表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/90

第12話「才能の片鱗」

 翌朝、俺は緊張していた。


 今日はエレノア・ヴァンバーグ主席査問官代理との初の面談日だ。


 昨夜遅くまで、提案書の最終調整を行った。急進的な要素を排除し、段階的で実現可能な改革案に仕上げた。少なくとも、論理的には完璧な内容だと思う。


 でも、なぜか不安が残る。


 「準備はできてるか?」


 執務室でマルクスが声をかけてくる。


 「ああ、一応は」


 俺は提案書のファイルを手に取った。


 『レオン、データ分析の結果をお伝えします』


 アルフィの声が頭に響く。


 「どんな結果だ?」


 俺の頭に、アルフィから送られてくるデータが流れ込む。複雑な分析グラフ、確率計算…そして一つの数字が浮かび上がった。


 『エレノア・ヴァンバーグが改革派である可能性は70%です』


 俺の胸に、安堵の気持ちが広がった。70%。かなり高い確率だ。


 『過去の発言、投票行動、人事評価などを総合的に分析した結果です』


 アルフィの声に確信があった。でも、なぜか俺の心の奥で小さな不安がくすぶっている。


 「それなら安心だな」


 俺は安堵した。


 70%なら、今日の面談はうまくいく可能性が高い。


 でも……。


 なぜか、心の奥で小さな違和感がくすぶっている。


 『データに疑問がありますか?』


 アルフィが俺の思考を読み取る。


 「いや、疑問というか……」


 俺は言葉を選んだ。


 「なんとなく、そう単純じゃない気がするんだ」


 『興味深い反応ですね』


 アルフィの声に関心が込められている。


 『具体的には、どのような懸念でしょうか?』


 「分からない。ただの勘かもしれないが……」


 俺は頭を振った。


 「まあ、データの方が信頼できるだろう」


  *   *   *


 午前10時。主席査問官代理室の前に立っていた。


 重厚な扉の向こうから、落ち着いた女性の声が聞こえる。


 「どうぞ、お入りください」


 俺は深呼吸して扉を開けた。


 エレノア・ヴァンバーグが机の向こうに座っている。


 35歳という年齢よりも少し若く見える整った顔立ち。知的な眼鏡の奥の瞳は鋭く、でも決して冷たくはない。


 「レオン・グレイさんですね。お座りください」


 「ありがとうございます」


 俺は指定された椅子に座った。


 「まず、この度のヴィクトリア前主席査問官の件について、謝罪いたします」


 エレノアが頭を下げる。


 「不適切な処分により、ご迷惑をおかけしました」


 「いえ、気になさらないでください」


 俺は慌てて答えた。


 「むしろ、公正な判断をしていただき、感謝しています」


 エレノアが微笑む。


 その笑顔は自然で、好感が持てる。


 でも……。


 また、あの違和感が湧いてくる。


 何か、計算されたものを感じる。いや、計算というより、慎重すぎる配慮?


 『レオン、彼女の表情を分析しています』


 アルフィが割り込む。


 『友好的で協力的な態度です。予想通りの反応と言えるでしょう』


 そうか。やっぱり俺の勘違いかもしれない。


 「それで、今日はどのようなご相談でしょうか?」


 エレノアが本題に入る。


 「新体制での協力関係について、お話ししたく」


 俺は提案書を取り出した。


 「こちら、私たちの改革提案の修正版です」


 エレノアが書類を受け取り、丁寧に目を通し始める。


 その間、俺は彼女の表情を観察していた。


 真剣に読んでいる。時々、眉をひそめたり、頷いたりしている。


 でも、何かが……。


 『データ分析では、彼女は改革支持派のはずです』


 アルフィが再度確認する。


 そうだ。70%の確率で改革派。


 なのに、なぜ俺は不安なんだ?


