第15話「委員会の初仕事」
改革委員会第一回会議の日がやってきた。
査問院の特別会議室に、7名の委員が集まっている。
委員長のエレノア・ヴァンバーグが席に着くと、室内の空気が引き締まった。
「それでは、改革委員会第一回会議を開始いたします」
エレノアの声が響く。
俺は副委員長席から委員たちを見回した。
保守派のグレゴリー・ストーンは腕を組んで不機嫌そうな表情。マーガレット・ウィンザーは緊張した面持ちで資料を眺めている。
中立派のロバート・テイラーとサラ・ミッチェルは慎重な様子で待機。
改革派のエリーゼとジョナサン・ブレイクは期待に満ちた表情だ。
「本日の議題は『ギルド全体の男女格差問題』です」
エレノアが資料を配った。
俺の胸に、緊張感が走った。これから議論される内容の重要性を実感する。
「現在の査問院では、女性職員が多数を占めています。しかし、これが必ずしも公正な評価の結果とは言い切れません」
グレゴリーが眉をひそめた。
「何を言うのです。これまでの制度が女性の才能を正当に評価してきた証拠でしょう」
「でも、グレゴリー」
マーガレットが意外にも反論した。
彼女の声は最初こそ小さかったが、次第に確信を帯びていく。
「私の娘は技術職を目指していますが、『女性だから向いていない』と言われることがあるんです」
会議室に微妙な緊張が走った。
「それは……」
グレゴリーが言いよどむ。
「つまり、現在の制度は完璧ではないということです」
俺は整理して発言した。
「重要なのは、性別ではなく能力による公正な評価です」
ジョナサン・ブレイクが身を乗り出した。
「そうです! 男女問わず、実力主義を導入すべきです」
「ちょっと待ってください」
サラ・ミッチェルが冷静に割り込んだ。
「急激な変化は混乱を招きます。段階的なアプローチが必要ではないでしょうか」
各委員の立場が明確になってきた。
「では、具体的な改革案について議論しましょう」
エレノアが進行を促した。
「レオン副委員長、何か提案はありますか?」
俺は準備していた資料を取り出した。
「はい。まず現状の詳細な分析から始めたいと思います」
* * *
『マスター、データを整理しました』
アルフィが意識に語りかけてくる。
『過去5年間の採用・昇進データを分析した結果、興味深い傾向が見えてきます』
俺は資料を見ながら説明を始めた。
「まず、分野別の男女比率を見てください」
グラフを示す。
「管理職:女性85%、技術職:女性60%、研究職:女性75%」
「これの何が問題なのですか?」
グレゴリーが挑戦的に聞いた。
「問題は、応募者の比率と採用者の比率の乖離です」
俺は次のグラフを見せた。
「技術職への応募者は男女ほぼ同数です。しかし、採用されるのは女性が60%。つまり、同じ能力なら女性の方が採用されやすい」
会議室がざわめいた。
「一方で、マーガレット委員のご指摘の通り、『女性には向かない』という偏見も存在します。これは逆方向の差別です」
マーガレットが頷く。先ほどまでの迷いは消え、確信に満ちた表情へと変わっていた。
「つまり、どちらの性別にも不公正が存在するということですね」
「その通りです」
俺は続けた。
「解決策は、性別を考慮しない評価制度の導入です」
「具体的には?」
ロバート・テイラーが身を乗り出した。
ここで、チームの専門性を発揮する時が来た。
「マルクス、技術職の評価制度について説明してくれ」
マルクスが立ち上がった。
「技術職では、実際の成果物による評価を提案します」
彼は詳細な資料を配った。
「魔法具の性能、改善提案の件数、実装の成功率。これらの客観的指標で評価する」
「興味深いですね」
サラが関心を示した。
「研究職はどうですか?」
リリアが続いた。
「研究職では、論文の質と量、査読の評価、研究成果の実用性を重視します」
彼女の提案は具体的で説得力があった。
「さらに、ブラインド審査を導入して、性別を伏せた状態で評価します」
「なるほど」
マーガレットが考え込んでいる。しかし、その表情には以前のような迷いはなく、真剣に提案を吟味している様子だった。
「でも、政治的な実現可能性はどうでしょう?」
エリーゼが政治的な観点から分析した。
「段階的導入が鍵です。まず新規採用から始めて、既存職員には研修と段階移行期間を設ける」
「既得権益への配慮も必要ね」
サラが指摘した。
「その通りです」
エリーゼが頷いた。
「急激な変化は反発を招きます。5年間の移行期間を設けて、全員が納得できるペースで進める」
グレゴリーが渋い顔をしていた。
「しかし、これまでの制度を否定することになりませんか?」
俺は慎重に答えた。
「否定ではなく、進化です」
「進化?」
「はい。これまでの制度は、当時の状況に最適化されていました。しかし、時代は変わりました。今求められるのは、より公正で透明な制度です」
『上手い説明ですね』
アルフィが評価する。
『感情ではなく論理で説得している』
マーガレットが口を開いた。
「私は賛成します」
意外な展開だった。
「娘に『女性だから』とか『男性だから』とか言われない世界を作りたい」
彼女の言葉に、会議室の空気が変わった。
ロバートも頷いた。
「商工会からも、実力主義への要望が上がっています。経済的にもメリットがある」
サラも同調した。
「段階的なアプローチなら、混乱も最小限に抑えられる」
ジョナサンは当然のように賛成した。
残るはグレゴリーだけだった。
「グレゴリー委員、いかがですか?」
