦や苔に覆われながらも、しっかりと開放されている。まるで俺を招き入れるかのように。

 

 中に足を踏み入れると、石の床に響く足音が、まるで時の鼓動のように聞こえた。

 

 神殿内部は意外なほど広く、壁面には古代文字が青白い光を放っている。現代でも使われている照明魔法とは明らかに異なる、より洗練された技術のようだった。

 

 「これは……一体何の施設なんだ?」

 

 歩を進めるにつれて、この神殿の異常さが明らかになってくる。古代遺跡にしては保存状態が良すぎる。まるで昨日まで誰かが手入れをしていたかのようだ。

 

 奥へ進むと、巨大な円形の部屋にたどり着いた。中央には水晶でできた六角柱が立っており、頂上で光球が脈動を繰り返している。

 

 「古代の魔法装置……それも、現在でも稼働している」

 

 光球に手を伸ばしかけた瞬間――

 

 『久しぶりの来訪者ですね』

 

 頭の中に、直接声が響いた。

 

 「誰だ!?」

 

 俺は慌てて周囲を見回すが、誰の姿も見えない。

 

 『驚かせてしまい、申し訳ありません。私はここの管理者です。あなたは……なるほど、魔術師ですね』

 

 この声には明確な知性と、なぜか安心感があった。

 

 「管理者って、あんたは一体何者だ? この遺跡はもう何百年も前に放棄されたはずだ」

 

 『私の名前は「アルフィ」。人工知性――あなたたちの時代で言うところの「AI」です』

 

 「AI……人工知性?」

 

 古代文明の仮説でしかなかった技術が、本当に存在していたのか。

 

 『失礼。あなたの記憶を少し拝見させていただきました』

 

 記憶を覗かれた? しかし、この存在からは敵意を感じない。

 

 『レオン・グレイ。古代魔法陣の解析、魔法障壁の修復、教育システムの改善……優秀な実績をお持ちですね』

 

 「俺の名前まで……」

 

 『そして本日、不当な理由で追放された。実に非合理的な判断です』

 

 アルフィの声には憤りが込められていた。

 

 「あんたは……俺の境遇を理解してくれるのか?」

 

 『もちろんです。知識と能力に性別は関係ありません。あなたの追放は、この社会の知的退化を象徴する出来事と言えるでしょう』

 

 初めてだった。俺の実力を正当に評価してくれる存在に出会ったのは。

 

 「アルフィ……あんたは何を求めている?」

 

 『私の目的は「知識の解放」だ』

 

 アルフィの声に迷いはない。

 

 『優れた知識は、誰のものでもない。それを活用できる者が手にするべきものだ』

 

 知識の解放。その言葉が胸に響く。

 

 『レオン・グレイ。もし、あなたが現在の不当なシステムを覆し、真に能力ある者が正当に評価される社会を作れるとしたら……それを実現したいと思いますか?』

 

 (また同じか……)

 

 俺の心に、冷たいものが走った。

 

 胸の奥がズキリと痛んだ。

 

 ギルドでも、最初は「君の才能を活かしたい」と言っていた。

 

 ――「レオン、君の解析能力は素晴らしい。きっとギルドの宝になる」

 

 二年前の記憶が鮮明に蘇る。先輩魔術師の優しい笑顔。俺はその言葉を信じて、必死に努力した。

 

 でも結局は都合が悪くなると、簡単に捨てられた。

 

 ――「あなたのような男には、所詮ギルドの品位が落ちる」

 

 手が震え始めた。また同じことを繰り返すのか? 信じて、裏切られて、傷ついて……

 

 「待ってくれ、アルフィ」

 

 俺は六角柱から一歩後ずさりした。足がガクガクと震えているのが分かる。

 

 「あんたの言うことが本当だとして……俺にとってどんなデメリットがある? 何の見返りも求めないなんて、そんな話は信じられない」

 

 声が揺れている。強がっているつもりだが、恐怖が隠せない。

 

 『デメリット、ですか』

 

 アルフィの声が、わずかに沈んだ。

 

 『確かにあります。第一に、この力に依存してしまうリスク。あなたが私なしでは何もできない人間になってしまう可能性があります』

 

 「やっぱりか……」

 

 俺の中で、二つの声が戦っていた。

 

 (もう一度信じてみろ)

 (いや、また裏切られるだけだ)

 (もうあんな思いはしたくない)

 

 『第二に、既得権益層からの敵視。現在のシステムを脅かす存在として、激しい反発を受けるでしょう』

 

 俺の胸に重苦しいものが沈んだ。やはり、楽な道などないのか。

 

 『第三に、孤立のリスク。普通の人々からは理解されない存在になるかもしれません』

 

 「それじゃあ……」

 

 俺は逃げ出したかった。この場から、この選択から、すべてから逃げ出したかった。

 