 「なるほど」


 エレノアが書類から顔を上げた。


 「よく練られた提案ですね。段階的なアプローチで、現実的です」


 「ありがとうございます」


 俺は安堵した。


 やはり好反応だ。アルフィの分析が正しかった。


 「ただし」


 エレノアの表情が少し変わった。


 「一つ、懸念があります」


 俺の心臓が早鐘を打つ。


 「どのような?」


 「改革には時間がかかります。そして、その間に必ず反発や混乱が生じる」


 エレノアが手を組む。


 「私は安定を重視したい。急激な変化よりも、現在のシステムの微調整で対応できないでしょうか?」


 俺は愕然とした。


 これは……改革派の発言じゃない。


 完全に現状維持派の論理だ。


 『興味深い展開ですね』


 アルフィの声に困惑が混じっている。


 『データ分析と実際の発言に乖離があります』


 そうだ。


 俺の直感が正しかった。


 エレノアは改革派なんかじゃない。少なくとも、俺たちが期待していたような改革派ではない。


 「微調整では」


 俺は慎重に言葉を選んだ。


 「根本的な問題は解決できないと思います」


 「根本的な問題とは?」


 エレノアの目が鋭くなる。


 ここが勝負どころだ。


 俺の中で、相手への不信感と真実を伝えたい衝動がぶつかり合った。


 エレノアは賢い女性だ。建前や美辞麗句で誤魔化そうとしても、すぐに見抜かれるだろう。だったら、本質的な問題を正面から指摘するしかない。


 これまでの経験が教えてくれている。真の改革者になるためには、不都合な真実から目を逸らしてはいけない。


 覚悟を決めて、俺は核心を突いた。


 「現在の男女格差システムは、表面的には女性優位ですが、実際は一部の上層階級だけが利益を得ている構造です」


 「……」


 エレノアが沈黙する。


 俺は続けた。


 「微調整では、この構造的不平等は解消されません。必要なのは、公正な実力評価システムの導入です」


 長い沈黙が続いた。


 そして、エレノアがゆっくりと口を開く。


 「レオンさん、率直にお聞きします」


 その声音が、これまでとは明らかに違う。


 「あなたがたの真の目的は何ですか?」


 俺は覚悟を決めた。


 「ギルド内の不平等をなくすことです。性別や出身階級に関係なく、実力で評価される組織にしたい」


 「そのためには、どの程度の変化が必要だと思いますか?」


 「……大きな変化が必要だと思います」


 俺は正直に答えた。


 エレノアが深いため息をついた。


 「やはり、そうですか」


 彼女が椅子にもたれかかる。


 「レオンさん、私はあなたがたの理想を理解します。そして、それが正しいことも分かります」


 「でも?」


 「でも、私の立場では支持できません」


 エレノアがはっきりと言った。


 「私は混乱を避けたい。大きな変化は、必ず大きな混乱を招きます」


 俺は静かに頷いた。


 やはり、俺の直感が正しかった。


 『レオン』


 アルフィの声が響く。


 『あなたの判断は正確でした。私のデータ分析を上回る洞察でした』


 そうか。


 俺は、AIの分析よりも正確に相手の本質を見抜いたのか。


 「ありがとうございました、エレノアさん」


 俺は立ち上がった。


 「率直なお話を聞かせていただき、今後の方針が明確になりました」


 「お役に立てず、申し訳ありません」


 エレノアも立ち上がる。


 「でも、もし小さな改善案があれば、喜んで検討いたします」


 俺は微笑んだ。


 「考えてみます」


  *   *   *


 査問官室を出た後、俺は廊下を歩きながら考えていた。


 『レオン、驚きました』


 アルフィが感嘆の声を上げる。


 『あなたの直感は、私の70%確率の分析を覆しました』


 「たまたまだよ」


 『いえ、偶然ではありません』


 アルフィの声に確信が込められている。


 『あなたには、データを超越する洞察力があります』


 データを超越する洞察力?


 俺に、そんなものがあるのか?


 確かに、最近は相手の心理や真意を読み取るのが得意になった気がする。


 でも、それが特別な能力なのかどうかは分からない。


 執務室に戻ると、みんなが待っていた。


 「お疲れさま、レオン」


 エリーゼが振り返る。


 「どうでしたか?」


 「うーん」


 俺は椅子に座った。


 「結論から言うと、エレノアは味方にはならない」


 「え?」


 マルクスが驚く。


 「でも、AIの分析では改革派だったんじゃ……」


 「データと現実は違った」


 俺は面談の内容を詳しく説明した。


 みんなが聞き入っている。


 「つまり」


 リリアがまとめる。


 「エレノアは理想は理解するけど、実行はしたくないということですね」


 「そういうことだ」


 俺は頷いた。


 「でも、敵対もしない。中立の立場を維持したいんだろう」

 

 「さらに、彼女には別の事情がある」

 

 俺は面談中に気づいたことを話した。

 

 「彼女がヴィクトリアの後釈を引き受けたことに、既得権益層からの圧力があったはずだ。彼女の慎重さは、そのプレッシャーの結果だ」

 

 「え? どうして分かるの?」

 

 マルクスが驚く。

 

 「彼女の目を見ていて分かった。理想を語る時の輝きと、現実を語る時の諦め。そのギャップが大きすぎる」


 『レオン』


 アルフィが割り込む。


 『今回の判断で、あなたの能力について確信しました』


 「どんな?」


 俺の胸に、期待と困惑が入り混じった。


 『あなたには、論理的分析と直感的洞察を統合する稀有な才能があります』


 仲間たちの視線が俺に集中した。エリーゼの瞳に驚き、マルクスの表情に感心、リリアの顔に好奇心が浮かんでいる。


 俺の頭に、アルフィから送られてくる分析データが浮かんだ。人間の思考パターンの分類図、判断プロセスの比較チャート…


 『通常、人間はデータに依存するか、直感に頼るかのどちらかです。しかし、あなたは…』


 俺は困惑した。自分では普通にやっているつもりなのに。


 「それって、普通じゃないのか?」


 『非常に珍しい能力です』


 アルフィの声に、明確な確信があった。


 『注意深く観察を続けさせてください』

 

 『一つ、例をお見せしましょう』

 

 アルフィが面談のデータを再生する。

 

 『私の分析では、エレノアの表情変化から「慎重さ」を読み取りました。しかし、あなたはその一歩先、「圧力の存在」まで見抜いていました』

 

 「それは……」

 

 『データとインスピレーションの完璧な融合です。私の補助があったとはいえ、結果は予想を遥かに超えています』


 俺は窓の外を見た。


 俺には、本当に特別な能力があるのだろうか?


 それとも、単に経験を積んだだけなのか?


 分からない。


 でも、一つだけ確かなことがある。


 俺は変わり始めている。


 以前の俺なら、絶対にアルフィの分析を疑ったりしなかった。


 でも今は、自分の判断を信じることができる。


 これが成長なのか、才能の覚醒なのか、俺にはまだ分からない。


 ただ、アルフィが言うように、何か特別なものを俺が持っているとしたら……。


 それは、これからの戦いで大きな武器になるかもしれない。

 

 『マスター、一つ提案があります』

 

 「何だ?」

 

 『あなたの才能を、もっと積極的に活用してみませんか? 私のデータ分析と、あなたの直感を組み合わせれば、予想以上の成果が期待できます』


 「さて」


 俺は仲間たちを見回した。


 「エレノアは味方にならないが、敵でもない。この状況をどう活用するかが問題だ」


 新しい戦略を立てる時が来た。


 そして今度は、俺の直感も武器として使えるかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