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ep 3

見知らぬ森とゼロポイント

リュックを背負い直した勇太は、まず水の確保を最優先に決めた。幸い、ボーイスカウトの経験と独学のサバイバル知識が、彼に最低限の指針を与えてくれた。

(水は低いところに流れる。地形をよく見て、下り坂を探すんだ。植物の生え方にも注意しろ。湿気を好む植物が多い場所は、水が近いかもしれない)

彼は十徳ナイフをいつでも取り出せるようにポケットに入れ、周囲を警戒しながら慎重に歩き始めた。鬱蒼とした森は、昼間だというのに薄暗く、どこからか聞こえる不気味な鳴き声が神経を逆なでする。巨大なキノコ、蛍光色に光る苔、人の背丈ほどもあるシダ……見るものすべてが非日常で、緊張で喉がカラカラに渇いていく。

しばらく歩いていると、足元に手頃な太さと長さの木の棒が落ちているのを見つけた。硬く、乾燥していて、重さもちょうど良い。

(武器……とは言えないけど、何もないよりはマシか)

勇太はそれを拾い上げ、自然と薙刀の構えを取るように振ってみた。もちろん、本物の薙刀とは比べ物にならないが、それでも手に何かがあるというだけで、少しだけ心細さが和らぐ。彼はその木の棒を杖代わりに、そしていざという時のための「武器」として、しっかりと握りしめた。

さらに三十分ほど歩いただろうか。注意深く耳を澄ませていると、微かに「サー……」という音が聞こえてきた。

(水音……!?)

希望が湧き、足早に音のする方へ向かう。下り坂になり、植物がより密生してきた。そして、茂みをかき分けた瞬間、視界が開けた。

目の前に、陽光をキラキラと反射しながら流れる、幅10メートルほどの川があった。水は驚くほど澄んでいて、川底の石が見えるほどだ。

「や、やった……! 水だ!」

思わず声が出た。安堵感で膝が笑いそうになるのをこらえ、勇太は急いで川岸に駆け寄った。まずは両手で水をすくって周囲を警戒しながら飲む。ひんやりとした水が、渇いた喉を潤していく感覚は、まさに天国だった。

(毒があるかもしれない……でも、今はこれしかない)

彼はリュックから水筒を取り出し、綺麗な水を満たしていく。これで当面の水分は確保できる。少しだけ、ほんの少しだけ気分が落ち着いた、その時だった。

ヒュンッ!

鋭い風切り音が、すぐ耳元を掠めた。

ドンッ、と背後の木に何かが突き刺さる音。

「え……?」

反射的に振り返ると、そこには粗末な作りの、しかし間違いなく矢が突き立っていた。

心臓が凍りつく。矢が飛んできた方向――川の対岸の茂みを見ると、緑色の肌をした、背の低い醜悪な人型の生き物が、弓のようなものを構えているのが見えた。複数いるようだ。

(ゴブリン……!? まさか、本当にいるのか!)

ファンタジーの世界でよく聞く、あのモンスター。それが今、殺意を持って自分に弓を向けている。

ヒュッ! ヒュンッ!

続けざまに矢が放たれる。勇太は考えるより先に、水筒をリュックにねじ込み、木の棒を放り出して、転がるようにその場を離れた。

「うわあああああっ!」

あとはもう、無我夢中だった。薙刀の経験も、戦術知識も、今は頭の片隅に追いやられている。ただ、死にたくない一心で、木の根に躓きそうになりながら、茂みをかき分け、森の奥へとひたすら走った。

背後から、ゴブリンたちの甲高い、嘲るような叫び声が聞こえてくる。

どれくらい走っただろうか。息が切れ、足がもつれそうになった頃、ようやくゴブリンの声が遠のいたことに気づいた。

「はぁ……っ、はぁ……っ……!」

大木に背を預け、荒い息を整える。心臓が今にも飛び出しそうだ。

(危なかった……本当に殺されるところだった……)

恐怖が少し落ち着くと、今度は別の感情が湧き上がってきた。

「そ、そうだよな……バカか、僕は……。水場には、当然、獲物が集まる。それを狙う狩人もいる……。そんな基本的なこと、なんで忘れてたんだ……!」

サバイバル知識の基本中の基本。それを、異世界に来て水を見つけた嬉しさで、すっかり失念していたのだ。自分の迂闊さに、背筋が寒くなる。

ここは、コンビニも病院も警察もない、本当の「異世界」。

チート能力はあっても、ポイントがなければ使えない。

そして、ゴブリンのような、明確な殺意を持って襲ってくる存在が、すぐそこにいる。

勇太は、ゼセルティアという世界の厳しさを、その身をもって、改めて思い知らされたのだった。

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