第1話「理不尽な追放」
本作は、「追放された青年が、古代AIと手を組んで“情報”で無双する」物語です。魔法もあるファンタジー世界なのに、主役は剣でも魔術でもなく……“知識”と“戦略”。
追放・ざまぁ系の痛快さに加えて、社会制度にメスを入れたり、AIとの価値観のズレに悩んだり、ちょっとだけ“考えさせられる”場面もあるかもしれません。
それでもテーマは一貫して、「弱者が知恵で世界を変える」こと。
気楽に、でもちょっとだけ深く楽しんでもらえたら嬉しいです!
ご感想・ブクマなど励みになります。よろしくお願いします!
毎日20時ごろに投稿予定です。
「レオン・グレイ、君に対する最終判定を申し渡す」
王立魔術師ギルドの第一査問会議室。俺の頭上で、古代魔法陣が青白い光を放ちながら脈動している。その光が壁の肖像画を照らすたび、歴代魔術師たちの眼差しが俺を見下ろしているような錯覚に陥る。空気が重く、息苦しい。この部屋の威圧感が、俺の胸を締め付けていた。
重厚な黒檀の机が半円状に配置され、その向こうで五人の女性査問官が俺を睨みつけている。深紅のローブが血のように艶やかに輝き、まるで処刑台を囲む判事たちのようだ。彼女たちの視線が針のように俺の肌を刺す。
そして、その中央に座るのがヴィクトリア・クローディア主席査問官。彼女の冷たい瞳が、まるで氷の矢のように俺を射抜く。
「君の魔術師資格を剥奪し、ギルドからの永久追放を言い渡す」
彼女の声は、まるで死刑宣告のように重々しく会議室に響いた。
一瞬、時が止まったような感覚に襲われる。
三年間――三年間必死に積み上げてきた全てが、たった一言で崩れ去った。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
俺は慌てて声を上げる。まだ何も聞いていない。理由すら説明されていないのに、いきなり追放だなんて――
「理由を教えてください。俺が何をしたというんですか」
ヴィクトリアの唇が、薄く嘲笑を浮かべる。
「理由? ふふ、男の分際で随分と生意気な口を利くのね」
彼女の視線が俺を上から下まで舐めるように見回す。まるで汚物でも見るかのような、露骨な蔑視の眼差しだった。
「君のような男が魔術師を名乗ること自体が間違いなのよ。ここは王立魔術師ギルド――この国最高峰の魔術師集団。男などに居場所はない」
「そんな馬鹿な……俺はこの三年間、必死に――」
言葉を遮るように、ヴィクトリアが手を振る。
「三年間? ああ、そういえば君、色々と『頑張っていた』そうね」
彼女の声に込められた皮肉が、胸に突き刺さる。
俺の実績が頭の中を駆け巡る。
ギルド一年目――あの夜、先輩たちが諦めた古代魔法陣の謎が突然解けた瞬間の興奮。三日三晩、食事も忘れて没頭した記憶が鮮明に蘇る。
二年目――隣国問題で修復不可能と言われた魔法障壁。俺の手で光が戻った時の、同僚たちの驚いた顔。その時は確かに認められたと思った。
そして三年目――夜通し考え抜いた教育改善案。「採用します」と言われた時の誇らしさが、今は苦い記憶となって喉の奥にこびりついている。
これらの成果が、本当に無意味だというのか?
「第一、君の最近の行動は目に余るものがある」
別の査問官――エレノア・ヴァンバーグが資料を手にしながら立ち上がる。
「女性の先輩に対して意見を述べる、会議で積極的に発言する、独断で技術開発を進める……全て男らしからぬ、身の程知らずな行為よ」
意見を述べることが悪いことなのか? 技術開発が身の程知らずなのか?
俺の中で怒りが煮えたぎる。しかし、それ以上に困惑していた。
(待て……なんで、こんなに必死になって俺を排除しようとしている?)
胸の奥で、モヤモヤとした違和感が膨れ上がる。冷や汗が背中を伝い、心臓の鼓動が早くなった。
俺が本当にただの無能な男なら、こんなに時間をかけて査問会なんて開く必要があるのだろうか? 口の中が乾き、唾を飲み込むのにも苦労する。
それなのに、なぜ五人もの査問官が集まって、わざわざ正式な査問会を開いているのか?