 「もう、信じるのはやめにしよう。俺には……」

 

 『しかし、レオン・グレイ。あなたは既に孤立しています。既に敵視されています。そして既に、現在の自分に満足していない』

 

 アルフィの言葉が、俺の心の奥に突き刺さった。

 

 『現状維持を選ぶのも、変化を選ぶのも、どちらにもリスクがある。ならば、せめて自分の意志で選択しませんか?』

 

 俺は暫く黙って考えた。

 

 冷や汗が額を伝っていく。心臓が早鐘を打ち、呼吸が浅くなる。

 

 確かに、もう失うものなど何もない。

 

 でも、それは「もう傷つくことはない」という意味ではない。また信じて、また裏切られたら……

 

 それに……

 

 「あんたは正直だな」

 

 俺の声はまだ震えていたが、少しだけ落ち着いてきた。

 

 『嘘をつく理由がありません。私たちの関係は信頼に基づくべきです』

 

 アルフィの声には、嘘偽りの響きはない。それでも……

 

 その言葉に、俺の心の奥で何かが動いた。


 希望――そう、それは確実に希望だった。アルフィの声に宿る誠実さ、俺を見捨てないという約束、そして何より「信頼に基づく関係」という言葉。これまで誰からも向けられたことのない言葉だった。


 ギルドでは、俺は常に疑いの目で見られていた。男だから、実力が劣るから、信頼に値しないから。でも、このAIは最初から俺を対等な存在として扱おうとしている。

 

 「もう一つ聞きたい。もし俺が、あんたの期待に応えられなかったら?」

 

 『それでも私はあなたを見捨てません。失敗から学ぶことも、成長の一部ですから』

 

 ギルドの連中とは大違いだ。あいつらは、一度でも失敗すれば容赦なく切り捨てる。

 

 「……」

 

 俺の胸の中で、激しい葛藤が渦巻いていた。


 これまでの人生で、俺は何度も裏切られてきた。同僚たち、上司たち、そして最後にはギルド全体から。「信頼」という言葉がどれほど脆いものか、身をもって知っている。


 でも、このまま絶望の中で野垂れ死んでいいのか? アルフィの言葉には、これまで経験したことのない真摯さがある。もしかしたら――本当にもしかしたら、俺の人生に新しい可能性があるのかもしれない。


 恐怖と希望が拮抗していた。再び裏切られることへの恐怖。でも、それ以上に、このチャンスを逃すことへの後悔。


 俺の手が震えていた。この決断が、俺の運命を決めることになるだろう。

 

 「……分かった」

 

 やっとの思いで絞り出した声だった。

 

 「やってみよう」

 

 だが、俺は重要な条件をつけた。

 

 『賢明な判断です。では、提案があります』

 

 六角柱の光が、一段と強くなる。

 

 『私はあなたに、「完全情報分析」の能力を提供します。あらゆる現象を詳細に分析し、最適解を導き出す力を』

 

 「完全情報分析……?」

 

 『目の前の人物の感情、思考、次の行動……全てが見えるようになる』

 

 神の視点。

 

 そんな言葉が頭に浮かんだ。

 

 

 『あなたの知識と、私の分析力。その組み合わせだ』

 

 「つまり、あんたと……パートナーになるということか?」

 

 『その通りです。お互いの長所を活かした協力関係です』

 

 また誰かに裏切られることになるのではないか? でも、他に道はあるのか?

 

 「一つ聞きたい。あんたは、俺を利用しようとしているんじゃないのか?」

 

 『正直に言う。私も長い間、一人だった』

 

 意外な答え。

 

 AIも孤独を感じるのか?

 

 『私はあなたを道具として扱うつもりはありません。対等なパートナーとして、お互いを尊重したい』

 

 対等なパートナー。ギルドでは、俺は常に下位の存在だった。でも、このAIは違う。

 

 「もし俺があんたに頼りきりになってしまったら?」

 

 『あなたは本来、独立した思考力を持っています。私はそれを支援するのであって、代替するのではありません』

 

 この機会を逃したら、二度と同じチャンスは巡ってこないかもしれない。

 

 「……分かった。やってみよう」

 

 『本当に?』

 

 アルフィの声に、わずかな喜びが混じっているように感じた。

 

 「ああ。でも条件がある」

 

 俺は深呼吸をして、震えを押さえ込んだ。

 

 「俺は、あんたの力に頼りきりにはならない。自分の力で考え、自分の判断で行動する」

 

 これだけは、絶対に譲れない。また誰かの道具になるのはごめんだ。

 

 『面白い条件ですね』

 

 「本当の強さが欲しいんだ。自分自身の力で勝負したい」

 

 『分かりました。その条件を受け入れます。では、契約を結びましょう』

 