エレノアが確認した。
グレゴリーは長い間考えていたが、ついに口を開いた。
「……条件があります」
「どのような?」
「移行期間中の混乱については、責任を持って対処すること。そして、実力主義が真に公正であることを証明すること」
「承知しました」
俺は即答した。
「では、本提案を承認ということで」
エレノアが確認を取った。
全員が頷いた。
「 「改革委員会第一号議案『実力主義評価制度導入計画』、全会一致で可決」」
拍手が起こった。
俺は安堵と達成感に包まれた。しかし同時に、これが始まりに過ぎないという責任の重さも感じていた。
* * *
会議終了後、エレノアが俺を呼び止めた。
「レオン、素晴らしい提案でした」
「ありがとうございます」
「特に、論理的でありながら感情にも配慮したバランスが見事でした」
エレノアの評価は率直だった。
「チームワークも完璧です。各分野の専門家を適切に活用している」
『マスター、大成功ですね』
アルフィも満足げだった。
『論理と感情、個別利益と全体利益。全てのバランスを取った見事な統合でした』
廊下でチームメンバーと合流した。
「やったわね!」
エリーゼが興奮している。
「グレゴリーまで説得するなんて」
「マーガレット委員の発言が転機だったな」
マルクスが分析する。
「個人的な体験の力は大きい」
リリアも同感だった。
「データだけでは動かせない心に、体験談が響いた」
俺はチームを見回した。
一人では絶対に不可能だった。
マルクスの技術的専門性、リリアの研究者視点、エリーゼの政治的洞察。
そして、アルフィの分析支援。
全てが組み合わさって、初めて可能になった成功だった。
「でも、これは始まりに過ぎない」
俺は気を引き締めた。
「実装が本当の挑戦だ」
「そうね」
エリーゼが頷いた。
「でも、今日の成功で確信したわ。私たちにはできる」
夕日が査問院の窓を照らしていた。
改革委員会の初仕事は成功した。
しかし、これは長い道のりの第一歩に過ぎない。
より複雑で困難な課題が待っている。
それでも、今日の成功が俺たちに自信を与えてくれた。
『次はより難しい課題が来るでしょう』
アルフィが予告する。
『しかし、あなた方ならきっと乗り越えられる』
俺は窓の向こうの街を見つめた。
この街の人々が、性別や出身に関係なく、自分の才能を発揮できる世界。
その実現に向けて、また一歩前進した。
確実に、着実に、理想の社会への道を歩んでいる。
* * *
その夜、俺は一人で改革委員会の議事録をまとめていた。
今日の成功を振り返りながら、重要なポイントを整理する。
『マスター、今日の会議を分析してみました』
アルフィが報告を始めた。
『最も効果的だったのは、マーガレット委員の個人的体験の共有でした』
「そうだな」
俺は頷いた。
「データだけでは人は動かない。感情に訴える何かが必要だ」
『人間の意思決定には、論理だけでなく感情も大きく影響します』
アルフィの観察は鋭かった。
『あなたは両方をうまく使い分けています』
「意識していたわけではないが……」
『それが自然にできるのが、あなたの才能かもしれません』
才能という言葉に、俺は少し躊躇した。
「これはチーム全体の成果だ。俺一人では不可能だった」
『謙虚ですね』
アルフィは微笑むような口調だった。
『しかし、チームを統率し、最適な判断を下すのもまた才能です』
扉がノックされた。
「まだ起きてるの?」
エリーゼが顔を覗かせた。
「議事録を作ってた」
「私も眠れなくて」
彼女は椅子に座った。
「今日のこと、まだ信じられない」
「うまくいったな」
「グレゴリーが最後に賛成した時は、本当に驚いた」
エリーゼは感慨深げに言った。
「彼のような保守派を説得できたのは大きい」
「ただ、これからが本番だ」
俺は現実的な視点を忘れなかった。
「実装段階で必ず問題が出る」
「そうね。でも、今日の成功で道筋は見えた」
エリーゼは前向きだった。
「段階的なアプローチ、データによる裏付け、感情への配慮。この方法論を応用すれば、他の問題も解決できる」
『エリーゼの政治的洞察は的確ですね』
アルフィが評価する。
『政治とは、論理と感情の絶妙なバランスです』
「ところで」
エリーゼが話題を変えた。
「今日のような成功を積み重ねていけば、きっと大きな変化を生み出せるわね」
「そうだな」
俺は彼女を見つめた。
「君の経験と洞察があるからこそ、今日のような成果を上げられた」
「君の犠牲があったからこそ、今日の成功がある」
俺は本心から言った。
「君の勇気と決断がなければ、俺たちはここまで来れなかった」
エリーゼの目に涙が浮かんだ。
「ありがとう。その言葉で、全ての犠牲が報われた気がする」
しばしの間、二人は静かに座っていた。
窓の外では、夜の街が静寂に包まれている。
「レオン」
エリーゼが口を開いた。
「今日、本当にいい会議だったわね。グレゴリーまで納得させられるなんて」
「マーガレットの体験談がポイントだったな」
俺は今日の成功を振り返った。
「データだけでは人は動かない。本当に心に響く話が必要だ」
「そうね。チームワークも完璧だったし」
エリーゼは満足げに頷いた。
夜は更けていたが、二人の心は晴れやかだった。
今日の成功は、偶然ではない。
チーム全体の努力と、正しい目標への信念の結果だった。
明日からまた新しい挑戦が始まる。
でも、今日の経験が俺たちに確信を与えてくれた。
正しい道を歩んでいる。
そして、必ず目標に到達できる。