なぜヴィクトリアの目には、俺に対する明確な敵意が宿っているのか?
なぜエレノアは、まるで俺の行動を逐一監視していたかのような詳細な資料を持っているのか?
まるで俺を――危険な存在として扱っているかのような、過剰なまでの警戒と排斥。
(もしかして、俺の能力を……認めているからこそ?)
その考えが頭をよぎった瞬間、ヴィクトリアの視線と目が合った。一瞬、彼女の表情に焦りのような色が浮かんだように見えたが、すぐにいつもの傲慢な笑みに戻る。
(やっぱり……何かがおかしい)
「レオン・グレイ」
ヴィクトリアの声が、再び俺の思考を遮る。
「君にはもう何も言うことはない。ギルドカードを返却しなさい」
差し出された手のひらを見つめる。
三年前、魔術師としての第一歩を踏み出した時に受け取ったギルドカード。それを手放すということは……
「嘘だろ……」
呟きが漏れる。これまでの努力、積み重ねてきた実績、未来への希望――全てを否定されているのだ。
震える手でポケットからギルドカードを取り出す。薄い魔法金属に刻まれた自分の名前が、なんだか遠い昔のもののように感じられた。
口の中が渇ききって、舌が上顎に張り付く。喉が詰まったように、声が出ない。
拳が震える。血が頭に上り、視界の端が赤く滲む。でも同時に、背中に冷たい汗が流れ落ちる。ヴィクトリアの氷のような視線が、俺の反抗心を押し潰していく。
「……はい」
かすれた声が、やっと喉から絞り出される。その一言と共に、俺の中で何かが音を立てて砕け散った。
カードをヴィクトリアの手に渡す瞬間、魔法的な繋がりが断たれるのを感じた。ギルドの施設へのアクセス権限、魔術師としての公的地位、全てが失われる。
「これでレオン・グレイは一般人に戻ったわ。二度とこのギルドの敷居を跨ぐことのないよう、警告しておく」
査問室を出る時、廊下で何人かの同僚――いや、元同僚と目が合った。
「あら、レオン……」
魔術師のリサが、困ったような表情で声をかけてくる。
しかし、すぐに視線を逸らした。
「その……お疲れ様でした」
他の魔術師たちも、同じような反応だった。
同情はしているが、関わりたくない。
俺の胸に、ナイフで突かれたような鋭い痛みが走る。
三年間一緒に働き、時には夜遅くまで研究を共にした仲間だと思っていたのに。
結局、俺は彼女たちにとって、本当の意味での「仲間」ではなかったのだろう。
廊下を歩いていると、奥の柱の陰に一人の女性が立っているのに気づく。
エリーゼ・ローゼン――深いエメラルドの瞳に知性が宿り、一言一言に重みがある女性だ。廊下を歩く時の凛とした姿勢が、俺の視界に焼き付いて離れない。
なぜか、俺は彼女に強く引きつけられた。他の同僚たちが軽蔑や無関心の表情を見せる中で、彼女だけが違っていた。彼女は俺の追放劇を、最初から最後まで見ていたのだろうか?
彼女の深いエメラルドの瞳が、俺を真っ直ぐに見つめている。その瞳の奥で、何かが燃えているような光が揺らめいていた。
同情でも憐れみでもない――もっと複雑で、深い感情。まるで俺の中の何かを見透かそうとしているような、鋭く知的な視線。
その瞬間、俺の胸に奇妙な予感が走った。この女性は、俺の未来に何らかの形で関わってくるのではないか。根拠のない直感だったが、確信に近い感覚だった。
しかし、俺が歩み寄ろうとした瞬間、エリーゼは踵を返して去って行った。ただ、立ち去る直前に、彼女の唇が小さく動いたように見えた。
まるで、何かを呟いているかのように。その表情には、決意めいた何かがあった。
ギルドの正門を出る。
振り返ると、堂々たる石造りの建物がそびえ立っている。この国で最も権威ある魔術師組織の本部。俺はもう、ここに戻ることは許されない。
「見返してやる……」
拳を握りしめる。この屈辱を、この理不尽を、絶対に忘れない。
でも、見返すだけじゃない。俺が本当に証明したいのは、能力に性別は関係ないということだ。知識も、技術も、誰のものでもない。それを活用できる者が手にするべきものだ。
でも――どうやって?