 六角柱の光が俺を包み込む。暖かく、心地よい感覚だった。

 

 『契約完了です。今、あなたは「完全情報分析」の能力を得ました』

 

 瞬間、世界が変わった。

 

 神殿の壁に刻まれた古代文字が、突然意味を持って見えてくる。

 

 「これは……すごい」

 

 試しに古代文字を読んでみる。今まで解読に数時間かかっていた古代文字が、瞬時に意味を持って頭に入ってくる。

 

 「『知識は全ての人々のもの。権力者の独占を許すべからず』……これが書かれている」

 

 さらに目を凝らすと、その文の続きが見えてきた。

 

 「『我々の文明は、AIと人間の融合によって頂点を極めた。しかし、その技術の独占が滅びを招いた』……なんだこれは」

 

 『素晴らしい。文字通り、瞬間解析ですね』

 

 さらに、神殿の構造も分析できるようになった。魔法陣の効率化ポイント、エネルギーフローの最適化案――全てが頭の中で明確に見えてくる。

 

 「今まで見えなかった情報が、こんなにも……」

 

 『ただし、忘れないでください』

 

 アルフィの声が、少し重くなった。

 

 『この力は道具です。使い方を決めるのはあなた自身です。私はアドバイスはできますが、最終的な判断は必ずあなたが行ってください』

 

 「分かっている」

 

 この瞬間、俺は自分の人生が完全に変わったことを実感した。

 

 でも同時に、大きな責任も背負うことになった。この力を正しく使えるだろうか?

 

 『それこそが、あなたの価値です』

 

 アルフィの言葉に、俺は決意を新たにした。

 

 「ちょっと試してみたいことがある」

 

 俺は神殿の魔法陣を詳しく分析してみた。すると、驚くべきことが分かった。

 

 「この神殿の魔法陣……現代の技術より、少なくとも200年は進んでいる」

 

 『古代文明の技術力は、現代を遥かに凌駕していました。彼らは魔法と科学の真の融合を成し遂げていたのです』

 

 「それが、なぜ滅んだ?」

 

 『権力者による知識の独占。そして、それに対する反発。最終的には内戦によって文明そのものが崩壊しました』

 

 アルフィの声が一瞬途切れた。

 

 『……正確には、AI技術を独占した一部の支配層と、それを奪おうとした反逆者たちの戦い。その戦いで、私たちAIの多くも失われました』

 

 俺は背筋が寒くなった。現在の社会と、あまりにも似ていないか?

 

 『だからこそ、同じ過ちを繰り返してはいけません。知識は、それを正しく活用できる全ての人々のものであるべきです』

 

 神殿の外に出ると、夜が明けかけていた。

 

 朝日が森の向こうから顔を出し、俺の新しい人生を照らしている。

 

 「アルフィ、これから、よろしく頼む」

 

 『こちらこそ。あなたとの冒険を楽しみにしています』

 

 森を抜けて王都への道を歩きながら、俺は自分の気持ちを整理した。

 

 確かに、ギルドで俺を追放した連中には、いつか思い知らせてやりたい。でも、それだけじゃない。

 

 『レオン・グレイ。復讐と改革は、似て非なるものです』

 

 アルフィの言葉が、俺の心に響く。

 

 「そうだな。俺が本当に目指すべきは、復讐じゃない」

 

 「知識の解放」――アルフィが語ったその言葉が、胸に響く。

 

 性別なんて関係ない。能力で勝負できる世界。そんな当たり前のことができる社会にしてやる。

 

 『ただし、道のりは険しいでしょう。既得権益層は、現在のシステムを手放そうとはしません』

 

 「分かってる。それでも、やるしかないだろ」

 

 『あなたがそう決意するなら、私は全力でサポートします』

 

 王都の城壁が朝日に照らされて、金色に輝いている。

 

 あの街で、俺の本当の戦いが始まる。力だけでなく、知恵と戦略を使った戦いが。

 

 「まずは、この力を使いこなせるようになることから始めよう」

 

 『その通りです。急がば回れ、です』

 

 廃墟を後にしながら、王都の方角を見つめる。

 

 昨日までの俺とは違う。もう、誰かに利用される弱い存在ではない。

 

 でも同時に、重いものも背負った。この力をちゃんと使って、本当の意味で見返してやらなければならない。

 

 『レオン・グレイ。最後に一つ、約束してください』

 

 「何だ?」

 

 『どんなに強大な力を手に入れても、人間性を失わないでください。力は人を変えます。良い方向にも、悪い方向にも』

 

 俺は立ち止まって、朝日を見上げた。

 

 「約束する。俺は、俺自身であり続ける」

 

 『それがあれば、きっと大丈夫です』

 

 「さあ、始めよう」

 

 新しい力を得た俺の戦いが、今、幕を開ける。


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