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第11話「新体制への適応」

 査問会議の翌日、俺は早朝からギルドの廊下を歩いていた。


 昨日の劇的な展開で、ヴィクトリア・クローディアは主席査問官から一時的に職務停止処分を受けた。代わりに副査問官のエレノア・ヴァンバーグが暫定的に主席査問官代理を務めることになった。


 ギルド内の雰囲気は明らかに変化していた。


 「おはよう、レオン」


 廊下ですれ違う同僚たちの視線が、これまでとは違う。


 軽蔑や無関心ではなく、興味と……少しの警戒が混じっている。


 『政治的勢力図が大きく変化しましたね』


 アルフィの声が頭に響く。


 「ああ。でも、これからが本当の勝負だ」


 俺は執務室に向かいながら考えていた。


 ヴィクトリアが失脚したからといって、俺たちの立場が完全に安全になったわけではない。むしろ、新しい権力者であるエレノアがどのようなスタンスを取るかによって、今後の展開は大きく変わる。


  *   *   *


 執務室に着くと、マルクス、リリア、エリーゼがすでに集まっていた。


 「おはよう、みんな」


 「レオン、お疲れさま」


 エリーゼが振り返る。勘当の件で家族からの圧力を受けているはずだが、その表情には昨日よりも落ち着きが戻っていた。


 「今日は情報収集の日にしよう」


 俺は椅子に座りながら言った。


 「エレノア・ヴァンバーグについて、できる限り詳しく調べる必要がある」


 「賛成です」


 マルクスが資料を広げる。


 マルクスの表情に、慎重さが浮かんでいる。


 「エレノア・ヴァンバーグについて調べました。35歳、技術系出身で魔法理論に精通している。でも…」


 彼の声が曇った。


 「政治的なスタンスは?」


 「そこが問題なんです」


 リリアの眉がひそめられた。不安と困惑が、その表情に刻まれている。


 「表立った政治的発言はほとんどありません。ヴィクトリア派でもなければ、改革派でもない。完全に中立を保ってきた人物です」


 俺は考え込んだ。


 中立派。これは厄介だ。


 味方になってくれる可能性もあるが、敵になる可能性もある。そして何より、その判断基準が読めない。


 『レオン、私が過去の会議録を分析した結果があります』


 「何か分かったか?」


 『エレノアは一貫して「安定性」を重視する傾向があります。急激な変化よりも、段階的な改善を好む人物のようです』


 なるほど。


 つまり、俺たちのような「急進的改革派」とは相性が悪い可能性が高い。


 「でも、それは悪いことばかりじゃないかもしれない」


 エリーゼが口を開く。


 「急進的すぎる改革は失敗しやすい。彼女が段階的アプローチを好むなら、より現実的な改革案を提示すれば理解してもらえるかもしれません」


 「それは一理ある」


 俺は頷いた。


 確かに、ヴィクトリアのような完全な敵対者よりも、対話の余地がある中立派の方が扱いやすいかもしれない。


 『興味深い観点ですね』


 アルフィの声に感心が込められている。


 『エリーゼの政治的洞察は的確です。しかし、レオン、あなたの戦略的思考も成長していますね』


 俺は少し驚いた。


 アルフィがこんな風に俺の成長を評価するのは珍しい。


 「どういう意味だ?」


 『先ほどのエレノア分析で、あなたは私のデータ提供を受ける前に、既に「中立派は厄介だ」という正確な判断を下していました』


 言われてみれば、確かにそうだ。


 俺は無意識のうちに、エレノアの立場の複雑さを理解していた。


 『あなたの政治的直感が鋭くなっています』


 政治的直感?


 俺にそんなものがあるのか?