俺にはもう、魔術師の資格がない。公的な後ろ盾もない。実力を証明する場もない。
一体どうやって、あの傲慢な女たちを見返せばいいのか?
当てもなく街を歩く。
夕暮れの王都は相変わらず活気に満ちている。商人たちが最後の商談を交わし、酒場からは楽しそうな笑い声が聞こえてくる。しかし、その賑わいが俺の耳には遠い異国の音楽のように響き、胸の奥に深い孤独が広がっていく。
ギルドでの生活のために借りていたアパートの家賃は、来月分はもう払えないだろう。わずかな貯金で、せいぜい一ヶ月が限度だ。
魔術師としての就職先も、ギルドから追放された男を雇ってくれるところなどあるはずがない。
どうすればいい? どこに行けばいい?
三年間、魔術師としての道だけを歩んできた俺には、他に頼れるものが何もなかった。
歩き続けているうちに、足は自然と街の外れへと向かっていた。
人々の声が遠ざかり、やがて静寂が訪れる。古い街道を辿ると、廃墟となった建物群が薄暗い中に浮かび上がった。
ここには昔、「ヴェレーズ村」という小さな農村があった。今は朽ちた柱と崩れた石壁だけが、かつての賑わいを物語っている。夜風が廃墟を通り抜けるたび、どこか遠くから子供たちの笑い声が聞こえるような気がして、俺は身震いした。
「ここで一夜を明かすか……」
野宿する覚悟を決めかけた時、廃墟の奥から微かな光が漏れているのに気づいた。
「誰かいるのか?」
声をかけてみるが、返事はない。しかし、その光は確実に魔法的なオーラを放っている。魔術師として三年間培った感覚が、それを告げていた。
好奇心が勝って、俺はその光に向かって歩き始めた。
崩れかけた家屋の間を縫って進むと、村の中央広場らしき場所にたどり着く。そこに、異様な建造物があった。
石造りの小さな神殿が、月光の下で神秘的に佇んでいる。現代の建築とは全く異なる曲線と幾何学模様が組み合わさり、見ているだけで頭がくらくらする。まるで別の世界から転送されてきたかのような、異質な美しさを放っていた。
神殿の入り口は半ば土砂に埋もれているが、その奥から青白い光が脈動するように漏れ出している。
「これは……古代遺跡か?」
魔術師として学んだ知識を総動員する。この国には、古代文明の遺跡がいくつも眠っているという話がある。しかし、そのほとんどは王室や大貴族によって管理され、一般の魔術師が立ち入ることは許されていない。
だが、ここは誰にも知られていない遺跡のようだ。
そして、この光は――間違いなく、何かの魔法装置が今でも稼働していることを示している。
俺は一歩、また一歩と神殿に近づく。
風が止み、辺りが静寂に包まれる。鳥の鳴き声も、虫の音もない。まるで世界が息を潜めているかのような、神秘的な静けさだった。
神殿の入り口で立ち止まる。
この先に何があるのか、全く分からない。危険かもしれない。もしかしたら、命を落とすことになるかもしれない。
それでも、俺の足は止まらなかった。
胸の奥で燃えているのは、追放された時の屈辱と怒りだった。ヴィクトリアの冷たい笑顔、同僚たちの軽蔑の視線、エリーゼの困惑した表情。すべてが俺の心を締め付けている。
でも、それ以上に強いのは、魔術師としての最後の探求心だった。三十年間、俺は魔法を学び、研究し、愛してきた。その情熱だけは、誰にも奪われていない。
この古代神殿に眠る秘密を解き明かしたい。それが俺に残された、最後の魔術師としての使命かもしれない。
失うものはもうない。地位も、名誉も、仲間も、希望も。でも同時に、得るものがあるかもしれない。新しい発見、新しい知識、そして――新しい可能性。
「行くしかない……か」
俺は深く息を吸い込むと、神殿の闇の中へと足を踏み入れた。
石の床に足音が響く。古代の空気が肌に触れ、何千年もの時を経た神秘的な力が、俺を迎え入れようとしているかのようだった。
この瞬間、運命の歯車が回り始めたことを、俺はまだ知らない。
そして、この先で待ち受ける出会いが、俺の人生を――そして、この世界そのものを根底から変えることになるとは。
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