 でも、確かに最近、相手の思考パターンや行動予測が以前よりもスムーズにできるようになった気がする。


 「それより、具体的な戦略を立てよう」


 俺の頭に、一つの理解が浮かんだ。


 エレノアという人物の本質…彼女は「破壊」ではなく「建設」を好む。俺たちがこれまでやってきたことは、どうしても「既存システムへの攻撃」に見える。


 俺の胸に、新しい戦略への確信が湧き上がった。


 だったら、戦略を変えればいい。相手の価値観に寄り添って、協力への道筋を作る。


 俺の脳裏に、過去の苦い経験が蘇る。感情的な対立では何も生まれない。追放された時の俺は、まさにそれで失敗した。


 俺の拳が自然と握りしめられた。今度は違う。現実的な妥協と段階的な前進で、真の変革を成し遂げる。


 「エレノアが安定志向なら、俺たちは『建設的改革派』として接触すべきだ」


 「建設的改革派?」


 「そうだ。破壊的な変革ではなく、現在のシステムを段階的に改善していく立場。彼女の価値観に合わせるんだ」


 マルクスが手を叩く。


 「なるほど! 急進的なイメージを払拭して、現実的なパートナーとして認識してもらうわけですね」


 「正確には、『現実的なパートナー』になることだ」


 俺は立ち上がった。


 「俺たちは本当に段階的改革を採用する。短期的な成果を求めすぎず、長期的な視点で取り組む」


 『優秀な戦略転換ですね』


 アルフィが評価する。


 『この判断は私の分析を超えた部分があります。レオン、あなたの独自の洞察力が発揮されました』


 またアルフィに褒められた。


 最近、こういうことが増えている気がする。


 俺の中で何かが変化しているのだろうか?


  *   *   *


 午後、俺たちは具体的な行動計画を立てていた。


 「まず、エレノアに正式な面談を申し入れよう」


 「理由は?」


 エリーゼが聞く。


 「『新体制での協力関係構築』だ。ヴィクトリア体制下で生じた対立を解消し、建設的な関係を築きたいと伝える」


 「それなら相手も断りにくいですね」


 リリアが同意する。


 「でも、面談で何を話すんですか?」


 「俺たちの改革提案を、エレノアの価値観に合わせて再編成する」


 俺は資料を整理しながら答えた。


 「急進的な要素は削除して、段階的で実現可能な内容にする」


 『レオン』


 アルフィが割り込む。


 『あなたの戦略立案プロセスを観察していますが、興味深い特徴があります』


 「どんな?」


 俺の頭に、アルフィから送られてくる分析データが浮かんだ。複雑な思考パターンの図表、判断プロセスの流れ図…


 『論理と直感のバランスが絶妙です。データを基にしながらも、相手の心理的側面を直感的に理解している』


 俺は手を止めた。なんだか褒められているようで、照れくさい。


 「それって、普通じゃないのか?」


 『一般的ではありません』


 アルフィの声に、わずかな驚きが混じっていた。


 『多くの人は論理偏重か直感偏重のどちらかに偏ります』


 アルフィの言葉を聞いて、俺は少し困惑した。


 確かに、最近の俺は以前とは違う気がする。


 相手の立場や心理状態を理解するのが、なぜか自然にできるようになった。


 それが才能なのか、単なる経験の蓄積なのかは分からないが……。


 「レオン?」


 エリーゼの声で現実に戻る。


 「あ、すまない。少し考え事をしていた」


 「面談の件、どうしましょう?」


 「明日の午前中に申し入れよう」


 俺は決断した。


 「今日中に提案書の草案を作成して、明日エレノアに直接渡す」


 「分かりました」


 みんなが作業に取り掛かる。


 俺は窓の外を見ながら考えていた。


 新しい時代が始まろうとしている。


 ヴィクトリア体制の終焉と、エレノア体制の開始。


 俺たちがこの変化をどう活用するかで、今後の改革の成否が決まる。


 『レオン』


 「何だ?」


 『あなたは成長していますね』


 アルフィの声に、いつもとは違う温かさがあった。


 『注意深く観察させてください。あなたの能力の発達を』


 俺は微笑んだ。


 「ああ、頼む」


 窓の外で夕日が沈んでいく。


 明日から、新しい政治ゲームが始まる。


 今度は、俺たちが主導権を握る番だ。


 そんな確信が、なぜか俺の中にあった。

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